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健康

膀胱がん闘病記13(平成30年12月14日)

膀胱癌闘病記13(2018.12.14)
前回報告から半年経過する。
2018.9.14 膀胱尿道内視鏡検査の結果異常なしであった。
2018.12.14本日 膀胱尿道内視鏡検査があり、結果異常なしであった。
次回は2019.3.8の検査である。

2017年1月80歳で膀胱癌発病してから来年2019年1月で2年目となる。
内視鏡カメラによる検査は5回目である。この間、主治医も3人変わっている。
再発などなく無事経過する。来年3月の検査には転移ないかなどCTの検査が追加。
5年間85歳まであと3年。
膀胱がんの再発・転移が3年から多くなると言われるが、率としてどれくらいか知りたいが??
どこでわかるのだろうか。

3ヶ月毎の検査をパスし次の3ヶ月まで無罪放免の状況は、なんともいえない幸せを感じる。回りの友人たちのガンになったという話を聞き同病愛憐れむとともにその病の穏やかならん事を祈るのみである。人の命は神にさだめらており、来年も、日々を務め生きるのみ。

膀胱がん闘病記12(2018年6月15日)

その後、経過を再録する。
2017年9月27日入院3rd TURBT,
10月25日病理検査報告:進行遅いガン
12月18日内視鏡きれい。(3ヶ月目)
佐久医療センター2018年3月12日CT検査
3月19日膀胱鏡検査(6ヶ月目)
両方とも異常なし

2018年6月15日h医師による膀胱鏡検査異常なし。(9ヶ月目)
次回、3ヶ月後の9月7日膀胱鏡検査です。

とりあえず、再発・転移なく、体調良好です。2年間は要注意との事。
2018年12月で早いもので発病から2年になる。

膀胱がん闘病記11

2017/12/18佐久医療センターにて
経過観察(膀胱にカメラを入れて目視する膀胱鏡検査です。)
結果、問題なしで無事クリアでした。カメラの目視で癌や腫瘍などありませんでした。
4月から5月に実施したBCG治療が奏効したようです。ただしBCGの効果は半年ぐらいといわれ半年から1年で再発もありえます。

今回経過観察は、9月の手術3rdTURBTから3ヶ月目です。

次回は2018年3月12日膀胱鏡検査、19日CT検査です。

そのときの状況で、経過観察、4回目手術か、BCG維持療法(これは2年かかる)など考えられます。

まずは、一安心、感謝です。

膀胱がん闘病記10

膀胱がん闘病記10(平成28年10月27日)
佐久医療センター外来診療(10月25日)の結果、4から5月に実施したBCG療法が奏効したようだ。膀胱の右壁がんがあり(単発)ほかは無かった。抑えられた。
生検の結果は単発のガンで原発巣は進行の遅いlow グレードとの事。 今のところBCG Rejistantの範囲。故に、3ヶ月後の経過観察となる。
抗がん剤治療にならずよかった。6ヶ月後はわからない。ひとまず安心、喜んだ。
次回12月18日膀胱鏡検査で進行を検査する。2から5年の卒業まで先は長い。

医師の許可を得,11月23日からポーランド旅行(8日間)を楽しむ。ワルシャワからクラクフを観光、アウシュヴィッツ博物館を訪れる。パスポートも来年3月有効期限切れなのでこれが最後の海外旅行となろう。旅ワクワクする。

生きていること、生かされていることを、見えざる神に唯感謝する。

膀胱がん闘病記9(平成28年7月2日)

膀胱がん闘病記(平成28年7月2日)
膀胱がんの治療中です。BCGワクチンの注入の7回目終了後(5月29日)副作用が強くでた。6月5日の外来で8回目BCG中止した。6月8日外来でライター症候群の疑い診断で即入院(6月8日から12日まで)。整形外科の診察あり。レントゲンの異常なし。CRP15で中程度の炎症とのこと。症状は肩甲骨周りの痛み結膜炎など。ロキソプロフェンの痛み止めと眼科治療中。
外来6月19日、26日、28日(CRP値5.4と下がる。快癒方向)。ライター症候群は快癒に向かっている。関節や筋肉痛あり。膝痛みと右足のむくみあり。
膀胱がん治療で副作用が強くそのため入院する伏兵が現れた。これから本来の膀胱がんの治療になる。無理せず慎重に治療することになろう。
いろいろの出来事に遭遇した。

膀胱がん闘病記8

膀胱がん闘病記8(平成29年6月15日)
BCG膀胱内注入療法についてまとめて記す。
2回目4月2日
3回目5月1日2回目、3回目共副作用は軽かった。副作用と治療の有効性 不明。
4回目5月8日微熱36,血尿初日
5回目5月15日血尿初日排尿時痛木曜日まで
6回目5月22日血尿初日、微熱36,クラビット薬のむ
7回目5月29日血尿初日火曜日まで排尿時痛、6月1日北澤結膜炎、微熱36.6月2日関節炎
8回目6月5日中止、関節痛カロナール薬のむ。
6月9日外来診療ライター症候群の疑い。入院 (6月8日から12日)関節炎痛い。筋肉痛あり。
整形外科診察。レントゲンで骨の異常なし。
次回6月19日泌尿、整形
6月28日泌尿

