イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2009年に書かれたロータス・エヴォーラ 2+2のレビューです。


Evora

先日、ホンダは2シーターオープンカー、S2000の生産終了を発表した。この車は私の大のお気に入りだったため、最後にもう一度借りて悲しみに浸ろうと思った。

S2000は酷い車だった。室内には体のどの部位も快適には収まらない。デジタルメーターはニック・カーショウのビデオからそのまま出てきたかのようだった。プラスティックの質感はごみ箱にも使えないほどに粗悪だった。装備内容は恐ろしく質素だったし、エンジン音は聞くに堪えないヒップホップだった。会話など不可能だった。何かを考えることさえできなかった。しばらく乗っていると発狂しそうな音だった。

私はそんな車をどうして好きになったのだろうか。この車は昔の恋人に久々に再会するのとは違う。S2000は太らなかった。2005年当時と何ら変わっていない。

もちろん、2005年はさほど昔ではないのだが、自動車業界において2005年は大きな変革の狭間にあった。以前なら許容されていたもの(重いステアリング、ナビ無し、宗教的迫害、恐竜)は今や許容されなくなってしまった。

その間、車は速くもなっていないし経済的にもなっていない。しかし、洗練度合いや快適性という側面では相当な進歩を果たしている(ただし、プジョーは除く)。

これは我々消費者にとっては喜ばしいことなのだが、イギリスの弱小自動車メーカーにとっては死活問題になりうる。1994年当時、あらゆる車が数分ごとに爆発を起こしていたような時代には、ロータスやTVRやモーガンを購入してもほかの車と大きな差はなかった。

ところが、今や大手自動車メーカーはどこも大量生産化によって壊れるようなトランスミッションなど製造しなくなり(プジョーは除く)、弱小自動車メーカーの製品は古臭く見えるようになってしまった。小規模な自動車メーカーにはロボットなどない。世界中至る所でありとあらゆる部品の耐久テストをするような予算などない。職人の手作りという宣伝文句は、グローブボックスがまともに閉まらないことの言い訳でしかない。

ロータス・エリーゼを例として見てみよう。これはキーキーと鳴る。ガタガタと鳴る。振動もある。車内に乗り込むのは大変だし、降りるのは不可能だ。装備内容も不十分だし、何もかもが操作しづらい。この車が登場した13年前ならばこれでもよかったのかもしれないが…。

しかし今や、ゴルフと比較しても、エリーゼは古臭いし、遅いし、アンダーステア気味だ。この車は21世紀の世界に紛れ込んでしまった20世紀の車だ。それに、前に登場したヨーロッパSはなお悪かった。

なので、私はエヴォーラにはあまり期待していなかった。きっと接着剤の臭いがするだろうし、体中が痛くなるだろうし、すぐにバラバラになるだろう。なぜなら、ロータスには現代の大量生産が実現している驚異的な高品質(もちろん、プジョーは除く)などないからだ。

しかし、実際にこの車と対面し、私は衝撃を受けた。かなりの衝撃を受けた。その衝撃はあまりにも大きく、少し横にならずにはいられないくらいだった。

まず、悪い面から説明しよう。この車は民家のベッドルームで製造されているため、欠陥がある。フロントガラスから見えるのは反射したダッシュボードだけだし、メーターに映るのは反射したその日の空模様だけだ。

しかも、操作系は見つからないように巧みに隠されている。それに、仮にボタンを見つけたとしても、そこに描かれている表示は狂人か4歳児がデザインしたとしか思えない。

ダッシュボードにはアルパインのナビが装着されている。ロータスはどうして独自のナビを作らずに若者がシトロエン・サクソに付けているようなナビを採用したのだろうか。その答えは簡単だ。ロータスにそんな開発力など存在しない。

そしてこのナビには喋るシステムが付いている。アクセルを踏むたびに「スピード違反です」とのたまうため非常に腹立たしいのだが、これには解決法がある。この警告は制限速度を超えるごとに発せられるため、逆に言えば、一度制限速度をオーバーしたら一日中ずっと制限速度を下回らないように運転し続ければいい。

オフにするという手もあるのかもしれないが、それは不可能だ。私は49歳だ。そして男だ。なので、取扱説明書など読むつもりはない。それに、妻なら分かると言うかもしれないが、そうするつもりもない。私の方が詳しいに決まっているからだ。

ここまで読んで理解いただけただろうが、この車にはあまりに多くの欠点が存在する。これらの欠点を容認するためには、車として非常に優秀か、あるいは価格が非常に安くなければならない。そして実際のところ、エヴォーラはこの2つの条件をいずれも満たしている。

トヨタ製の3.5Lエンジンは非常にパワフルというわけではないのだが、スムーズで洗練されており、パワーをシームレスに紡ぎ出す。突然凶暴になることはない。「いけない、事故りそうだ」とはならない。素晴らしいエンジンだ。

パッケージングも素晴らしい。普通、ミッドエンジンの4シーター車は見た目がアンバランスになりがちだ。しかしエヴォーラはまともだ。驚くべきことに、均衡のとれたエクステリアとリアシートの存在を両立できている。それに、ドライバーの背が高くなければ、狭いながらもリアにはレッグルームがある。

それにフロントシートは驚異的な広さだ。私が簡単に乗り込めた。シートを一番後ろまで下げる必要もなかった。身長2mの人さえエヴォーラにならちゃんと乗ることができるし、それだけで特別な車だと言える。しかも、リアにあるトランクはゴルフクラブ2セットは入りそうだ。

では走りの話に移ろう。時間も限られていたし、天候も悪かったため、残念ながらあまり飛ばすことはできなかったのだが、ステアリングの優秀さや操作性の高さは十分に理解できた。もちろん、これはロータスならば当然のことだ。

では、ロータスらしく凸凹に乗り上げると暴れてしまうのだろうか。それは違う。暴風雨が吹き荒れる中、イギリスの粗い舗装路を何事もないように走り抜けることができた。これほどまでに、従順で、洗練されていて、静粛性の高いミッドシップスーパーカーは他にはない。エヴォーラは素晴らしい車だ。ノーフォークの小屋で製造されたとは思えない。最新の機械によって作られたかのようだ。

要するに、エヴォーラはロータスのファンだから買うという車ではない。快適で、実用的なミッドシップスーパーカーが欲しい人が買う車だ。この条件を満たす車は他には存在しない。フェラーリも、ランボルギーニも、他のどのメーカーも実現できていない。

エヴォーラに乗ってコーナーを駆け抜けていると、シャシの接着に用いられた接着剤の臭いのことも、ガラスに映る反射のことも、頭の悪いナビのことも忘れ、この車はいくらなのかと考え始めた。6万ポンドくらいなのではないかと思った。しかしそれは間違っていた。5万ポンドを切る。

つまり、エヴォーラはデフレ価格の21世紀の車だ。


Lotus Evora 2+2: the car adds up