きょうせい★すくろ~る(完)

小説中には未完とありますが、終わりです。

ありがとうございました。

 



何の因果なのだこれは。

古くから代々受け継がれてきた、奥ゆかしい日本家屋の形相をした我が家は無くなり、

財産という財産もすべて燃え尽きてしまった。それはそれはきれいな燃え方であった。

圧巻とはこのことであろう。よきかなよきかな。冗談ではない。

 

それはほんの一瞬の出来事で、きら星の鈍く目を刺す輝きか、はたまた走馬灯の鋭く胸を刺す輝きか。

たしかに長い目、
たとえるならば宇宙が生まれ、地球が発生してからの広大に広がり続ける時間に比ぶれば、
このような出来事など、まさに一瞬、まさにセシウムが如くの一瞬であることは断じて否定できない。


しかし

 

何の因果なのだこれは。

私が一体何をしたというのか。

いや、私が一体何をしなかったというのだ。

一体何をしたが、しなかったがためにこのような事態が起こるのだろうか。

いやいやそのような目で私を見るのをやめてくれ。

いや、私は混乱などしていない、おや、私は冷静である。

いや、感情で遊ぶのはやめよう。うやむやにしてしまおう。

穏やかな納屋のしなやかな蚊帳からこの手記をしたためることにしている。宜しく頼む。

 

話をもどそう。

 

実は、どうしても、理解できないことがあるだけである。

とても受け入れられたものではない。
飛行機事故や、自爆テロ、隕石襲来ならばあきらめもつくでしょう。
そのようなものをすべて飲み込みつくす理不尽がとうとう地球に降り立ったのである。
なんなのだ。あれは。冗談ではない。

 

遥か後方から、私をめがけて迫ってくる巨大な炎の壁だ。

このだだっ広い炎の壁は、考えうるすべてのものを焼き尽くした。上にも下にも、もちろん左右にも優雅な広がりを見せ、その直射日光を水で何倍にも薄めたような強烈な光は、ことさら美空ひばりのぱちんこの殺人光線に似ていた。ふふ、このような時にも、冗談が生まれるとは。依存とは怖い。
だけどね、その怖さも、あの壁にぐわりと飲み込まれ焼かれてしまったよ。

 

しかし

いつからか抑えようのない感情が私を支配している。

むしろ、私の心を支配しているのはこの壁なのか。

いっそ、この陳腐でチープな感情さえもずわりとひとのみしてくれないだろうかと。

 

とはいえ

私は、前向きにならざるを得ない。なぜか。
後ろを向けば、熱き熱く熱い炎の壁に、最後の一細胞まで焼かれてしまうことを意味するからだ。
冗談ではない。

 

あれに焼かれるぐらいなら、私は前へと進む。進むのをやめたときは、まあそういうことだ。
力尽き果てるまでは進むのがいいだろう。助かるすべもあるかもしれん。

なんだかんだあって、壁の勢いがなくなり、炎が消えていくなんてこともあるかも。

ん、まてよ
あれに食べられたら、この手記も生きてはいまい。
まあでも、今はこいつだけが生きる理由なのである。
紙にペンを落とすこの瞬間だけが、私をこの世界につないでくれている。この理不尽な世界に、だ。

 

なんて理不尽なのかと、考えればこれまでも理不尽だらけではあった。

思い返すだけで虫唾が体中を走り回る。やめろ、私の体は箱根の山ではない。

冗談ではない。

 

なんだこの壁は。

違う。それではない。私の前方をふさぐ方の壁である。


悪いことをした。

昔の手記を見返したが、前方の壁については書いていなかった。自分で自分に謝るのも不思議なものであるが、もしかするとこれを見ている赤の他人もおるだろうから。

では、説明を加えていく。

 

何度も、私は、何度もジェイソン(後ろから迫る壁に名づけた、なかなか的確な表現だろ)を
突破できないかと何度も試行錯誤を何度も繰り返した。

地下鉄のホームの生ぬるい風をあびてみたり、スカイツリーからの眺めも楽しませてもらったりしたが、とうてい越えられるものではなかった。

 

薄いベニヤの壁かとも思ったが、とんでもない。まさに津波のごとく奥まで続いていた。

まるで壁界の人気ラーメン行列やぁ。ああ、そういえば東十条の油そばが食べたい。
残念ながらもう東十条は飲み込まれてしまっただろう。
それに秋葉原。オタク文化の聖地、日本のイェルサレムといえば通りがいいが、
かつては道路という道路が無実の血液に染まることもあった。
私はその時代を生きていた。今でも覚えている。
これからもたびたび思い出すことがあるだろう。凄惨である。
 

不平等ではないか。土地とともに、根付かれた文化や歴史、風土やムードまで消えてしまう。

しかし、炎の中では、生物も非生物も皆平等、横並びである。
最後の意識まで燃え尽きるのを仲良く待っているのだから。

それは、一種の平和である。
すべてのものが望む平等、和平が燃え盛る火の中に存在するというのも皮肉なものだ。

 

ちょっと長話が過ぎるのが僕の悪い癖。


しかし
 

ジェイソンを超えることはできない。あきらめが肝心である。

そう、この前の壁だ。
これを超えることに尽力しようと、麻呂の心も麻呂に話しかけているではないか。
そうかそうか、お前もそう思っとるんだな。同意見だ。

 

では、はじめよう。

 


 

そうか、そういうことか。

古ぼけたページをめくりながら、こけた顔の男はつぶやいた。

そうして
ひげをたっぷり蓄えて、伸びきってしまった髪の毛をベルト代わりに巻いている男は
壁の一部に手を突き刺し、柔らかい黄土を掻きだした。

ジェイソン(彼もそう呼ぶようにしたようだ)は、レーシックを無事終えた男の目にはまだ写らない。時間は十分あると確信していた。

この壁の先には何があるのか。
長年の逃亡生活で、新品のジャケットも今ではちゃんちゃんこのようである。
そのジャケットを風呂敷のようにして広げ、掻きだした土を鍋に移す。

