Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2004年に書かれたスバル・レガシィ アウトバックのレビューです。


Outback

超大物有名人に、神が人間に与えた最も素晴らしいものは何かと尋ねたら、きっと「匿名性」と答えるだろう。匿名性があるおかげで、人から指をさされることなくレストランに入ることができる。匿名性があるおかげで、誰からも内容を聞かれることはないと安心して人前で電話をすることができる。誰も一般人の電話の内容になど興味はない。

ハリソン・フォードでもマドンナでもジョン・ケトリーでもいいが、有名人に匿名性がどれほど大切かと尋ねたら、きっと「呼吸機能よりもよっぽど大切だ」と答えるだろう。

もちろん、街中で三流女優が半裸で歩き回り、わざとパパラッチの注目を集めようとしている光景も見かける。しかし、彼女らが本当にパパラッチの注目を集め、名前も、素顔も、性生活すらも衆目に晒されたとしたら、誰もがおやつの内容から今現在の居場所まですべてを知るところとなったら、携帯電話に保存されているメールの内容が世間に筒抜けになったら、彼女たちはきっと発狂してしまうだろう。

私はそれほどの有名人ではないものの、時々テレビに出ており、それだけで人生はかなり過ごしにくくなっている。もっとも、その原因のほとんどは、自分が小物であることを忘れ、自分のことを有名人だと勘違いしてしまっていることにあるのだが。

昨年、ドバイのホテルで部屋まで案内してくれ、ドアの構造やバスタブの使いかたを教えてくれたポーターは、私に「サインをいただけないでしょうか」と頼んできた。

それを受け、私は笑顔を見せて「いいですよ」と答えた。そして、ホテルのアメニティとして用意してあった便箋を取り出し、「アハメド様へ ジェレミー・クラークソン」と書いて渡した。

すると、彼は困惑したような表情になり、こう言った。
申し訳ありません。こちらの書類のほうにサインをいただけないでしょうか、という意味です。

今年も同じような出来事があった。カリブ海の日差しを浴びながらビーチチェアで寝そべっていると、茂みのほうでパパラッチのカメラのレンズが輝いたような気がした。私は頭にきて、読んでいた本を叩き落とし、遺憾の意を表明するために茂みのほうへと向かっていった。

悲しいことに、その行為は徒労に終わってしまった。かわいそうなことに、私が説教しようとした相手は私が誰かなどまったく知らなかったようだ。彼はただ、ビキニが少しずれている水着の女の子の写真を撮っているだけだった。

おそらく、水着の彼女はサッカー選手と結婚しており、ジャングルに住んでいるはずだ。水着の着方がおかしかったのもそのせいだろう。ひょっとしたら、彼女はレンズを向けられているのを知りつつ、わざとそんな格好をしていたのかもしれない。

彼女のように注目されたがっている女性たちは、家から出るたびに写真を撮られたり、下着屋に行くたびに購入したブラジャーの色を新聞社にリークされたりする気持ちを想像できているのだろうか。

つい先週、友人と真面目な話をしている途中、メタルバンドみたいな髪型をした女が近付いてきて、私にホンダ・CR-Vについてどう思うか尋ねてきた。上述した通り、私などそれほどの有名人ではない。

もし注目されることがどういうことか身をもって理解したいのであれば、裸になって近所のレストランに入ってみるといい。もしくは、明日、魚のきぐるみを着て出勤するといい。それか、ポルシェ・911 GT3 RSを買うのもいいだろう。

ボディはヒューマン・リーグと同じホワイトで、ホイールはレッドだ。ドアの下の部分には巨大な文字でGT3 RSと書かれている。そして、リアスポイラーの大きさは医療用ストレッチャーと変わらない。

