イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ヴォクスホール・アダムのレビューです。


Adam

タートルネックを着てコーデュロイのズボンを穿いたマルコムという男は今日、燻製ニシンを朝食にとっていたが、イギリスには彼以外にもうマルコムという名の人間が存在しないということを幸せにも知らなかった。彼の妻であるブレンダや友人のネヴィルやロジャーにも同じことが言える。

イギリスで一番若いサイモンという名前の人間は誰だろうか。10歳以下の子供にクライブという名前の人がいるだろうか。最後にデリクと名付けられた人はどこにいるだろうか。ブライアンという人間が近所に住んでいるだろうか。

このような名前の時代による変遷はアイスランドでは起こらない。なぜなら、アイスランドでは政府が選ぶことのできる名前のリストを提示するからだ。しかし、イギリスでは誰もが自分の好きな名前を子供に付けたいと願っている。では、どうして素敵な白ワインやかつてセックスを楽しんだクレタの村の名前ではなく、あえてエディスやらガートルードなどといった古臭い名前を子供に付けようと思うのだろうか。

当然、この話は車の名前にも通じる。概して車の名前にはシンプルなものが多い。BMWやメルセデス、アウディなどといった高級車の名前には数字やアルファベットの短い組み合わせが使われる。しかし、小さくて安い車にはちゃんとした名前がつく。しかしその名前は大概酷い。

特に酷いのがフィアットだ。プントやウーノなんかがある。しかし、オースチン・ローバーも忘れてはいけない。オースチン・ローバーはパリの地下鉄の名前を車につけてしまった。では、ルノーが新型車をチューブと名付けたらどう思うだろうか。おぞましい。

フォルクスワーゲンの名前もあまり良くはないが、これには理由があるはずだ。かつては、フォルクスワーゲンの上層部に車名候補リストが提示され、その中から各自が順位付けして投票で名前を選んでいたのだろう。つまり、選出された名前は誰もが二番手三番手に選んだ名前だったのだろう。そうでもなければゴルフなんて名前になるはずがない。それはまるで車にヘルペスと名付けるような話だ。

そして日産は、コリーンやウェインなどといった昔のイギリスの名前よりも更に古臭い名前を付けている。セドリックやグロリア、シルビアなんかがそうだ。

一方、トヨタはアメリカで最初に売る車にトヨレットという名前を付けようとした。それに対し輸入業者はトヨペットの方がいいと提案した。それに、三菱・スタリオン (Starion) という車もある。本来ならStallion(種馬)という名前になるはずだったのだが、日本人にはLとRの区別がつかなかったようだ。

とはいえ、良い名前もある。中でも飛び抜けて素晴らしいのがインターセプターだ。パンテーラも捨てがたいが、安定して良い名前を付けているのはアメリカ車だ。サンダーバードにマスタング、クーガー、バラクーダなどがある。

アメリカは出来が悪くて遅い車にも野性的で獰猛な動物の名前を与える。それは、病弱な息子にヘラクレスと名付けるような話だ。

これがヴォクスホールの新型車の話に繋がる。この車の名前はアダムであり、アダムとはヴォクスホールの姉妹ブランドであるオペルの創業者の洗礼名なのだが、メーカーによるとこれが理由で名付けられたわけではないそうだ。公式にはアダムが良い名前だからこの名前になったそうだ。確かに私もそう思う。

アダムはフィアット・500やミニのいる領域に入り込むことが期待されている。若い都会人に受ける車となることが期待されている。しかしそこには問題がある。フィアットやミニは人々の心に残っている車を復刻したものだが、アダムは人々に何を思い出させるのだろうか。シェヴェットか? ビバか?

ヴォクスホールを所有するGMのスポークスマンによると、プリンスヘンリーだそうだ。しかし、確かにプリンスヘンリーは特別な高性能車だが、小型車のイメージとは全く違う。それどころか、どんな普通の市販車ともイメージが一致しないだろう。霊柩車でもない限りは。

アダムは1950年代や60年代に立ち返る車にはなりえない。独自のモデルとして自立しなければならない。ではこの車にそれができるだろうか。

アダムにはジャム、グラム、スラムの3種類のグレードが設定されている。しかしそれぞれに戸惑ってしまうほど多数のオプションが用意されている。冗談抜きで数十億の組み合わせが存在する。間違えて"MEN IN BROWN"(実際のカラー名だ)のドアミラーを選択してしまっても、すぐに"WHITE MY FIRE"に変更することができる。

それに、選んだインテリアに飽きてしまったら、70ポンド支払えば全く違うインテリアに変えることもできる。

自分の意のままにアダムの外観をいじることができるため、きっとその見た目を気に入ることだろう。それに、車としても気に入ることだろう。リアシートには下腿の太さが8cm未満の人間であれば2人が十分に座れるスペースがあるし、日常的な買い物には十分な荷室スペースも存在する。

視界も良いし、クラッチは軽いし、ステアリングもなかなかだし、乗り心地は素晴らしい。こういった要素全てを総合して見ると、街乗り用の車としてはフィアットやミニよりも良い車と言わざるをえない。

しかし、オールラウンドな車としてみれば、そうとは言えない。今回試乗したのは1.4Lのスラムで、チェス盤風の天井の内張りやイエロー装飾付きのホイールや、ありとあらゆるスポーティーな装備が付いていた。つまり、一見してホットハッチのようなのだが、実際は違った。

アダムは全く速くない。操作していて楽しいわけでもないし、110km/hで走っていても酷く疲れてしまう。この車は高速道路で運転する車ではないようだ。

他にもある。この車にはナビが付いておらず、代わりにスマートフォンと連携ができるようになっているようだ。理論的には確かに良いアイディアだ。しかし、ヴォクスホールの担当者にこの使い方を聞いたところ、10分待ってもその答えは帰ってこなかった。後で自分一人で自分の携帯電話を接続しようと試みたのだが、全く繋がることはなかった。

要するに、問題はあるものの、基本的にアダムは見た目が良くて実用的な小型車だ。もし私がこのクラスの車を買うとして、その購入を妨げる要素は名前の一部にある。アダムは確かに良い名前だ。しかしヴォクスホールはどうだろうか。


The Clarkson review: Vauxhall Adam Slam (2013)