Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2007年に書かれたメルセデス・ベンツ C280 Sport のレビューです。


C280

先週、家を留守にしている隙に誰かがやってきて、家の外の草地に手作りの看板を立てていった。その看板には危険運転を記録するためのウェブサイトのURLが書かれていた。

誰かの運転を迷惑だと感じた場合、このサイトにナンバープレートを晒し、どんな危険運転をしていたのかを書き込めば、きっとそのドライバーが自分の運転を反省して改心するだろう、というのがこのサイトの趣旨だ。

StephenHarrisonというユーザーはこれまでに157件も危険運転を投稿しており、投稿の一例を挙げると、7月9日、バーミンガム市中心部のラウンドアバウトで左車線から右折していった車がいたそうだ。

それどころか、Kev627というユーザーはハンプシャーで分岐点の100m手前からずっとウインカーを出し続けていたフォード・フィエスタについて書き込んでいた。

残念ながら私は自分の車のナンバープレートなど把握していないので、このサイトに晒されているかどうかは分からない。少なくとも言えるのは、これが人類史において最も鬱屈としたサイトだということくらいだ。

イギリスには法律が増えすぎた一方で、警察官の人数は少なすぎるので、困ったことに怒りに打ち震えるベージュの服を着た50代そこらの有志の人間たちが人を裁こうとしている。

かつて、我々が守らなければいけない法律など、殺人を禁じるものくらいだった。ところが今や、運転中にりんごを食べたり携帯電話を使ったりすることさえ禁じられている。バス停でタバコを吸うことも、2匹以上の犬を使ってキツネを狩ることも禁じられている。子供を叩くことすら許されない。

こういった法律を国民に守らせるため、イギリスには14万人もの警察官がいるのだが、その大半は勤務日の大半をトレーニングをして過ごしている。

この問題を解決するため、政府はオービスや委託の高速隊員をイギリス中に配備した。しかし結局、警察官ではない高速隊員の主な仕事は事故の後処理だ。つまり、彼らは実質的には穀潰しでしかない。

地域警察補助官という役職も生まれたのだが、彼らの権力はルクセンブルクにも劣り、結局のところ蛍光ジャケットを着た地域の巡回員でしかない。

もしキツネがバス停でりんごを食べている姿を見かけたとしても、それを取り締まることができるのは本物の警察官だけだ。しかし、警察官は駅が閉まっている夜間には来れないし、そもそも警察官はキツネ対策のトレーニングをしていないので来たところで何の役にも立たないだろう。

結局、政府によって濫造される法律を国民に守らせるためには、国民同士で相互監視させるほかない。ここから連想されるものは2つある。1967年のモスクワと、そして上述したウェブサイトだ。この2つはまったく同一だ。

長らくの親友であろうと、誰がエージェントなのか分からないのに相手を完全に信頼することができるだろうか。これを冗談と捉える人もいるだろうが、今やウインカーを出すタイミングが早かっただけでフォード・フィエスタがネット上に晒されてしまうような時代になっている。

きっと気候変動論に異を唱えるだけで世界中に晒されてしまうようになるだろう。そして、StephenHarrisonやKev627のような人たちによって国民全員が監視されるようになるはずだ。

実在しない法律を破った人間を晒すウェブサイトではなく、むしろ新しい法律を作ろうと画策している人間の住所や氏名を晒すためのウェブサイトを作ったほうがいいだろう。

それはそれとして、私は家の前に看板を立ててくれた人に感謝しなければならない。私は寒い夕方にそれを見つけたので、薪としてしっかり活用させてもらった。

interior

さて、そろそろ今回の主題に移ることにしよう。メルセデスの新型Cクラスの話だ。

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

まだ終わらない。

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

私はここ4~5年間で2台のメルセデスを乗り継いできたので、メルセデスの操作系には慣れている。音声案内を切るためにミュートボタンを何秒間押し続ければいいのかもしっかり理解している。ナビの縮尺を変えるためにどのボタンを押すべきかも、ハンズフリーフォンの使い方も、しっかり理解している。すべて直感的に操作することができる。

ところが、メルセデスは操作系を一新してしまった。そのせいで私は BMW iDrive の焼き直しのようなシステムに慣れるために試乗時間のほとんどを費やしてしまった。もちろん、このシステムにも慣れることはできるだろう。しかし、それは従来の操作系も同じだ。ならばどうしてわざわざ変えてしまったのだろうか。

ごく短時間ではあるが、圧倒的な存在感を放つ新しいシステムのことを忘れ、運転に集中することもできた。メルセデス的に考えると、これは決して出来の悪い車ではない。旧型よりも大きく、わずかに重くなっており、サスペンションは1980年代初頭に誕生した190のものに由来している。

今回試乗したC280には7速AT(必要十分よりも2段多い)が搭載されていたのだが、変速は非常に滑らかだったので、必要以上に段数が多いことにも気付くことはないだろう。

それ以外は、静粛性も高かったし、乗り心地も相当良かったし、かなり速かった。ただし、ほとんどの人が選ぶであろうディーゼルモデルはそれほど速くはないだろう。

出来の悪い現行3シリーズよりは気に入ったのだが、これよりもよっぽど安価なフォード・モンデオと比べた場合、価格に見合う優位点があるのだろうか。

フォードのほうがCクラスより広いし、見た目も良い。一方でCクラスは細部にはやたらと飾りがあるのだが、その見た目はキア・マジェンティスと大差ない。けれど、メルセデスの場合、部品を組み立てて作られたのではなく、頑丈な塊から削り出されたものを運転しているような感覚がある。

ひとつ例を挙げてみよう。かつてダイムラーベンツがクライスラーと統合した際、アメリカ人はドイツ人がシートに5倍のコストをかけて作っているということを知った。なのでクライスラーはドイツにシートを送り、無駄を省くように助言した。

ドイツ人たちは数週間かけてクライスラー製のシートを検証し、無駄なことをしているのはクライスラーの方だと非難した。

一時期、メルセデスが手を抜いていた時期があることは事実なのだが、今のメルセデスは少なくとも車作りという仕事をきっちりと遂行している。

しかし、センターコンソールのボタンをあちこちいじっているとき、ドライバーは前をしっかり見てはいない。そんなことをしていると、Kev627やStephenHarrisonの手により、ネットに晒されてしまうだろう。