BCG療法の副作用で7回目で終了です。
ライター症候を治療中。筋肉痛で寝返り起き上がりがキツイ。痛みどめのロキソプロフェンと湿布で対応中。

当分副作用の治療に専念する。

肝心の膀胱がんの方はとりあえず最低限のbcg 注入は終了しているので1月後の検査でその治療が奏功したか判定される。副作用の痛みは想定外であった。とんだ伏兵があらわれるものだ。湿布と風呂、痛み止め睡眠剤が欠かせない。





私の素人判断では炎症があるということはなんらかの免疫反応で効いたのでないかと考えている。

膀胱がん闘病記7(平成29年4月17日BCG注入1回目)

膀胱がん闘病記7(平成29年4月17日) BCG膀胱内注入1回目
BCG膀胱内注入療法は結核菌を尿道から注入する膀胱上皮内癌に対する治療法です。
週一回、8回投与します。
副作用は排尿時痛、頻尿、血尿発熱などである。
4月17日12時15分にカテーテルを入れて膀胱に注入して2時間安静にする。
私の場合、1回目副作用は表れなかった。
この治療はよく効く治療法で、その有効率は4ないし5割といわれている。
膀胱内で免疫応答が起こり癌細胞を攻撃し破壊死滅させるといわれています。
順調にいくと6月末までかかる。その後3〜6ヶ月毎に検査が必要になる。9月である。

膀胱がん闘病記6 2017.3.13

2017.3.7に入院。3月8日手術(2回目経尿道的膀胱腫瘍切除)を受ける。今回は全身麻酔をしたのちの内視鏡手術です。麻酔の注射をすると瞬く間に意識なくなる。15:50から始まり起こされて終わり気づくと16:30でした。簡単というか瞬く間にあっけなく終わった感じだ。1回目に比べ削った量は三分の1位だった。その後の経過も前回と同様かそれよりも楽な経過をたどる。1日目は動けない、寝返りできなが2日からは酸素マスク、心電図、血圧計もとれる。点滴の管と尿管が繋がれている。午後から食事が出る。食欲ある。手術の後遺症の痛み、血尿も僅かで時間とともに元に戻る。尿管も外れ明日の回診で退院になりそう。前回の経験があり治療もらくである。
他の患者さんは膀胱の全摘出の手術で12時間の手術と2か月の入院治療で苦労されたそうである。
そのような経過にならないよう願うもこればかりはなんともいえない。神のみこころに従うのみ。試みが軽からんことを祈る。
周りを見るといろんな人がいろんな病で入退院されている。佐久医療センターは長野県でも大きな新しい高度医療をする施設である。信頼するしかない。静養なのでヒマで退屈、時間ありで病院内にある図書室で登山の本を読んだりテレビの映画を見たりのんびり過ごしている。このブログもそこで書いている。昨日は晴一家がみまってくれた。4歳の孫が病気入院を認識し自分の感情を表現するまで成長しているのを見て元気になる。

膀胱がん闘病記5 2017年1月30日診断

膀胱がん闘病記5 2017年(平成29年)1月30日診断
粘膜下層までの浸潤に止まる 筋層非浸潤癌
これにはTis,Ta,T1の3種類あり、その中のT1と診断された。
T1は膀胱ガンの軽い方であるが、再発や進展し易い特徴がある。
そのため、さらに膀胱壁を深く、広く切除する2ndTURBTを
実施するのが推奨される治療法であるとのこと。
2回目の内視鏡切除は1回目と同様な手術であるが全身麻酔である。
取りきれない残存腫瘍や痕跡を削り取り1から2年の間に、膀胱内で
他の場所あるいは膀胱壁下層に再発・進展を抑止するのが目的である。
早期発見 にも繋がるようである。
その説明が2月20日、入院が3月7日 手術が3月8日の予定です。
この癌の問題課題である「この再発.進展」であり、これに向き合うことにする。
2ヶ月後の状況でその後の治療も変わってくる。
身内の癌の状況に応じて次の段階にどう進むか見極めることになりそうです。
先のことはわからないものである。


