インドの国民車、アンバサダーは1958年から半世紀以上にわたって製造されてきたモデルで、まさしく「走るシーラカンス」といえる車だったのですが、今年2014年に製造を中止し、その長い歴史に終止符を打ちました。

今回は米国「AUTOWEEK」によるヒンドゥスタン・アンバサダーの試乗レポートを日本語で紹介します。


Mabassador

特定の地域に根づいた車というものがある。マンハッタンを走る黄色いクラウンビクトリアのタクシーやイギリスの農家で活躍するランドローバー、そしてとうとう製造中止になってしまうインドのヒンドゥスタン・アンバサダーだ。

私が最初にインドを訪れた時、デリーを始めとした様々な都市でアンバサダーがタクシーとして走っていたし、首相を含む官僚の車としても活躍していた。運転手付きの白塗りのアンバサダーの広い後部座席で書類に目を通す軍人や文官の姿は、かつて日常的に見られた風景だった。タクシーとしては、プレミア社が販売していたパドミニよりも人気があった。このパドミニはフィアット・1100のライセンス生産モデルで、こちらも既に生産を終了している。

アンバサダーのベース車であるモーリス・オックスフォード シリーズIIIは1956年にイギリスで生産が開始された。そしてこの生産設備がヒンドゥスタンに売却され、1958年にはインドでアンバサダーの生産が開始された。この車はインドにぴったりだった。設計がシンプルで誰にでも修理することができるし、元々のオックスフォードよりも地上高が高められており、道路状況の悪いインドの道にも対応できた。パーツは安く豊富であり、またインドでは輸入車に高い税金が課されていたため、購入する車の選択肢がほとんどアンバサダーしかなかった。

しかし、インドが経済的に現代化して中流階級が生まれ、アンバサダーは若者たちに植民地時代の名残だと物笑いにされるようになっていった。インドの輸入制限が撤廃されると、たちまち車の選択肢が増え、アンバサダーは次第に誰にも買われなくなっていった。

2011年にアンバサダーはタクシーとしての利用を禁止され、その終焉へと近づいていった。それ以降も政府機関には納入されたものの、安全性や環境性能の低さが疑問視され、ついにその終焉が訪れた。

最後のアンバサダーはわずかながら現代化され、その最後の年に製造されるモデルの多くはいすゞ製のディーゼルエンジンを搭載する。

数年前、私は最新型のアンバサダーを見るため、デリーのディーラーへと出向いた。そこでは車がすし詰め状態で展示されており、展示車は全て白だった。

プラスチックの部品はもろく、チープだった。車に乗り込む際には車高の高さゆえ、まるでSUVにでも乗り込むかのような感覚だった。ドアは重く、鈍重な音とともに閉まった。しかも、しっかりと閉めるには力を入れなければならなかった。また、ドア周りのゴムはところどころ剥がれかけていた。現代の車では普通ありえないような古臭いドアハンドルが付けられ、トランクのヒンジは車の外につけられていた。

その一方で、この車は実に快適だった。リムジンのようなリアシートにはマップランプや携帯電話の充電器が装備され、忙しい政府高官にはぴったりに思えた。遮音性もかなり良く、室内は十分静かだった。着座位置が高く、ヴィンテージ感溢れるドライビングポジションは快適でなかなか経験できるものではなかった。また、視界は素晴らしかった。

街中ではこの車の良さはあまり分からなかったのだが、インドで普通に運転している限り、これで十分なのではないかとも思った。この車は人をたくさん乗せてタージ・マハルに出掛けるのにはぴったりだろう。ステアリングやクラッチは軽く、ABSやエアバッグは装備されないが、この車はモデル後半には十分な制動力のあるディスクブレーキが装備されている。

この車を現代の車と比較するのは不公平というものだろう。この車はもう何年もの歴史を歩んできたのだ。アンバサダーはこれからもこの国で修理され続け、走り続けるだろう。ただ、かつてインドの自動車事情のシンボルだった首相官邸の白いアンバサダーの行列はもう見ることができない。56年前、アンバサダーが生産開始された時は、アメリカ大統領はアイゼンハワーで、エヴァリー・ブラザーズが人気絶頂だった。そんな時代の車が消えてしまうのは寂しいことだ。


Hindustan Ambassador first drive