なので、周りの人は全員集まってきて、指をさし、じろじろと見つめてくる。それどころか、ガソリンスタンドでは赤の他人が近付いてくる。給油を終え、威嚇をしても誰も消えてはくれない。

interior

この車を買いたくならない理由はたくさんある。ステアリングの向きは実際に進む向きとは関係しない。リアシートがあるべき場所にはロールケージが陣取っている。乗り心地は、どう表現したらいいか…この車に核兵器を載せたり、この車の中でタトゥーを彫るのは絶対にやめたほうがいい。しかし、この車を買うべきでない最大の理由は、その派手さだ。

その対極に存在する車こそ、26,500ポンドのスバル・レガシィ アウトバックだ。全裸のラッセル・クロウがポンテクラフトの中心部をこの車で走り抜けたとしても、きっと誰も気付かないだろう。ユマ・サーマンの頭にラジオアンテナが突き刺さっていたとしても、誰も目を向けないはずだ。

イングランド銀行の金庫に忍び込み、金塊を盗んだとしても、この車ならおそらく気付かれないだろう。オービスも検知できないかもしれない。アウトバックに比べれば、F-117ステルス戦闘機がただの翼竜に見えてしまう。

品質も高い。ここ2年ほど、ありとあらゆる車の堅牢性が次第に低下していっている。メルセデスは耐久性の代名詞だったはずなのだが、今では朝の4時に路肩でボンネットから煙を上げている車の代名詞になってしまった。それに、フォルクスワーゲンもTop Gearの満足度調査で最下位争いをするまでになってしまった。

トヨタにはかつて、スイッチを押した感覚がすべて同一になるようにチェックする役職があったのだが、最近のトヨタ車を見る限り、おそらくその役職は廃止されてしまったのだろう。それに、新型ボルボ・V50のサスペンションはまるでアルミ箔だ。

しかし、アウトバックは違う。ドアを閉めると、死んだ雉が60km/hちょうどで地面に直撃する音がする。柔らさを含んだ「ボフッ」という音だ。それに、ダッシュボードに使われている材質はサバティエの包丁と同じくらいに頑丈だ。

最近のスバルは小石を撒き散らしつつ森の中を速く走り抜けることで有名なのだが、レガシィの性格はまったく違う。最上級の3Lモデルは0-100km/h加速が8.1秒とさほど速くはないのだが、加速時は非常に静かだし、最高速度の224km/hで走っている状態でも静かと言える程度の音しかしない。

つまり、この車は昔ながらのスバルらしさを持っている。今のスバルはガラス張りのディーラーで水平対向4気筒エンジンを搭載した個性的な四輪駆動車を販売している。けれど、かつてスバル車は田舎の農機具店で販売されていた。

だからこそ、レガシィのドアパネルには4WDであることを示すステッカーが付いている。テフロンのように頑丈な外套の内側は、昔ながらのトラクターだ。

ここ数ヶ月、数多くの新型ステーションワゴンが登場している。ジャガーはX-TYPEにワゴンを追加したし、ボルボは前述したV50を発売したし、メルセデス・ベンツやアウディやBMWも忘れてはいけない。

休暇をどこで過ごすか悩んでいると仮定しよう。ミノルカやフロリダのような有名どころもあるし、最近人気のコスタリカやルワンダという選択肢もある。そんな中、スバルはクロアチアに相当する。普通ならば検討すらしないような場所なのだが、一度そこでの休暇を経験してしまうと、毎年のようにクロアチアに行きたくなる。

正直に言うと、私はとても感心した。滑らかだし、静かだし、落ち着いているし、サンルーフは私の知る限りで最も大きい。このサンルーフを応用すれば、車としての役目を終えたとしても、ヘリコプターの格納庫として使うことができるだろう。

しかし、何よりも嬉しかったのは、どんな道でも難なく進んでいけたことだ。車高がわずかに上げられているため、舗装の悪い道でも底を擦ることはないし、かといって車高が高すぎることもないので、曲がりくねった道で暴れまくるわけでもない。

私はこの車との時間を楽しむことができた。バーミンガム空港の駐車場で車の場所が分からなくなってしまうまでは。悲しいかな、この車の持つ匿名性は所有者にすら通用してしまう。


Subaru Legacy Outback