今回は、人気自動車番組「Top Gear」でもおなじみのジェームズ・メイが2014年に英「Top Gear」に寄稿した愛車フィアット・パンダのレビューを日本語で紹介します。


Panda

私は1991年10月から2001年9月までのほぼ10年間にわたって、ロンドンにマンションを借りていた。

近くには鳥がたくさんいてやかましかったし、何の取り柄もないような平凡な部屋だったのだが、私は非常に気に入っていた。

引っ越しの日、私は荷物をまとめて箱へとしまい込んだ。その後、スコットランド人の自称引越し業者の丸太投げ選手がやって来て、荷物を滅茶苦茶にしてくれながらもトラックへと積み込んだ。すぐに部屋からは何もなくなり、空っぽになってしまった。

しかし、いまだに私の心には深く刻み込まれている。物はなくなってしまったが、私が自分で改造したキッチンや暖炉はまだ残っている。ダーツボードがあった場所には壁の穴だけが残され、室内で遊びまくった痕跡が見てとれた。

非常に辛い気分になってしまった。そして、これも最後だと思いながら部屋のドアを閉めた。ただ、私が借りていたのは2階分だったので、もう一度ドアを閉める必要があることをすっかり失念していた。

現在、私は恋人とともに新しい家に住んでいる。真っ赤なドアがあって、植木に花を植えたり、階段でチップスを食べたりしながら平和な日々を過ごしている。

この家は確かに私達の家だ。引っ越しの際に不要になってしまったものは燃やしてしまったし、他人の手に渡ってしまったものもある。今はきっと第二の人生を楽しんでいることだろう。

たくさんのことが変わった。風呂も変わったし、壁も変わったし、ドアも、窓も、照明も、あらゆるものが変わった。この家には住人2人分の歴史が刻まれていく。食器棚の容量は明らかに増えている。

けれど、また引っ越しをするべきなのではないか、もっといい家を建てるべきなのではないかと考えるようになった。もしそんなことをすれば、爆走する電車に剥ぎ取られた麦わら帽子のごとく、これまでに積み上げてきた思い出が失われてしまうだろう。

しかし、結局のところ、家とはただの建造物にすぎない。家が変わろうとも洗濯機は変わらず回り続ける。家とはすなわち通過点であり、終着点ではない。

ところが、愛車のフィアット・パンダを手放そうとしたときは本当に寂しかった。悲しみに暮れてしまった。まるで、愛猫を手放す時のような気分になってしまった。

私はパンダを下取りに出して電気自動車のBMW i3を購入した。私とパンダに残された時間はもう数週間しかないので、その時間を大事に過ごしていきたいと考えている。これまでのように何気なく過ごしていくことはできない。

この安物車は大して凄い車ではなかった。私はガレージに別のイタリア製スーパーカーを所有しているし、特別な日にはそれに乗っている。人に自慢するためだけの古いロールス・ロイスもガレージに眠っている。けれどパンダは特別視されることもなくガレージの外で雨風に曝されながら酷使され続けてきた。

購入してからほぼ8年が経過しており、それなりに劣化してしまった。リチャード・ハモンドか誰かが車内で吐いたような記憶もある。いや、おならをしたのかもしれない。よくは覚えていないのだが、少なくとも最悪の思い出であることは間違いない。

けれど、壊れたことはなかった。一度としてなかった。タイヤや排気管の部品を交換したことはあるし、スロットルがうまく繋がらなくなってもいる。けれど、経験上、WD-40を吹き付ければどんな問題も大概はなんとかなる。ビニールテープだけでは駄目かもしれないが。

Top Gearでは一般人向けの大衆車をテストすることはないし、それを不満に思っている人もいるだろう。なので、パンダについて現実的な情報をお教えしよう。私の車は7年半でリセールバリューが71%落ちた。年あたり10%に満たない下落率だ。月あたりにかかる維持費は55ポンドで、どんな走りをしても17km/L以上の燃費を実現してくれた。

私のパンダは中古車市場のどこかへと姿を消してしまった。もし安い中古のコンパクトカーが欲しくて、店で LN56 YRR のナンバーが付いたパンダに出会ったら、是非とも買ってやってほしい。鼻が相当利く人でもない限り、きっと気に入ることだろう。

そして、是非とも大切にして欲しい。


James on: his Panda