Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェームズ・メイが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、スズキ・イグニスのレビューです。


Suzuki Ignis

まだ私がBBCで自動車番組の制作に携わっていた頃、我々は有名人レースという企画を考案した。有名人には到底不似合いな低価格車を用意して、有名人たちにサリーの飛行場でタイムアタックをしてもらうという企画だ。我々がその低価格車として選んだ車はスズキ・リアーナ(日本名: エリオ)だった。リアーナと私にはちょっとした繋がりがある。

本当はそんなことなど認めたくない。しかし、私はかつて、リアーナのカタログの文面を書いたことがある。言い訳がましいかもしれないが、当時の私は寒い屋根裏部屋に住むフリーライターであり、この仕事を断ることができなかった。

リアーナという名前は多くの人を困惑させた。LIANAは”Life in the New Age”(新しい時代の生活様式)の略であり、私も宇宙の例まで挙げてその先進性を長々と書き綴ったのだが、実際に運転すると、私の文章が誇張であることが明らかになってしまう。リアーナには、新しい時代、空想の時代を思わせるような要素など存在しない。小さくて不恰好な車でしかなかった。”スズキ・ポンコツ”という名前のほうがよっぽど似合っている。

同様にイグニスという名前もおかしい。イグニスという名前は「火」に由来するらしい。しかし思うに、これは「鬼火」を意味する”Ignis fatuus”の略なのではないだろうか。鬼火の実態は、湿地帯から吹き出すガスが引火して発生する不気味な光だ。要するに、この車の正体は”スズキ・オナラ”だ。

それでも、イグニスの宣伝文句を考えた人はリアーナの宣伝文句を考えた私よりよっぽど楽しんで仕事をしたはずだ。かつて、私は数枚の写真を見ながら紙に上述したようなナンセンスな文章を書き連ねていた。

イグニスのカタログはCDケースのようなプラスチックの入れ物に入っており、カタログ自体も上質な冊子になっている。各種情報や高解像度の写真が入ったメモリースティックや便利なポケットガイドも入っていた。リアーナが宣言しつつも実現できなかった「新しい時代」の到来を予感させるカタログだ。

rear

ところで、当時の私のように未熟で楽観的で、誰かを楽しませようと躍起になっているコピーライターがいたら、是非とも伝えておきたいことがある。私がリアーナの宣伝文句を紙とペンを使って書いてからもう20年の時が過ぎたので、もう時効ということにして、私が使っていたチート術をお教えしよう。

何回かカタログの文章作成の仕事をしていると、自ずと分かってきたことがある。製造部門の人間であれ、販売部門の人間であれ、誰しもが何か注文を入れたがる。これは大企業の特質だ。そうして結局はすべてが台無しになってしまう。

なので、完璧な文面を考えたら、完成した文面を提出する前に、あえて間違った文章表現や下手な比喩表現を加える。そうすると、最後に加えた部分についてたくさん指摘が来るはずなので、それから1, 2週間ほど経ってからあらかじめ作っておいた完璧なほうの文面を提出する。そうすれば、誰もが私の仕事に満足してくれる。

お金に困っていた頃、私はこんな手法を何度も繰り返し、そうして得た給料でホンダ・CB750というオートバイを購入した。

そろそろイグニスの話に戻ることにしよう。スズキ車はどれもドア周辺のインテリアパネルが安っぽく、変な臭いがする。”オナラ”も例外ではない。ただ、それ以外の部分は結構魅力的だ。

今回試乗したのは最上級グレードのSHVS SZ5というモデルだ。SHVSは”Shit Happens Vehicle System”の略だ。いや、冗談だ。本当は”Smart Hybrid Vehicle by Suzuki”の略だ。要するにマイルドハイブリッド(人に暴力を振るうハイブリッドカーよりはマイルドなハイブリッドカー)のことだ。スターターモーター機能を備えた発電機がエンジンに組み込まれており、助手席の下に乾電池サイズのバッテリーが搭載されている。

このハイブリッドシステムは合計重量がわずか6.2kgで、車重も920kgと感心するほど軽い。一番シンプルな2WDのイグニスはわずか855kgで、古いビスケット缶から作られていた25年前のフランス製小型車と同じ重さだ。それに、名前は変かもしれないが、その実かなりまともな車だ。

interior

発電機とモーターが別個にあり、巨大なバッテリーが搭載されているプリウスとはまったくの別物だ。トヨタのカタログ仕事を引き受けたことはないのだが、それくらいは分かる。イグニスのハイブリッドシステムは非常に単純だ。

電気だけで走らせることはできない。走りは普通の車と変わらない。ただ、ダッシュボードには電気エネルギーの流れが図で表示される。その図はまるで1980年代にBBCが放送していたシーファックスのような見た目だ。

オフロードを昔のジムニーのように走ることもできる。あまりにも軽いので、発情したヤギのように飛び跳ねながら走ることができる。ヒルディセントコントロールも装備されている。タイヤもちゃんと凸凹しているし、地上高もオフロードカーとして通用する高さだ。

強靱で質実剛健な正当派SUVのような走りを楽しめるにもかかわらず、それほどスペースは取らない。

1.2Lエンジンは魅力的だし、乗り心地も良く、装備も充実しており、見た目も楽しげで、風変わりなボディカラーも用意されている。重量は存在せず、4WDのSHVS SZ5はわずか14,249ポンドだ。きっとボディはチーズ製で、中にはヘリウムが詰まっているのだろう。

それになにより、この車は楽しい。オナラと同じくらい楽しい。


The James May Review: 2017 Suzuki Ignis