膀胱がん闘病記 4 初めての手術

膀胱がん闘病記 4 平成28年1月11日記、佐久医療センターにて。
1月9日14時、佐久平駅からタクシー。個室に 入院、もと子風邪で来られず娘牧子 が付き添い。 体調良好。
夕食 松風かぼちゃ 煮物 美味 。下剤薬 。9時就寝
1月10日9時主治医回診。手術に細胞診即時検査はない。それは二週間後外来で判明する。。
12時手術室へ。半身麻酔30分ぐらい。麻酔がきいてくる 。途中気分悪くなる、血圧100から60に下がる。眠らせてと訴える。麻酔の効きのチェック進む。看護師と話し合いができ気を紛らす。結局最後まで意識あるままで切除手術が進むトータルで三時間で終了。下腹部引っ張る感じを体験する。主治医が、けづり取った腫瘍小片を見せてくれた。3cmぐらいのプラスチックケースにはいったもの。穿孔ないとのこと。看護師と、主治医にありがとうという。
病室に戻る。麻酔も薄れ感覚がもどっくる。膀胱から管で尿はながれでるようになっている。しかし尿意をもよおし気分悪い。シッコを出しすっきりしたい気分が続く、看護師に訴えると坐薬をいれてくれた。あまり効かず解消にならない。11時ごろまで眠れない。
睡眠剤をもらい眠る。翌朝4時ごろ目覚める。尿意は感じるが慣れると違和感はすくなるなる。看護師がきて朝食okとのこと。愉しくなる。
手術の体験済んで見ると頑張れた自分自身を褒めたくなる。
苦しみは一過性と思えば耐えることができるものです。
今後もいろいろ体調崩しもあるだろうが、がんと共生共存していくという思いを新たにした。

膀胱がん闘病記 3 「経尿道的膀胱腫瘍切除」の説明

2016年12月19日佐久医療センターm先生の診察。今のところ病名は膀胱腫瘍。経尿道的膀胱腫瘍手術の説明を受けた。術前検査で手術を受けられる状態なので予定どうり2017年1月10日実施となる。標準治療とのこと。尿道から内視鏡を挿入して膀胱腫瘍を切除する。半身麻酔と股関節に部分麻酔する。2時間の手術。合併症が数ヶ月続くことがあります。経過で4日後から退院となる。必要性と内容に同意する。簡単な手術ではないそうだ。
手術に対し少し心配はあるものの、後ろ向きに考えていいことはない。医者に任せ、頑張る。

膀胱がん闘病記 2

膀胱がん闘病記2
2016年12月15日 s総合病院でMRI検査/診察 。2センチ位2個の腫瘍ある。次は、内視鏡検査(経尿道的切除、組織を採取)をするのが標準治療といわれる。そこでどの程度の「がん」か確定診断される。系列のs綜合病院のsセンターに転院したいので紹介状を先生に依頼する。 紹介状を貰う。
初めてのMRI検査は30分ぐらいだが手足を動かせなく疲れた。
費用2,040円

2016年12月16日sセンターで受診。m医師が10分位の膀胱鏡(内視鏡)検査をする。s病院の検査データは電送されている。同じ診断で腫瘍あり。経尿道的膀胱切除・経尿道的前立腺切除術(TURBT)を受けるため1月9日から約1週間入院する予定。その手術のため事前検査(血液、採尿、心電図、胸部レントゲン)する。費用3,870円。
細胞組織の検査結果は3週間後判明する。
膀胱内視鏡検査初めてだ。胃カメラより楽である。排尿痛の症状あり。
上記の手術で筋層浸潤の有無で予後、治療法が著しく異なるそうだ。
次回診察12月19日。
年初めの大事な手術TURBTに、心配はありますが乗り越えるべく尽くすと自分に言い聞かす。

膀胱がん闘病記 1

膀胱がん闘病記 1  2016年12月5日
2016年28年10月25日の前立腺がん検診でPSA (前立腺特異抗原)値が5.28ng/ml(正常値4,00ng/ml以下)なので精密検査受診の書信を11月28日受け取る。
男性老人病である前立腺がんがとうとう私にもきたなという感じである。
11月30日佐久総合病院泌尿器科、担当K医師 さんを受診。問診に夏に血尿が2回ありと書く。超音波検査と触診で即座に前立腺がんでなく膀胱がんの疑いを告げられる。CT検査を受けますかといわれる。CTのほかMRI精密検査から治療(手術)「径尿道的切除」、病理検査、進行した膀胱がんはさらに次の治療になる。ただし、これは本人の選択である。
つまり何もしない選択もあると言われた。吃驚する。いわゆるがん治療を受けないというリスクについてあまり考えたことがない・・・。1ないし2分後CT検査の意味を聞きさらに治療流れの説明を受ける。取り敢えずCT検査受けますと答えすぐ実施した。始めての造影CT検査を経験する。看護師の説明どうり身体が熱くなるが問題なく終わる。エコーとCTの画像写真を元に再度医師の説明あり。治療の流れ、副作用など一応のガイドラインの説明を 聞く。こちらは何も知識なく何を聞いてよいかもわからない。
説明(ガン告知)は30分ぐらいである。頭が真っ 白になっていたようだ。治療を受けるかは本人の意向であること。次回は奥さんと2人できてください。
12月15日予約・MRI検査、診察に決まる。
その後、膀胱がんの治療に関する情報をインターネット、本を調べる。
がんの不安を抱き受容できない日々である。膀胱がんとともに生きるという受容の心境になる?? 今後5年間はがんと生きることになる。日々の気持ちなどを含め闘病記を書くことにした。

