今回は、人気自動車番組「Top Gear」でもおなじみのジェームズ・メイが2012年に英「Top Gear」に寄稿したフィスカー・カルマのレビューを日本語で紹介します。


Karma

よくある小さなカフェでは熱湯を自由に使うことができるので、いつでも紅茶を淹れることができる。ご存知の通り、紅茶はイギリス国民にとって重要なものだ。では、いつでもどこでも熱湯が手に入るようにしたらどうだろうか。

しかし、ここには問題が潜んでいる。水の安全性や設備の耐久性を考慮すると、配管には銅を使う必要性があるだろう。しかし銅は高価だ。また、どちらにしても資源のほとんどは中国が占有してしまっているため、十分な銅を手に入れることはできないだろう。

それに、オックスフォードシャーのような未開の地からハマースミスのような都市部に至るまで、どこでも水を高温に保つ必要がある。なので、妥協して地区ごとに熱湯の供給所を設置した方がいいかもしれない。

ひょっとしたら、沸騰した水から出てくる水蒸気を使ってタービンを回し、電力を生み出すこともできるかもしれない。そうして生み出された電気を各家庭に送るのは難しくないだろう。そして、各家庭ではコンセントに電気ケトルを繋いで…熱湯を作る。このシステムだと始まりと終わりに熱湯があって、間には電気しか存在しない。

電気は素晴らしい。しかし、電気の役割は一つしかない。エネルギーを遠く離れた場所まで輸送するという役割だ。

もっと分かりやすく説明しよう。発電に使われる熱湯は石炭によって温められるとする。そう考えると、電気ケトルで温められた熱湯も結局は石炭で温められたと言える。

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荒唐無稽なことを書いているという自覚はあるのだが、こうすればきっとジェレミーに横槍を入れられることなくフィスカー・カルマについて説明できるだろう。こうするしかなかったのだ。

カルマは電気自動車なのだが、同時にガソリンエンジンも積んでいる。この時点で訳が分からないと思うので、以下のように考えて欲しい。

エンジンは熱湯発電所で、タイヤを駆動させるモーターが電気ケトルだ。結局のところタイヤはタンクの中のガソリンから生み出されたエネルギーを使って回転する。しかし、その間で電気が仲介をしている。

確かに、この車にはバッテリーも搭載されているため、コンセントから充電することもできる。この場合、車のエネルギー源となるのは石炭かもしれないし、ガソリンかもしれないし、原子力かもしれないし、あるいは風力や水力かもしれない。

いずれにしても、電気の仕事は日夜エネルギーを伝達することだ。もし私がカルマに乗るとしたら、わざわざ充電することはないだろう。エンジン(発電機)しか使わないはずだ。

しかし、そうはいってもバッテリーは便利だ。バッテリーはおもちゃの車のゼンマイのようなものだ。本来捨てられるはずだった制動によるエネルギーを後で使えるように電気の形で溜めておくことができる。しかし、制動をする前提として車は動いていなければならず、元を辿ればそのエネルギー源はガソリンだ。

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物理学をちょっとでもかじったことがあるならば知っているだろうが、エネルギーというものは新たに創造されたり破壊されたりすることはない。これは実験室的な事実だ。しかし現実世界においては、エネルギーは熱という形で宇宙へと逃げていってしまう。

ガソリンエンジンは内燃機関が生み出した熱エネルギーを機械の運動エネルギーへと変換するのだが、100%完全に変換することはできない。多くのエネルギーはどこかへ逃げてしまう。また、内燃機関の欠点を補うため、我々はトランスミッションを使って最大限にパフォーマンスを引き出そうとしている。

一方でフィスカーは発電機とバッテリーとモーターを使って熱エネルギーを運動エネルギーに変換する。手段こそ違えど、やっていることは同じだ。結局、電気や化石燃料や代替燃料をまったく別のものとみなすなんておかしい。どれも結局はエネルギーだ。

フィスカーはエネルギーの変換効率が高いため、普通のガソリン車よりも効率が優れている。だからこそ、わずか2.0Lのエンジンからマセラティ・クアトロポルテのような加速が生み出される。

それに、私はこの車のインテリアがなかなか気に入った。


James May on: the Fisker Karma