Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェームズ・メイが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フェラーリ・GTC4ルッソ T のレビューです。


GTC4Lusso

私はフェラーリ・FFがあまり好きではなかった。V12エンジンをフロントに搭載するグランドツアラーなのでベルギーを縮小してハイデルベルクのスパに出掛けるのにはぴったりなのだが、私を興奮させるような車ではなかった。

やや扱いづらかったし、ややずんぐりむっくりしていたし、フェラーリらしい刃物のような鋭さもやや欠けていた。4WDにもどこか物足りなさがあった。

基本的には後輪駆動なのだが、状況に応じて(センサーが前輪に補助が必要だと判断したら)前輪にも駆動力が送られる。これは普通のことだ。4WD車には昔からこのようなシステムが使われている。しかし、フェラーリの手法は少し違っていた。

少し専門用語を使って説明させてほしい。フェラーリは普通のトランスファーやディファレンシャルを使うことを良しとせず、クランクシャフト前方に第二のギアボックスを接続した。前輪の駆動力は左右それぞれの車輪に接続された2つのクラッチを介して調整される。クラッチの繋がりは電気の力で微調整される。

これは非常に複雑なシステムなのだが、フェラーリの考えは非常に合理的だった。このシステムのおかげで車重が削減されているし、なによりエンジンの搭載位置を低くできるので、操作性が高くなる。

幸せなことに、私は昔、オーストラリアのウェット路面の山道でFFを運転したことがある。濡れたヘアピンを走ったときですら、前輪に駆動力が伝わるのは感じられなかった。最初、私は凄いと感じた。これだけ難解な技術でありながら、その主張が少ないのは理想的だと思った。

しかし、よく考えると、そもそもこのシステムは本当に働いているのだろうか。実際のところ、2つのクラッチなど動いているのだろうか。フェラーリがメディアに発表する資料は分冊百科並みに情報量が多く、上述した4WDシステムの説明はそれをかいつまんだものだ。しかし、誰かがFFを分解してその機構が実際に使われているかを確認したなんて話は聞いたことがない。

ひょっとしたら、FFの4WDシステムは実用的な先進技術などではなく、概念上の存在でしかないのではないだろうか。私があると思うからこそ、それが存在するのではないだろうか。

rear

私は幸運の石を大事に持ち歩いている。それがないと不安でしかたなくなり、車を運転するときも、梯子を登るときも、クマから逃げるときも集中力が削がれてしまう。要するに、私の精神状態を改善するので、この幸運の石は本物の運気上昇アイテムだ。

FFの駆動システムも同じだ。私はごく常識的に、車の性能が許す限り飛ばし、限界を超えないように気をつけて運転した。そこに先進的な4WDシステムがあると思っていれば、ドライバーが思い描く限界点がより高くなる。つまり、ひょっとしたら、高いお金をかけて得られるのは、心の拠り所となるブラックボックスなのかもしれない。

FFは名前を変え、GTC4Lussoとなったのだが、基本システムは変わっていない。しかし、GTC4LussoにはツインターボV8エンジンを搭載する後輪駆動のTというモデルがある。ここで、無駄な前置きを長々としてきたことを謝罪したい。

フェラーリはこのモデルのことを「よりコストのかかっていない廉価版のFFという立ち位置のモデルではなく、別種の車だ」と言っているのだが、実際のところこのモデルはよりコストのかかっていない廉価版のFFだ。ターゲット層は30歳から45歳で、マーケティング的誤魔化し言葉を使いつつ、「そこそののグリップ」はあると公言されている。私がもう少し若ければターゲット層に入っていたことだろう。私は滑りやすい路面が苦手だし、なにより分不相応な車が大好きだ。

エンジンはなんとも素晴らしい。ターボエンジンなど昔ながらのフェラーリ党にとってはディーゼルと同類なのだろうが、そんな古い考え方は捨てたほうがいい。

タービンの羽が段階的に動くことでターボラグは抑えられている。連続的に過給が起こっているとイメージしてもいいだろう。488同様トルクカーブは各ギアを考慮して調整されており、ターボであっても力がリニアに出るようにしっかりと検討されている。

カタログスペックは最高出力が610PS/7,500rpmで、最大トルクは77.6kgf·m/3,000-5,250rpmだ。最後のフェラーリ製自然吸気V8エンジンは9,000rpmまで回った。保守派はこれが失われたことを悲しんでいるようだ。

フェラーリのターボエンジンは非常に繊細な特性で、ターボ文化への変化も比較的受け入れやすい。それに比べるとイギリスのEU離脱は唐突すぎた。我々はナビやDCTを受け入れ、それより昔には自分で運転するのではなく、人を雇って運転させていた時代もあった。ポール・ウェラーが歌った世界が今の現実になっている。

interior

エンジン以上に重要なのはステアリングの違いだ。おそらく、ステアリングはV12モデルよりも「元気」なセッティングになっている。V12のセッティングはフェラーリ内部の人間をして「少し鈍い」と言わしめるほどのものだった。前後重量配分も変わっているし(V12は48:52、V8は46:54)、V8には後輪操舵機構も備わっている。これによって「そこそこのグリップ」が生まれる。

どういう言葉で表現したら伝わるかはよく分からないのだが、上で説明した各要素があいまって、GTC4Lusso Tには「本物のフェラーリらしさ」を感じる。

ただし、最近のグランドツアラーやスーパーカーにはありがちなのだが、車幅が広すぎるので、この車の本領が発揮できそうな良い感じの道路(今回の場合はトスカーナの道路)で全力で楽しむことはできない。それ以外は完璧だ。音も良いし、パフォーマンスも簡単に発揮することができる。フェラーリの魔法が戻ってきた。それに見た目もかなり改善しているし、乗っていて心地良い。

重量配分もシャシ性能もトルクカーブも、圧倒的なパフォーマンスによって霞んでしまう。私はこういうところが気に入っている。

オーストラリアで乗った4WDのFFもそうだったのだが(FFの4WDシステムの効果はプラセボ効果でなかったことを認めよう)、GTC4Lussoは非常に快適に運転することのできる車だ。しかし、別の車の後ろにつくと、自分がとんでもない速度を出していることに気付く。

冒頭で「ベルギーを縮小する」なんて乱暴な表現をしてしまったが、実のところ、この車はヨーロッパ全体すら粉砕してしまう。ちょうど今の時勢に合っている車なのではないだろうか。


The James May Review: Ferrari GTC4Lusso T