健康寿命の秘訣

健康のための運動
1日30分、週3回心拍数が増加する有酸素運動を行う。
ゆっくりと始めそして徐々に(3ヶ月掛ける)運動のレベルを増やして行くこと。定期的に繰り返すこと。
年齢70歳の心拍数105〜128。
ウオーミングアップ10分 水分補給する。
運動の種類
◯持久力と心肺機能
ジョキング、自転車
◯筋力と筋肉の発達
ウエイトトレーニング、腹筋運動。階段。
◯柔軟性 :ストレッチ,体操
これらを組み合わせて試みる。
クールダウンが必要。

「年寄り半日」がキーワード。三浦雄一郎さんは1日の登山行動を通常の半分にまで減らした。年を取ってきたら年齢に合わせた思考や動きをしながらそれを楽しむ。

国立岳の会2013年8月北アルプス霞沢岳に登る。2160m標高
8月4日上高地12:30歩き明神経由徳本峠 2140m 16:30着。
8月5日徳本峠6:30歩く2時間雨が酷くなり小屋に引き返す。4時間歩く。
8月6日徳本峠6時半発上高地10時着アルペンホテルの温泉に入る。
雨に降られたが楽しい山歩きであった。
参加者10名。鈴木左門、奥さん、村井、戸田、小林、森田、本田、浜崎、馬場、高橋。


食習慣。
主に菜食。繊維質が多く、低脂肪の食事。新鮮な果物をとる。タンパク質をバランス良くとる。
オリーブオイル、野菜、豆類、穀類、果物、魚中心。野菜果物ジュース
マグロ、イワシ、アジ、ぶり、さんま。鮭、
飲酒は最少量。赤ワインがよい。
食事を自分で作る。
メリットは有害食品を避け、頭の体操になる。

読書。日記、記事を書く。





三浦雄一郎の快挙

2013年5月23日三浦雄一郎はエベレスト山頂に立つ。この日は6500mのキャンプ2から17時間歩き、翌日24日13時間かけて下山した。ベースキャンプ迄は26日にヘリコプターで移動した。これについて登頂成功と言えるか意見が分かれているそうだ。途中変更が合っても頂上に立ったのでありあの年での登頂は凄く快挙である。70歳から3度の登頂は凄増しい記録。
私は71歳で日本百名山完登した。50歳ごろから意識して登り始め20年掛けて夢を達成した。この時の感激は忘れられない。
「まず夢を持ち、それに挑戦して達成する」彼のメッセージは多くの人に勇気を与えた。
プライムニュースのインタビューで次のことを述べた。
前向きな人、運動して体力を付ける。楽しいこと、わくわくドキドキが大事。
トレーニングで遺伝子HO!が普通の人の5倍ある。アンチエージングで80歳が50〜60才のの体力になる。
1kg1年、3kg次の年と足に重りを付けてリュックには15kを入れて歩く。100歳で寝たきりが8割。これでは健康年齢で無い。年寄りは見栄で行動する事も必要。1kgのビフテキを見栄で食べる。ゆっくり時間かけトレーニングで病気傷害を克服し夢を実現された。

身体のケア

健康番組がTVに多い。健康・病気関心を持つ人が多い。健康が目的になることも多い。健康であれ病気であれ人生に生き甲斐が必要であろう。
私の健康法
●打ち込めるものを持つ。今”有用な”ホームページの制作に凝っている。検索数の多いキーワードで上位に出る。これをSEO対策という。私の対策はこれです。
●有酸素運動。友達と2人の走友会を作り月2回2時間位都内あちこちジョギングすることにしている。
 汗を流し身体を動かすことは血のめぐりを良くし、身体の固くなるところをほぐし気分爽快になる。その後カラオケ をして飲み会をする。声を出すことは老化防止にもなる。もろもろのストレスを発散させる。
●肩コリ腰痛:これは加齢によるもので放置するとひどくなる。ストレッチと腰痛体操でケアしないと固まってくる。週1回位近くのフィット鍼灸整骨院に てプロにほぐして貰う。ここの整骨院は谷保駅の近くにあり保険もきくし各人に合った施術をしてくれるのでお勧めです。
国立岳の会(地域のハイキングクラブ)に2012年〜参加し出来るだけ参加するようにしている。月1回のペースである。もっぱら体力に合った低山山行である。腰痛の治療予防,風邪をひきにくくなる。周りに迷惑をかけないよう体調維持管理に注意してる。自己管理でトレーニングとからだにやさしい和の健康食材に気を付ける。
●70代後半になると常に年齢のことが頭にある。何より老いたる証拠である。身体面、精神面も含め年齢相応という捉え方や考え方も必要になる(自戒をこめて)。心配のし過ぎはしたくないが、駅の階段などで転ろば無 いよう注意している。おじいさんはおばあさんの生き方に少しは学ぶのが良い。
●年齢の自覚の上、困難な課題を何とかこなしていきたいものだ。
●「老人らしさ」品位とでもいったもの手に入れたいものだ。忙しさに振りまわされず、贅沢な時間を味わうよう心がける。その1つはわくわくする本に出会うことだ。

