イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」の元司会者であるジェームズ・メイは司会者という職を辞めたにもかかわらず新車の458スペチアーレをオーダーしました。なぜそんなことをしたのか、その顛末について英「The Sunday Times」に著しています。今回はその記事を日本語で紹介します。


Ferrari-458

Top Gearやその元司会者3人の今後の行く先は誰も知らない。そんなことはご存知かも知れないが、これが事実だ。未だに今回の「騒ぎ」について決定的なことを言う人間は現れず、我々に職を与えてくれる人間などなおのこと現れるはずがない。

我々3人はいずれテレビの前で一堂に会するかもしれないし、別々の道を歩むかもしれないし、テレビの中から消え、地元の人間ですら近寄らないようなパブに日がな入り浸り、「昔はテレビに出てたんだ」と店の片隅で無関係の人間に自慢しているのかもしれない。

いずれにしても、詳細な調査が行われることだろう。我々のファンは裏切られたと感じ、いずれ元に戻ることを望んでいることだろう。我々のアンチはこんなあっけない終焉を喜んでいることだろう。もしTop Gearが新しい司会者の元、新体制で始まったとしても、必ずしも失敗するとは限らないだろう。いずれにしても、我々の引退は決定してしまった。

この非常に扱いの難しい問題から脱するためには、謙虚になることが重要なのではないかと思う。

なので、もはや愛車のブライトイエローのフェラーリ・458に乗り続けることは許されないだろうと考えた。こんな車に乗っていれば完璧に誤解されてしまう。私は低姿勢になろうとしている失業中のテレビ司会者なので、サウジアラビアの御曹司には間違われたくない。なので、代わりに紺の車に乗るべきだと考えた。

前置きが長すぎたので、オチを書いても驚いてもらえないかもしれない。ともかく、私は先日フェラーリの新車を注文した。失業者である私がフェラーリを購入するのはおかしいと自分でも理解しているし、おそらくは前代未聞だろう。というわけで、何故こんなことになったのか説明しよう。

我々3人が尊厳のためにTop Gearを辞めようと決めた時、まだTop Gearの次の3年契約の話は生きていた。事実、今度のシリーズの草案を記した書類は未だに私の部屋の机の中に眠っている。

世界最大のテレビ番組の契約継続という誘惑は人生のターニングポイントだった。なにより、正直な話をすれば、報酬も莫大だった。それゆえ、私はプロテスタント的な自己嫌悪に苦しみながらも自分へのご褒美にマラネロの新車を購入することにした。

既に私はフェラーリを2台乗り継いできたものの、その2台はいずれも中古車だった。しかし、私は他の誰にも汚されていない新車のフェラーリが欲しくなった。あるいは、早々とデポジットを支払ってしまえば、次世代のV8ターボエンジンを積んだ488GTBのイギリス最初のオーナーになることもできた。

しかし、それ以上に458スペチアーレが欲しくなった。これは通常の458よりもパワフルでマニアックなモデルだ。それに、458はこれまで私が長らく乗ってきた自然吸気のフェラーリであり、そんなフェラーリに愛情さえ覚えていた。

それに、経済的にも利点があった。かつてのV8フェラーリの特別モデルである360チャレンジストラダーレやF430スクーデリアは現在非常に高い付加価値が付いている。同様に、458スペチアーレは20万8,090ポンドと非常に高価だが、それでも銀行にお金を預けるよりはよっぽど良い。

私はその誘惑に抗うこともできず、脳内の計算機は煙を上げてしまった。とはいえ、常識が勝利した。ゴールドのホイールを付けないという常識が。

すぐにディーラーに電話をしたのだが、既にオーダー枠は無くなってしまっていた。しかし、担当者が工場に電話をしたところ、私のためにもう1台作ってくれるというではないか。想像して欲しい。私は最後の自然吸気・ミッドシップV8のフェラーリの正真正銘の最終個体のオーナーになることができるのだ。フリーマーケットでカナレットを発見するよりも嬉しい事だ。私はお願いしますと即答した。

その後、結局最後のものとなったTop Gearの収録を行った。そこで私は、ロールス・ロイス レイス、フォード・フィエスタST、ポルシェ・911タルガという3台の素晴らしい車に乗り、純粋に楽しんだ。私の人生は最高潮に思えた。

