今回は、Amazonプライム・ビデオで配信予定の新番組「The Grand Tour」について、同番組のプロデューサーを務めるアンディ・ウィルマンが著したコラム記事を紹介します。


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Wilman

今週は通勤中に聴くラジオの中で The Grand Tour のラジオCMを耳にする人もいるだろうし、渋滞にはまる中で The Grand Tour の屋外広告を見かける人もいるだろうし、あるいは、日曜の午後に『ナヴァロンの要塞』を見る予定の人はおそらく The Grand Tour のテレビCMを目にすることだろう。

このように大々的な広報活動が行われているのを見かけると愉快な気分になる。これだけ大々的なマーケティング活動は我々の自信の表れと言えるし、前作の人気ぶりを考えれば気合が入るのも当然だ。しかし、我々がやろうとしているのは、18ヶ月前に失われた私とジェレミー、ジェームズ、リチャードが存在した世界の復活だ。

それは2015年4月の出来事だった。当時、Top Gear の仕事を失ったばかり我々には、何の見通しも、何の戦略も、何一つとしてなかった。BBCという後ろ盾を失った我々は、何をするべきかまったく分からずにいた。

私は男なので、他の3人が何を考えているのか直接訊くことはできなかったのだが、それでも我々がこれからも一緒にやっていくという点については疑ってさえいなかった。問題なのは、それが本当に可能なのかということだ。それなりに面白い馬鹿げた自動車番組を作ることはできると思っていたのだが、我々がかつて作っていた番組に匹敵するものを作れる自信はあまりなかった。これまでのすべてを捨て、まったくの白紙から作っていかなければならない。それはとても恐ろしいことだ。

Top Gear の再出発を行った2002年、我々に期待を寄せている人など存在しなかった。しかし、今回は違う。我々には築いてきた遺産がある。それに、スティグや倉庫スタジオなど、これまで慣れ親しんできたものの一部は没収されてしまって二度と使えない。我々はさまざまな制約を受けて再出発していかなければならない。

中でも最大の問題は、再出発の方法だ。誰かに電話で頼み込めばいいのだろうか。誰かから声がかかるのを待っているべきなのだろうか。我々はいわば炭鉱労働者だった。自分自身で鉱山を開拓してきたわけではなかった。結局、無能な我々は救世主に救われることとなった。そして進むべき道がようやく見えてきた。我々に用意されたのは、Amazonを選ぶか、Netflixを選ぶかという選択肢だった。

新世代のメディア世界においても、我々は我々の仕事をするだけだ。チャンネルの方針に合わせて番組内容を変えたりなどしない。我々には、ITV的番組を作るつもりも、ディスカバリーチャンネル的番組を作るつもりもなかった。AmazonとNetflixは我々に白紙のキャンバスを用意してくれた。彼らはとにかくすごいものが作れればそれでいいようだ。

その頃になると滑走路灯はみえてきたのだが、まだ着陸段階には至っていなかった。契約をする必要もあったし、そういった交渉の場において役に立つ人材など、我々4人の中にはいなかった。幸いにも、アメリカの芸能事務所WMEが手を貸してくれることとなり、我々はWMEのランス氏に諸々を丸投げすることにした。

ランス氏はコミュニケーション能力を活用するようなタイプではなかった。彼はちょっとした無駄話の時間すら惜しむため、電話での最初の挨拶は"Hi"だけで、そこからすぐに仕事に関する本題へと切り込んでいった。

しかしながら、ランス氏の無駄のない会話術をもってしても、交渉には数ヶ月を要した。その交渉の中には大西洋を隔てた電話会議もあった。この会議は我々4人を疲弊させた。グローバル時代とはいえ、我々の中に電話会議の経験がある者などおらず、誰もが空回りしていた。テーブル上の頼りないマイクがちゃんと音を拾っているのかさえ不安で、必要以上に大声で叫んだりもした。マイクがちゃんとオフになったか確かめるために「おっぱい」と呟く技も手に入れた。