国立岳の会(有志)10月山行・・尾瀬

尾瀬を歩く
10月6日、国立、南越谷、会津高原、御池に電車とバスで行く。昼に、尾瀬御池ロッジにチェックインする。
午後、燧裏林道を2時間散策する。尾瀬御池ロッジに泊まる。
10月7日小雨降る悪天候。燧ガ岳に登る予定を変更した。御池から見晴、沼尻経由尾瀬沼ビジターセンターへのコースを歩く。6時半に出発し午後2時半に着く。約8時間20kmの行程であつた。尾瀬沼ヒュッテに泊まる。
10月8日7時半から歩きだし大清水に11時に着く。約3時間の歩き。
今回は高低差はあまりないが長距離の歩きであった。ブナの原生林の中や湿原の中の木道の自然を楽しむ。悪天候で燧ガ岳に登ることが出来なく残念であった。次回の楽しみに取っておく。



尾瀬2
尾瀬1

コレステロール値が下る

2008年から3年間健康診断のたびにコレステロールLDLが150〜160と高く、脂質異常症といわれてきた。基準値140以下。今年は医者から薬を飲むように言われた。動脈硬化による心疾患、脳血管疾患のリスク軽減のためである。医者はコレステロールの合成を抑制する薬スタチン系の薬リバロを処方してくれた。1ヵ月薬を服用する。その結果LDL値97に劇的に低減した。スタチン系の薬はよく効くといわれているが40%も低減した。
コレステロールは肝臓で合成されるものと食料から摂取されるものとからなる。自分は体内のコレステロール合成システムに異常があるようだ。食事に気をつけてもコレステロールを下げることができない。しかしコレステロールの少ないあるいはコレステロールを合成させにくい食品をとることが身体によい。それは魚、大豆、植物油、野菜、海藻、果物などである。悪玉コレステロールが酸化してプラークを作らないビタミン類も抗酸化作用で動脈硬化を抑制する。抗酸化作用ビタミンC,E,果物、緑黄色野菜、ポリフェノール、赤ワインはコレステロールを抑制する。
コレステロールはホルモンの合成原料で細胞膜の構成成分である。したがって生命維持に欠かすことができない。過ぎたるは及ばざるが如しで、多すぎると動脈硬化を生む原因となる。
食物繊維もコレステロール異常には有効である。
スタチン系薬は炎症やがんなどにも効果があるといわれている。副作用も少しあるので医者の指導下で服用する。
善玉コレステロール、悪玉コレステロールのバランスが重要。有酸素運動、オリーブ油もコレステロール抑制によい。
不飽和脂肪酸がLDLを下げ、飽和脂肪酸はLDLを上げる。オリーブ油はオレイン酸C18の1価の不飽和脂肪酸でLDLを下げる。不飽和脂肪酸でも酸化が心配である。
高血圧、糖尿病は誰もが悪いという。コレステロールには必ずしもそうでない。しかし、死因の3割はコレステロール
異常、動脈硬化からくることを忘れてはならない。日本人の成人の3分の1は脂質異常症である。脂質異常症が動脈硬化を起こす。コレステロール値の高い人約3100万人、中性脂肪値の高い人約4000万人。私は血圧も低い、肥満なく、血糖も低い。故にリスクはそう大きくないと思うがLDLだけ高い。したがってリスクは避けるにこしたことはないと思う。日頃あまり薬など飲んだことがない私が毎日飲んでいる。

肩こり・腰痛の治療

人が2足歩行するようになり重い頭部を支える首から背骨の部分に大きな負荷がかかる。加えて、便利な世の中になり身体を動かすことが減り肩こりや腰痛がおこるようになる。私は肩こり腰痛に悩まされている。「とみん方南町整骨院」(03-3311-6043)に通い治療して貰っている。硬直した筋肉をよくほぐし血行を促進し、痛みが軽減されている。柔道整復師による20分治療に加え、電気療法、ウオーターベットによるマッサージをすると身体が快方に向かう。保険で診てもらえる。肩こり腰痛でお悩みの方にお薦めします。腰痛体操する。腰周りの筋肉を鍛えるようにしている。心肺機能を強化するトレーニングのつもりでジョギングをしている。これが腰に負担をかけているようである。ジョギングとウオーキング歩くことを組み合わせをしながら様子見る事にしている。