ところが、突然に悪魔がやってきて、私の未来は粉々にされた。詩人のトーマス・グレイが警鐘を鳴らした通りに、全てが蒸発してしまった。
"富貴門閥のみならず みめうつくしきをとめこも 浮世の栄利多けれど いつか無常の風ふかば 草葉の露もおろかなり"
机に入っていた書類はサインされないまま放置され、ヒースロー空港ターミナル5のコンコルドルームの利用権は塵と消えた。何もかもが失われた。フェラーリ・458スペチアーレのオーダー以外のすべてのものが失われた。かつてテレビで言っていた台詞はまさにこの時のためのものなのだろう。"Oh cock"

事態はカバリーノ・ランパンテ(跳ね馬)に相応しい速さで目まぐるしく進んでいった。装備内容を吟味するための工場への招待状が届いたので、すぐさまヒースロー(ただしコンコルドラウンジではない)へと向かい、マラネロへと発ち、フェラーリ・アトリエへと向かった。そこは自動車メーカーのWebサイトによくあるコンフィギュレーターのリアル版であり、唯一の違いは使うためには本物の金がいるということだけだ。

オーダーした型の車が部屋の中央に停まっている。壁には様々な種類、様々な色のホイールが展示されている。それに、マホガニーのテーブルの上にはシートの見本やカーペット地の見本、アルカンターラの見本が巧みに並べられている。それに、壁には色見本が整然と並べられている。

部屋の端には巨大なスクリーンがあり、オンラインコンフィギュレーターの豪華版が表示されており、あらゆる組み合わせを試すことができ、ドアを開けることもできた。これは私を大変陶酔させた。私はその場に何時間もいながら、唯一支払う手段が存在しないことだけを悩み続けた。

私が簡素な458スペチアーレが良いと話し始めたとき、フェラーリのスタッフがどこか訝しむようになったように感じた。そしてボンネットからルーフに至るストライプについて決める段階になった時、さらにその訝しみは大きくなった。ボディカラーは紺、ホイールはゴールド、ストライプはツートングレーが良いと考えていたのだが、そこでストライプの値段がダチア・サンデロとほとんど同じ値段であることに気付いた。

おそらく、私にはストライプなど必要ないだろう。しかしそこで、担当者がストライプを薦めてきた。私はストライプを注文した。カーナビは? 注文したさ。バックカメラは? 注文したさ。スピードバンプを回避するためのノーズリフトシステムは? アルカンターラインテリアは? フロアマットは? 全部注文したさ。元々考えてすらいなかった別色のホイールセンターキャップまで注文してしまった。あなたがこの文章を読む頃には、フェラーリは容赦なくこの車を作り始めていることだろう。

私は完成したモデルのPDFを貰って帰宅した。実に素晴らしい車に仕上がった。私は家のベッドに寝そべり、iPadに映るCGを見ながら恍惚としつつ、ファイルの一番下に書かれた数字に気付いて孤独の闇に震えた。

現在、工場はエンジンブロックやシリンダーヘッドを生み出すための準備に取り掛かっている。ミシンはカタカタと音を立て、ドライバーやスパナは回転を続けている。それは美しくてゆっくりとしたプロセスだ。完璧な手作りゆえ、製造には1ヶ月かかる。ミニが90時間でできるのとはわけが違う。しかしそれが完成するとき、私には終わりが訪れる。支払いをしなければならなくなる。

しかし待って欲しい。この車は真の意味で投資だ。こんなことは車の販売ではよく言われることだが、ことこの車に限っては本当のことだ。購入してすぐに手放せば払った金は戻ってくるだろうし、ひょっとしたらそれ以上が手に入るかもしれない。それでもキャッシュ・フローという問題は残るものの、経済的に破綻してしまったわけではない。

しかし、そもそも私はどうしてこんなことをしてしまったのだろうか。これは千載一遇のチャンスだった。実際のところ私は投資がしたかったわけではなく、自らが真に崇拝する車を購入して、興奮を感じたかった。現在、私の車は、自分自身の仕事に誇りを持っている人達により、私だけのために、私だけの特別仕様で作られている。この車を運転するのは私だけの特権だ。

しかしちょっと待て。ハマースミスの無職の中年男性がフェラーリ・458スペチアーレの最終個体を紺色でオーダーするなんて、一体全体何を考えているのだろうか。なので私は、最後の契約書にサインをする直前になって心変わりした。そしてボディカラーをブライトオレンジに変えた。


James May: I ordered a Ferrari 458 Speciale — all I need now is a job to pay for it