さまざまな専門家に頼りまくってなんとか契約が完了した。それが2015年8月の話だ。契約書の条項8a-bの部分には、2016年10月1日までに12本のエピソードを作ること、と記されていた。かつて Top Gear のエピソード12本を作るのに1年かかっていたこと、それに、その時点では番組名も決まっておらず、スタッフすらまったく集まっていない状況だったこと、それどころか仕事場さえ無かったことを心に留めておいてほしい。

仕事場の問題に関しては、ワーキング・タイトル・フィルムズの共同代表を務める車好き仲間のエリック・フェルナーの厚意によって一時的に解決した。彼は我々に机2台と電話2台が置かれた部屋を貸してくれた。『ブリジッド・ジョーンズ』の最新作を作っているチームのすぐ隣で、我々の復活劇が始まった。

最初の仕事は番組の骨組みを作ることだった。かつて我々が作った Top Gear の内容をコピーすることはできないし、BBCから何らかの言いがかりをつけられれば、我々の弁護士も、米国Amazonの弁護士も、英国Amazonの弁護士も太刀打ちできないかもしれない。

議論は混迷を極めた。果たしてジェームズが"cock"と言うのは権利的に大丈夫なのだろうか。それに、Top Gear 時代の3人のキャラ付けをそのまま流用していいのだろうか(もっとも、ジェームズがタイヤスモーク好きになったり、リチャードが突然真面目になったり、ジェレミーが他人の意見をちゃんと聞いてゆっくり走るようになったりすることなどありえないが)。

ナミビアで新番組の収録を行おうとしたとき、我々を不安が襲った。かつて、Top Gear でボツワナを訪れた際、美しい景色を映し、それに感激する3人の様子を映像に収めている。では、それと同じようなことを新番組で行うことは不可能なのだろうか。無理なら、3人がスケルトン・コーストに沈む太陽を見つめながら「クソみたいな眺めだ」と言わなければならなくなってしまう。

しかし、法律の専門家に聞いたところによると、テレビ的演出とは関係のない3人の人間的側面については変える必要がないそうだ。変えなければいけないのはもっと大掛かりなものだ。まずはダンスフォールドの倉庫に代わる場所を探さなければならない。そのあたりの経緯についてはジェレミーが書いているのでそちらを参照してほしい。

2015年9月から我々はかなりの過密スケジュールで収録を行ってきた。しかし、幸いなことに Top Gear 時代のスタッフの多くが新番組の仕事にも参加してくれたため、なんとか無理のない撮影を行うことができた。仕事場に関しては、リチャードを不動産屋に送り込んで探させようとしたのだが、彼はウェールズにある自宅近くの倉庫のパンフレットだけ貰って帰ってきたので、即刻に彼を金の絡む仕事から解任した。

運命の日である11月18日が近付いている。私自身が番組の表舞台に出ることはない。しかし、番組のスタッフクレジットに名前が出るというだけで誇らしく思っている。どの回も壮大な映像が撮れているし、テントというアイディアも素晴らしいと思う。

最初の2回の内容に関してはかなり吟味しており、あえてディープな内容にしている。最初、エピソード1は幅広い層に訴求する内容にしようとしたのだが、自分たちの力を信じてみることにした。ザ・クラッシュの曲のように、観客の心を掴んで離さないような内容にしようと考えた。そしてエピソード2についても同様で、我々らしく精神年齢9歳の内容となっている。

必ずしもすべてが上手くいったとは言えない。白紙から短期間で作り上げた The Grand Tour にはまだ足りない部分もある。それでも、我々は輝いていた。今こそ再出発のときだ。もし成功したら万々歳だ。もし失敗してもまた別の挑戦をすればいい。視聴者がテントで喋る3人組を見たら違和感を覚えるかもしれない。それは我々も同じだ。収録場所も変わったし、小道具の違いすら気になってしまうかもしれない。

しかし、心配しないでほしい。ジェレミーとリチャードとジェームズが再び一堂に会するのを見た視聴者は、きっと安堵してくれるはずだ。番組の内容も宣伝手法も変わったが、ジェレミーもリチャードもジェームズも視聴者が知るかつての3人のままだ。不肖の身ながら、視聴者が待ち望んでいた番組を作れたと確信している。


Back from rock bottom: Andy Wilman on how The Grand Tour was born