首、肩、腰の痛み

70歳で腰痛、50肩、首の痛みを経験した。
「とみん方南町整骨院」(方南町2丁目、tel 03-3311-6043)に通い20分のマッサージをして貰っている。これは私の持病に近い肩、首、腰の痛みを治すためである。大変効果があり、上手な先生なので痛みのある人に勧めている。血流をよくし疲労回復、脳の健康増進になる。保険診療である。
マッサージで治す事が出来た。脊椎が変形し曲がっており痛みの原因もあるのか。ストレッチや腰周りの筋肉を鍛えるようにしています。首、肩、腰の痛みに悩んでる方は多い。「廃用性症候群」で筋肉の萎縮、関節の障害が起こる。各器の機能低下を招き病気になる。果ては認知症になる。ほったらかしにしないで治すようにしてください。

卵巣腫瘍

娘が卵巣腫瘍と言われ国立がンセンターで2008年1月30日手術を受けた。
今まで家族にこんな大病に罹ることが無かったので家族一同驚き心配した。がんは今では告知するのが当たり前になっていることを知る。先生は本人、家族に現状と治療方針を説明した。術前の種々の検査の結果、手術が必要で、どの段階かは開腹してみないと診断がつかないとのこと。詳細な手術の内容の説明があり大変な病気と推測された。手術は5時間かかった。手術は無事終わった。筆舌に尽くしがたい状況であっただろう。よく頑張りました。
手術が終わり医師の説明があった。悪性の腫瘍を切除し転移はないとの結果。腹水10ccがんなし。リンパ節1部取る。転移なし。大網取る。転移なし。右卵巣がんのa期の診断。病理検査の結果追加治療が要らないこともある。塊に転移はない。腫瘍マーカーとCTで半年1回5年間経過をみることになる。手術後4日目ごろから歩く練習と重湯になり順調に回復している。普通食になり便通があれば退院の由。2月9日退院となる。
最先端の病院で手術治療を受けられ今後経過を見ることになった。初期であったので家族一同ほっとしているところである。いろいろの段階の患者さんが多数おられ がんはひとごとでないことを感じた。卵巣腫瘍は自覚症状がないので早期発見が難しい。健康なときもがんの検診をうけるようにするのが課題である由。いろいろの治療法が進歩しているので確実な方法の確立のためにデータ、情報のセンターの整備が必要で法整備されている由。手術の前に家族もどの医療機関に行けばよいか情報も手立てもなく迷っていた。偶然の出会いでよい診療所を知らされその医師から国立がんセンターに紹介され短期間に手術にこぎつけることができた。
がんに対し無知であった。がんを知ることは恐ろしく敬遠される。話を聞きたくないと言う気持ちは当然のことである。だが、がんは心と身体の病気。治癒するにはがんを良く知り共存しながら主体的に向き合っていくことも大切。周りの温かい支援と見守り。本人自身で心身をコントロールしていく。これからも困難を乗り越え、心のケアと身体のメンテナンス(養生)をして成長し強くなりうまく立ち直って元気になってほしい。

走友会11月例会

2006.11.09吉祥寺から玉川上水沿いに走り久我山で神田川に向かい川に沿い井の頭公園に戻る。約10キロ走る。
昼食は吉祥寺大江戸でハンバーグ定食を食べる。

古稀

7月4日今日は私の古稀の誕生日。
「古来稀なり」だから古稀と言ったのだが、「今はざらなり」になった。しかし現実を見ると、やはり70歳という区切りは越えるになかなか恐ろしい厳しさを持っている。
たくさん70歳で死んでいるということ。
「明日のことはわからない、と自分に言い聞かせ、毎日今日で死ぬことにして、心の決算をつける」と曽野綾子さんは言う。

三浦雄一郎氏は70歳でエベレストを登頂し、現在73歳でまた別の山を目標にしてトレーニングしている。70歳からの1年1年の老化のスピードが早いと言う。

7月3日健康診断を受ける。高脂血症、腎泌尿器系疾患が要指導になる。1歩1歩老化している。
もって肝に銘すべし。

走友会6月合宿

2006・6・23〜6.24
伊豆下田の下田伊藤園ホテル花岬に吉田氏と泊まり次のコースを走る。
(1日目午後)ホテル〜犬走島〜下田海中公園〜アジサイ公園〜了仙寺〜宝福寺〜ホテル
(2日目午前)ホテル〜弁天島〜玉泉寺〜ハリスの小路〜ホテル
日本の開国を想い走る。史跡と景勝地をめぐる有意義な合宿であった。

さわやか5月を走る

2006.5.1臨海副都心を吉田氏と走る。

豊洲10:30スタート〜東雲橋〜テニスの森公園有明〜東京テレポート〜パレットタウン〜テレコムセンター〜青海(埠頭まで行き折り返す)〜船の科学館〜産総研〜潮風公園〜ホテルグランパシフィックメリヂアン着12:30。約10km。
ホテルで昼食。送迎バスでレインボーブリッジを渡り品川までいく。

