81歳を迎えて

何がめでたい…の言葉が浮かぶ。
孫の晴は昨日5歳の誕生日である。元気いっぱいでディズニーランドを楽しんだそうだ。
一方、私は健康を損ない首・肩・膝の痛みで気が滅入っている日々なり。老化と病気の副作用のどちらが真の原因か不明なるも。レントゲンでは首の骨頚椎が曲がり神経圧迫が原因のようだ。とりあえず痛み止め薬ロキソプロフェンで抑えている。真の原因を治すべく物理療法でコリをほぐし痛みを和らげることをしている。
人間年取れば誰でも「肉の体」ゆえなんらかの病をもつのは仕方ない ものである。
孫が次はおじいちゃんとディズニーランド に行きたいといってるそうだ。元気になるよう
がんばる気を起こしてくれた。
最近病院通いをしてるので人の生老病死を意識し考えるようになる。病は医学技術が進み
かなりのものが治るあるいは軽くなる。勿論悪くなる場合もある。難治の病もある。
病は治し健康に生きるのは人間の幸せである。健康が一番だとなる。では、病になり特に難治の病になる人は絶望に陥る、精神的にまいる。心の病にもなる。病は天災とおなじ状況で人に訪れる。病や災害に合い苦しむ人に支援が必要。病以外の困窮もある。病より大事なものがあるはず。あなたの生きるのはなんのためと問うことで気ずくことができる。
病の次に死が訪れる。死と生はコインの表裏である。死を忘れるあるいは避ける、忌み嫌うことはできない。年取れば、死と生はセットで考えておくことが必要で重要だ。

イラク北部のモスル近くででイスラム國掃討作戦がつずいている。ここでは生死、負傷、病が日常化してる。4万人避難民が戦争で苦しんでいる。いつも戦争は無辜の民を苦しめる。
悪を根絶すること生きることが繋がる。戦争を起こさないよう憲法、安保問題が重要。