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タイ戦を前にした記者会見で興味深いやりとりがあった。

記者は監督にこう問うた。
> 明日の試合はワールドカップ(W杯)予選なのに
> チケットが半分しか売れてない。何が原因だと思うか?


岡田武史はこう答えた。
> 初めて聞きましたが、私の興味はチケットの販売よりも
> 試合の内容、結果に集中しているので、特に気にしていません。
> (チケットが売れない)原因については、
> 協会の事業部あたりが考えてくれると思っています。


記者氏はこういう予定調和を期待していたんだろう。
「気持ちの入ったサッカーでファンを呼び戻したいと思います」
「重要な試合なので一人でも多くのサポーターに足を運んでもらいたい」
しかし岡田武史は喧嘩腰に突っぱねた。
彼の隠された本音は「二度とそういう下らないことを聞くな」と感じ取れる。
これが冒頭の質問なんだから私も呆れてしまう。
もっともこういう問いを発した人物の気持ちは分からなくもない。
「野球的な感覚」でサッカーを見ているんじゃないかな?

プロ野球の監督は仕事が多い。プライオリティを付けるならこうだ。
まず大切なのが「看板」としての仕事である。
監督は「客を呼べる人間である」ことが重視される。
選手時代の実績、人気が就任への近道だ。
試合後に気の効いたコメントを出すことも必須である。
つまり監督は有能な広報部長でなくてはならない。

次に大切なのが「人事」である。
日本のプロ野球は監督がGMの権限を持つ場合が多い。
トレードで選手をピックアップするのはもちろん、実際の交渉にも動く。
ドラフトも彼の要望が最大限に聞き入れられる。
つまり監督は有能な人事部長でなくてはならない。

もう一つ大切なのが「金集め」である。
いい選手を採りたくても先立つものが無くては思うに任せない。
監督は親会社の機嫌を取って財布の紐を緩めてもらわねばならない。
スポンサー、タニマチ筋との関係強化も監督が顔を出せば早い。
つまり監督は有能な「財務部長」「営業部長」でなくてはならない。

「選手育成」「采配」も忘れてはいけない(笑)
でも最初の3つをしっかりやればグラウンドの中は適当で構わない。
長嶋茂雄、王貞治、星野仙一。
彼らは何度日本一になっているかな?
3人で計46年も監督を務めてわずか4回だ。

星野仙一は典型的な「日本型監督」である。
広報部長としてなら史上最高の人材だろう。
「見出しに使えるコメントを出す能力」は他の追随を許さない。
テレビのインタビューなんて凄い芸ですよ。
人事部長としての能力も阪神で証明した。
自ら動いて伊良部秀輝、金本知憲、下柳剛らを補強。
2003年のセ・リーグ優勝はシーズン前に決まっていた(笑)
「営業部長」としても超有能。
親会社から30億ともいわれる補強資金を引き出した。
大企業に乗り込んで億単位の商談をまとめたことがあるらしい。

星野仙一は日本代表でこの能力を発揮している。
予選の何ヶ月も前から話題を提供してアピールを忘れなかった。
「中田翔代表入り」というような新聞記者好みのネタもサービスする。
これをあざといと嫌う人はいるだろう。
私は敢えて彼を擁護したい。
野球の日本代表は不安定な存在である。
サッカーなら協会が何から何までお膳立てしてくれる。
でも野球は協会がない。
五輪予選なら「日本野球会議」が母体だ。
非常設でほとんど実体のない組織である。
コーチやスコアラー、コックまで個人のツテで呼ばねばならない。
金銭的にも自転車操業だ。
JOMOやアサヒはオーナーじゃない。
スポンサーとして限定的な支援をするのみだ。
かくして星野監督の営業、集金能力が活用される。

「最近は外国人監督が増えてるだろ?」という方もいるかな。
でも日本で成功した外人監督を思い出して欲しい。
ボビー・バレンタインもトレイ・ヒルマンも「日本型」だ。
二人とも立派な主役、大看板に違いない。
パフォーマンスも率先してやるタイプである。
バレンタインは選手のスカウト、代理人までやってますね。
落合博満は「現場監督」に徹する稀有な存在だ。
彼はメディアや後援者に向けたサービスを全くしない。
だから色々と足を引っ張られる。
中部財界の某ボスは無礼に怒って中日ドラゴンズとの関係を絶った。
シーズンチケットや広告の売り上げも落ちているらしい。
結果が出なければすぐ解任だろう。

プロ野球だけの話ではない。
アマチュア・スポーツはどんな種目も日本型監督でなければ務まらない。
学校との折衝、スカウト、進路の面倒(代理人?)と仕事は多岐に渡る。
星野仙一の師である島岡吉郎はその典型だ。
「野球の素人」が明治の監督を37年も勤め上げたんですからね。

サッカーの代表監督が楽な仕事に思えてきたかな?
ただし任務が絞られてシビアとも言い得る。
彼はせいぜい十何試合の予選で結果を出さなければいけない。
野球なら韓国と台湾に負けても敗者復活戦で救済されただろう。
でもサッカーは倍率が高い。予選に負けたら日本中が敵になる。
W杯に出ても生半可な戦いでは批判を受ける…。
岡田武史が背負うプレッシャーはピッチの中だけで十分だ。
客なんて1万人でいい。視聴率なんて5%でいい。
そんなのどうでもいいし、監督の関知することではない。
大事なのは試合のスコアだ。