産業技術総合研究所(産総研)として旧「工業技術院」が衣替えしていた。
大型トレーラーが荷物を埠頭に運ぶ活気を肌に感じる。臨海副都心として活況を呈している。
来年東京マラソンのゴール地点を走る。
大きく区画割りされビル群が立ち並ぶ無機質な都会別の都市に来たような錯覚におちいる。
フジテレビが大きなビルを建設中。景気回復の兆しを感じる。

走友会4月

臨海エリアをいつもの友人吉田氏と走る。天気快晴すこし霞んでいる。後でニュースで聞いたが黄砂の影響かもしれない。

新木場9:45スタート夢の島公園〜辰巳公園〜有明公園〜お台場海浜公園〜潮風公園着11:30.約20km。夢の島周辺は木々が大きくなりきれいに整備されていて新緑の下で走るのに快適である。お台場周辺はビルが増えた。
最近トレーニング不足であり疲れる。

新交通ゆりかもめ「台場駅」に連結しているホテルグランパシフィックメリディアン(30F)のスカイラウンジでランチをとる。ブッフェスタイルの御馳走\3465。昼食用におすすめのレストランである。グルメ嗜好の女性客が多い。レインボウブリッジを含む東京港の眺望が素晴らしい。カメラを持って行くのを忘れこの眺望を写真に取れなく残念である。

走友会3月6日、及び2月8日は井の頭公園を周遊して走った。
次回は5月1日多摩湖1周の予定。



走友会1月例会

2006年1月11日気持ちも新たに走る。
いつも一緒に走るY氏は足の肉離れで体調は完全でない。
吉祥寺〜善福寺公園1周〜井草八幡宮〜伏見稲荷を10時〜2時間かけて走る。
善福寺公園に白鳥が5羽飛来してきていた。東京で珍しい。
昼食吉祥寺のダイヤ街にあるラパウザで「茄子とベーコンのパスタ」を食す。生ビールつきで\1020なり。繁盛しているだけあり安くて美味しい。
今年も毎月健康で怪我なく走れるよう祈念する。
次回2月8日(水)10時吉祥寺予定。

走友会9月例会

9:30吉祥寺〜小金井公園の往復20k。12:00終了。気温32度晴れ。
昼食ひじり亭(吉祥寺駅前パルコ近く)でスパゲッティ\850。
次回10月6日取手利根川あたりの予定。

走友会志賀高原合宿

eb131ecd.YT会合宿
志賀高原              2005.8.16〜18
行程 新宿〜『関越・上信越道』〜横川〜『国道146号』   〜『志賀草津高原ルート』〜熊の湯温泉 硯川ホテル 費用 16980円(2泊3日7食付、交通費込み)、クラブツーリズムに参加。草津から白根火山の眺望がよい。温泉泉質よし。

Y吉田、T高橋の夏合宿記録。


第1日目(8月16日)  12km
  硯川(15:00)━木戸池━田の原湿原━信大自然教育園━蓮池━丸池━琵琶池1周
  蓮池=バス硯川
 《整備された遊歩道の琵琶池を回る》

第2日目(8月17日)  20km
硯川(8:30)前山リフト━渋池━四十八池━大沼池━林道━大沼池入口
     発哺温泉(薬師の湯入浴) バス蓮池─硯川
 
《大小さまざまな湖沼の四十八池、エメラルドグリーンに輝く大沼池、季節の花々が咲
き誇る志賀高原自慢のコース》

第3日目(8月18日)  16km
 硯川━陽坂(往復)
硯川━渋峠(バス) 渋峠━のぞき━横手山━硯川
《標高2100mの大展望台より北アルプスの山々を望む志賀高原とっておきの絶景ポイ
ント》
横手山頂上付近はガスがかかる。
気温18度から28度で快適。

走友会(7月分)

2005.6.17走友会。
9時出発永福町〜神田川沿い〜井の頭公園〜吉祥寺10:15着で走る。約10km。
吉田さんが目の手術をするので1ヶ月間は走れないので、7月分を繰り上げ実施する。

走友会6月

6月8日永福町和田堀公園〜善福寺川沿い〜善福寺公園まで走る。約10km。

5月走友会(2)

5月20日9:30から吉田さんと走る。西武拝島線玉川上水〜鷹の台〜五日市街道沿い小金井公園(昼食おにぎり)バス〜吉祥寺。
健康の原則
 有酸素運動30分以上1時間位
 筋力トレーニング:使わないものは衰える。ジムの器具利用。
 栄養:野菜、果物(加工食品は控える)
    アルコール、カフェイン、塩分、糖分を控える。
    肉、魚、乳製品適量、食べ過ぎない。

5月走友会

5月2日(火)晴 午前9時から12時、青梅線東中神〜多摩大橋〜日野橋〜矢川(バスで国立)と約10キロ多摩川を吉田さんと走る。
吉祥寺で昼食牛丼。
午後2週間ぶりにアルトが来ており遊ぶ。アルトの犬種はダックスフント4歳オス、チョコレートタン。娘の犬だが時々定期的に預かっている。久しぶりにに合うと尻尾を左右に激しくゆすって喜びを表す。犬ほど無償の愛を人にするものはない。

