カテゴリ:
●則本のプロ入りは偶然だった
則本昂大はプロに来るはずの投手でなかった――。

新人ながら15勝を挙げ、楽天のパ・リーグ制覇に貢献した彼の実力が、プロ入り相当だったことは間違いない。則本は三重中京大(東海地区大学野球連盟)という無名校の出身だが、実力は在学中から折り紙つきだった。昨年6月には大学選手権へ出場し、1回戦の大阪体育大戦で20三振(延長10回)を奪う快投を見せている。松葉貴大(現オリックス)と投げ合った末に敗れはしたのだが、評価を大きく上げる内容だった。

問題は、則本が大会前に社会人野球の名門・日本生命からに内定を得ていたことだ。彼のプロ入りは、ドラフト直前に辛うじて会社側と折り合った末の綱渡りだった。冒頭で“来るはずの投手でなかった”と書いた理由は、彼が日生の内定を辞退できた特殊事情にある。彼が在籍していた三重中京大は2012年度を以て廃校。つまり則本は後輩がいない“最後の卒業生”なのだ。大学が企業側から絶縁されても、後輩に迷惑は掛からない。そういう事情がなければ、則本の内定辞退は難しかっただろう。逆に言えば楽天、プロ野球界はあれほどの逸材を取り逃す寸前だったのである。

●「プロ待ち」はレアケース
「プロ待ち」とは、アマチュア野球の関係者や事情通がよく使う表現だ。大学野球の選手が社会人の内定を持ちつつ、ドラフトの指名を待つ“併願状態”を意味する。例えば鈴木大地(千葉ロッテ)は2年前に、トヨタ自動車の内定を持ちつつプロ志望届を出した。しかし彼は大学球界の最高峰だった東洋大主将であり、その優雅なプロ待ちは例外である私の知る限り、JX-ENEOS、日本通運といった社会人の名門チームはプロ待ちを認めていない。そして一旦社会人入りをすると、年齢や1社2名枠などの制約もあり、プロ入りのハードルは大学時代より高くなる。

社会人、大学は“自由競争”なので選手を早い時期から勧誘し、条件の提示もできる。そういった条件の違い、プロにとってのハンデが、ドラフト制度を機能させない最大の理由だ。春先の内定は野球選手に限った話でなく、単純に一般の新卒と同じ扱いをした結果である。そして企業が限られた採用枠を割いた以上、“内定辞退”はご法度だ。大学野球のスカウトも似たようなもので、ドラフト会議の開催される晩秋には、有力校の推薦枠が埋まっている。ドラフト漏れした選手を拾う学校はあるが、総じてブランド私大でないし、授業料免除などの優遇小さくなる。進路をプロに絞って最終学年の秋を泰然と待てる選手は、1学年でもせいぜい数人。プロ注目の逸材といえども、大半は進学・就職を決めるか?リスクを取ってドラフトを待つか?という選択を迫られる。

今秋のドラフトで指名が予想される社会人の有力選手を見ると、大卒で十分にプロ入りできた選手が何人もいる。例えば浦野博司(セガサミー)は、愛知学院大4年の秋に神宮大会で好投し、準優勝に貢献した右腕だ。MAX150キロを超す速球と、横に鋭く滑る高速スライダーは、上位指名も有り得る水準だった。ただしドラフト前に社会人から内定を得ており、プロ志望届も出さなかった。今秋の候補でいえば、ダルビッシュもTwitter上で絶賛している瀬戸内高の右腕・山岡泰輔が東京ガスの内定を得て、志望届を出していない。

●プロ野球が人材獲得競争の“負け組”に
有力社会人チームには、恵まれた福利厚生や終身雇用といったメリットがあり、環境も往々にしてプロより恵まれている。関東の野球ファンなら西武第二やロッテの浦和、ヤクルト戸田と、JR東日本が柏に新築した球場を比べてみればいい。経済的な“格差”は自然なことで、巨大インフラ企業は自由に使えるお金の額が多いのだろう。一部球団の選手数が育成枠の導入で膨んだことも、選手がプロを選んだ時に生じるデメリットである。入団直後から特別扱いされるような逸材を別にすると、プロは出場機会を得られず、満足な指導も受けにくい環境になっている。加えて好きなチームを選べず、待つリスクも大きいドラフト会議が唯一の入口では、プロは選手に選んでもらえない“負け組”になる。

もちろん田中将大のように高卒でプロ入りして即一軍入りし、そのまま成功をしている例もある。ただ近年なら田中のライバルだった斎藤佑樹や東浜巨、島袋洋奨、吉永健太朗といった“ドラフト1位級”の選手権優勝投手は、プロでなく大学進学を選んでいる例が多い。この選択には高校と大学の関係、本人の選択肢を広げるなど“野球以外”の意味合いもあろう。メジャーリーグでも、有望な高校生が進学を選ぶ例は無数にある。ただし社会人野球の隆盛は日本特有の現象で、その帰結としてドラフトに大きな穴が空いている。

プロ野球が社会人や大学に人材を譲ることも悪くない――。そういう信念を持って今の制度を貫くなら、それは一つの見識だ。しかしドラフト会議が10月末に開催され、アマ球界との“時間差”がある以上、この制度は球団にとって決して使い勝手がいいものとはならない。プロ野球のレベルを維持し、ファンに魅力的な娯楽を提供し続けることを真剣に考えるなら、制度の再考は必須である。