Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェームズ・メイが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フェラーリ・488スパイダーのレビューです。


488 Spider

まだ子供だった頃、私にとってルーフが取り外せる車以上に憧れていたものはなかった。エアフィックスから出ていた1/24スケールのBf 109 Eの模型以上に憧れていた。想像してみてほしい。車の中にいるのに、同時に車の外にもいるということを。

私は16歳になって初めてオープンカーに乗った。私よりも1歳年上の友人、デイヴは当時既に免許を持っており、しかもデイヴの母親はトライアンフ・スピットファイアに乗っていた。デイヴは母親の車を借りて、私を乗せ、ルーフを下ろして街中を乗り回した。あわよくば女の子でも捕まえられればと思っていたのだが、冴えない少年が二人で小型オープンカーに乗っていても、女の子など寄ってくるはずもなかった。

それでも私はオープンカーが大好きだった。なので、20代前半には金をかき集めて(銀行から借りて)1960年代に販売されていたトライアンフ・ヴィテスのオープンカーを購入した。当時のイギリス車などガラクタ同然なのだが、それでも私はヴィテスが大好きだった。ちょっとした外出すらも楽しみになった。

長い年月が経過し、私は随分と年をとってしまった。せっかくフェラーリ・488スパイダーに乗る機会を貰えたにもかかわらず(言い訳をさせてもらうと、その日はとても寒かった)、少し運転しただけで車を停めてルーフを上げたくなってしまった。

ジェームズ・メイはなんて甘ったれた奴なんだと怒りに打ち震える人がいても驚かない。私が乗ったのはV8ミッドシップのイタリアンスーパーカーだし、ちゃんとしたヒーターだって付いていた。にもかかわらず、私はルーフを下げて走りたいという衝動に駆られなくなってしまった。

オープンカーにはたくさんの魅力がある。世界の香りを嗅ぐこともできるし、季節の変化を肌で感じることもできるし、外界との距離がずっと近くなる。それに、ネット上でやたら攻撃的な人も現実世界では礼儀正しくなるように、金属のボディに囲まれて運転しているときよりもオープンカーを運転しているときのほうが穏やかな運転をするようになるだろう。それでも、この肌寒さはいかんともしがたい。

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問題はそれだけではない。53歳の男がオープンカーのフェラーリに乗っていると、スピットファイアで経験した問題が再び起こってしまう。そんな男に女性は振り向かない。また、美しい車を買うということは、その美しさに世間が注目することを意味する。名画を買ってそれを家の外に掛けるようなものだ。その名画の中心に自分の顔写真を貼ったら台無しになってしまうように、美しいオープンカーに私が乗ればすべてが台無しになってしまう。

45歳を超えた頃、私は一つのルールを自分に課した。ルーフを下ろすボタンに触れようとするときには、たとえ自分が裸だったとしてもそれを押すのか考えるようにすることにした。それでも押したいと思わない限り、ルーフを下ろすのはやめることにした。というわけで、ルーフに守られた状態のまま走り続けることにしよう。

私自身がフェラーリのオーナーなのでよく知っているのだが、フェラーリの実力を100%引き出すのはまず不可能だ。オメガを着けて月に行くことがないのと同じだ。しかし、自分の腕時計が宇宙空間でも使えるという事実があると安心できる。

488スパイダーも最大限のパフォーマンスを生み出せる車でなければならない。そうすれば、薄っぺらいステータスなんかではなく、本物の品格が生まれる。それに、実力が高ければ必然的に感性的性能も向上し、ワインディングロードで走っているときに歓びを感じることができる。

ところが、ルーフを上げて走っているときでも、車からきしみ音が聞こえてきた。掘り下げていけばオープンカーにありがちな捩り剛性の話になるのだが、それほど気になる音ではない。

問題は音ではない。フェラーリ最大の魅力はその繊細な運転感覚にあるのだが、488スパイダーにはそれを阻害する感覚が存在する。普通に運転している限りではクーペとスパイダーの違いなど分からないのだが、違いは確実に存在する。

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私が言っていることはとんでもない贅沢なのかもしれない。これはフェラーリで、しかもオープンカーだ。ルーフを外し、エンジン音を楽しみながら運転することができる。しかし、スパイダーのメリットはそれくらいしかない。スパイダーを選ぶくらいなら、中古の屋根付きV8フェラーリを買ったほうがいいと思う。

ルーフ問題やきしみ問題はあったものの、488スパイダーの試乗はとても楽しかった。ターボチャージャーのせいで魅力が薄れたという批判もあるが、私はそれに同意しない。ターボチャージャーは高回転域で効きにくくなるため、高回転域に悪魔が潜んでいたかつてのV8の魅力は幾分か失われてしまったし、演技がかった感じもある。

しかし、代わりに中回転域が見事になった。応答性は非常に高く、繊細なトルクカーブや不可思議なギア比のおかげで、ラ フェラーリを彷彿とさせる情熱に溢れた走りを見せてくれる。とてつもなく楽しい。この車には特別感がある。

KERSを搭載するラ フェラーリに言及したので、さらに話を広げることにしよう。私は先日、ハイブリッドシステムを載せる新型ホンダ・NSXに試乗した。NSXなら街中を電気だけで走ることもできる。NSXは非常に先進的な4WDシステムを搭載したハイブリッドスーパーカーなのだが、その真価が発揮されるのは本気で走らせたときだけだ。普段は488と同じ、ミッドシップの楽しい車でしかない。しかも、488よりも約6万ポンド安い。

NSXに比べれば、私のフェラーリもこの488スパイダーも含め、あらゆるミッドシップスポーツカーが古臭く見えてしまう。


The James May Review: Ferrari 488 Spider