4月走友会

昨日4月27日快晴、吉祥寺14時から走る。三鷹、桜橋、桜堤、小金井公園に至る。小金井公園は大変広く、今、花水木、つつじ、菜の花が満開。田無高校生10人がコーチの指導で走るトレーニング姿がすがすがしく、頼もしく見えた。今日今から川越の骨董市に出かける。

地中海型食生活は高齢者の余命を延長

地中海型食生活は高齢者の余命を延長
地中海型食生活とは、野菜と果物、豆類、精白度の低い穀類、魚、不飽和脂肪酸(特にオリーブ油)を多く摂取し、飽和脂肪酸、乳製品(主にチーズ、ヨーグルト)、肉類の摂取を控え、アルコール(主にワイン)は適量を基本とする食事をいう。
(日経BPの記事)

健康で長生きの基本は食生活にあり。
1日30品目の食材をバランスよく
塩分、糖分のとりすぎに注意、
お酒の飲みすぎはやめる
脂肪のとりすぎは肥満を招く
ビタミンとミネラル、食物繊維は縁の下の力持ち

上記地中海型食生活はこの基本の食生活にかなっている。

二人の走友会

同い年の男友達と走友会を1995年に結成した。それから毎月1回10〜20km、2〜3時間都内近郊をジョギングをしている。80歳までジョギングを!を合言葉にしている。必ず実行することにしている。9年よく続いたものだ。健康に感謝している。

昨日の記録3月7日(月)快晴
10時巣鴨駅〜白山通り〜水道橋〜竹橋(平川門)〜半蔵門〜三宅坂11時30分着約10km
町村会館で昼食をとる。

トレーニング

久しぶりにジムに行きランニングマシンで1時間汗を流す。トレーニングに行く前は気乗りしないが行った後は気分爽快で元気が出る。飲食の量は変わらず運動量はかなり減り体重増加し、風の引きやすい体質、疲れやすいなど大分体が鈍っている。続けること少しずつトレーニング内容を充実することにする。楽なほうに流れるのを止め厳しいトレーニングの積み重ねが必要。
いきなりきついトレーニングは無理。2割の時間を伸ばし1時間を70分にすることとする。年をとったら頑張りすぎずスロー・トレーニングで行うこと。
三浦雄一郎さんが65歳で体の鈍りにきずきトレーニングに励み70歳でエベレスト登頂を果たし、更に3年後2008年75歳で再登頂を目指し、日常をもトレーニングの場としている。少しでもあやかれるように又夏山でばてないために「体力をつける」事から始める。

カゼ厄介なもの

17年2月9日衛生病院に行く。10時半から2時間待たされ10分の診察でかぜと診断される。今回の症状は、いつものとうりセキだけたえまなく出るもので、咳止めのクスリを貰う。セキが寝るとひどくなり息苦しく夕べも夜中の3時まで眠られず、妻をも巻き添えにする。なんとかセキを止めるためいろいろ試みる。罹り掛けは咳止め薬セキコデでぴたりととまっていたがこの2日間は効き目ない。キンカンの砂糖煮レンコン炒めなど試みるがキンカンはすこし効いたようである。
夜中セキで眠れないので医学書赤本のカゼのところを読む。ほんとうにきくクスリはない、一定の経過をたどってなおるものと書いてある。カゼは掛ると直るまで待つより仕方ない。だがセキは出ると眠れなくなり困る。
本日以上のことを近くの人に話すとその方の娘さんもセキ型のカゼだそうで女医さんであるがどうしようもない由。とりあえず漢方がよさそうなので急場しのぎで近くの藤田薬局に相談したところ生薬の入った咳止めクスリ「ベリコデ」三宝製薬株式会社を勧められた。夕食後飲むとぴたり止った。
私のカゼは熱もなくセキが主でぜんそくの症状で発作型である。医学書のぜんそくのところの症状である。そこには埃、花粉、カゼなどで誘因されるとかかれている。治療法も書かれているがお医者の診断はカゼでぜんそくでなく自分の体がどうなっているのか理解納得できないでいる。カゼは難しく厄介なものなり。自分の体は自分で守るもの。予防法はないものか?
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aun1/愛犬リク
略歴
1936年7月4日生
1960年3月九州大学工学部応用化学卒
1996年9月大手M重工業蠶蠻退職
1994年4月中小企業診断士取得、96年〜自営
2001年9月7日株式会社アウン・プエンテ取締役
東京都杉並区在住
得意な分野:研究開発、化学工業、環境、経営、パソコン会計・経理、など
主な著書
●生産管理実務便覧(共著)/通産資料調査会
●廃棄物の処理技術(共著)/工業調査会
●石油化学原料対策(共著)/石油学会
趣味:百名山(2007.9完登)海外旅行、ジョギング
団体:自分史永和会
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