ここのところ、ずいぶんと雨が降る。
しかしその男は心得ている。

無いところから有るものを作り出すことを心得ている。
もてる知識を、持てる体力を、もてあます性欲を、ただ壁にぶつけているのである。
男は心得ているのかもしれない。この壁の先を。

雨は上がり、鍋にずんもりと積もった土も乾いて強固になっている。その男は土を成形した。

そして、その細く長い腕が断末魔の叫び声をあげるまで、熱心に土を掻いた。

掻いた。掻いた。

 

ところが、である。

結果、土はすべて取り払われた。壁からである。

その男は安堵した。満足した。今までの悦楽を振り返り色欲に染まった。

その男は男ではなくなった。よもや人間でもなくなってしまったようだ。

しかし視力はあるようで、ある日突然目の前に現れた強い光に誘われて、二度と壁の前には現れなかった。
 


 

うお。これまじスゲーじゃん!!

おっぱいおっぱい へへ

ペロンチョペロンチョペロペロリン



 

緊急着陸に失敗し、母体とともに死亡。後2か月で出産する予定であった。



 

この壁は、私の寿命。あの壁は生のあきらめ、死へのあこがれ。このつるはしは、人間のもつ矛盾。生きたいという、死にたくないというチンケな妄想。自然の摂理。すべての欲望を混ぜ合わせ、鍋で水分がなくなるまで煮込んでできるおぼろな塊、究極の欲求の最先端。生と死の共存。板挟み。狭間。少しでも板の間隔を広げんと努力する姿は、生死をつかさどる死神こと両方の板には滑稽に映るか。それでも人間はつるはしを振るのをやめない。その執念が思いつく理想。不老不死。老いず、死なず、いつまでも欲望の性感帯をなぞり続ける。脳内麻薬は無限大。アドレナリン。エンドルフィン。フェノールフタレイン。そして私は今日もつるはしを振り下ろす。無駄だとわかっていながら。この単純作業、ただ少しでも脳みその野郎を動かしてやる、つまり、工夫を入れると、これは単純作業から複純作業になる。冗談ではない。それがわかると、華がでる。彩られる。人生は、工夫による色付け、味付けが必要不可欠なのだなあなどと考えながら、転がってきた岩を隅によけ、作業を続けるのである。疲れがたまればこうして、思いついたことをただじわじわと、紙に移していくのだ。こんなことを続けているから、人間のすべての生活はすべて無駄だということに気付く。ところがどっこい、その生活は無駄でもないのだ。冗談ではない。無駄であり、無駄でない、矛も盾も一緒に暮らせばいいではないか。なぜ戦おうとするのか。それは無駄である。しかし、無駄は無駄ではないことを示している。よって、戦わないことも無駄であり、矛盾がまた成立する。冗談ではない。人の生き死にに理由をつけ、不安にさせることの方が無駄ではないか。ならば、人生の無駄を十二分、十三分に謳歌し桜花乱舞すればよいではないか。なんなのだ。あれは。おやおや、今日はとことんまで疲れているようだ。わらけてくる。不愉快な思いをさせてすまないが、どうか忘れないでくれ。君の人生は10割が無駄でできているのだということを。それじゃあ、また無駄ではないことをしに行こうかな。

 


 

一筋の光とはこのようなものを指すのか。

そうではない、ジェイソンは反吐が出るほどの筋の光を放っているわい。冗談じゃないわ。

そっちではなくこっち、ジェイソンではなくジャクソン(とっても魅力のある名前でしょ)の方。なんてったって、この俺様が道具屋で見つけたこのドリルがね、バチコンとさ、穴をあけちまったってぇわけよ。しっかしまあ、この先には不老不死の世界が待ってるとか先代は書いてるけどよ、俺には興味がねえな。立派に年老いてよ、親方みてえにぐっすりと寝息をかいてよ、死んでいくのがいいんじゃねえかよ。粋じゃねえな。俺に言わせて見せりゃあよ。だからよ、ドリルはこの箱に納めさせてもらうぜ。この先は見たい奴が見りゃあいんだからよ。冗談じゃねえ。

ビビッてるわけじゃあねえさ。でもよ、不老不死ってえのは、裏から考えりゃあ、ぜってえ死なねえわけだろ?

でもよぉ、傷はつくだろうし、痛みを感じねえわけじゃあねえんだろうが。考えてみろよ、体がバラバラにされちまったら生きてる意味がねえだろうがよ。

そりゃあ不老不死になってみなきゃわかんねえがよ。そいつぅぁあよ、リスキーちゅうもんじゃねえか。まあ俺のカミさんはハスキーだったがよガハハまあカミさんは普段はハスキーだが、夜は、、、(赤のインクで何者かによって塗りつぶされている)て何書いてやがんだよ俺様はよ。冗談じゃねえや。だがよ、この紙は不思議だわさ。まあ何が不思議ってよ、この俺様の前に、あのジャイソンとかいうやつに飲み込まれて人生終わっちまった奴らの声が耳に届くんだわな。俺が死んだらよ、わけえ頃の武勇伝でんででんでんをたっぷり聞かせてやるからよ、まあ覚悟しておくんだわな。ガハハ

さてさて、その日が来るまでにこの大聖堂を掃除しておかなきゃね。傑作すぎてよ、ついつい広く作っちまったよ。大変だぜこりゃ。まあいいや。じゃあなガハハ
 


なんと私は幸運に恵まれているのだろう。過去の偉人たちに感謝せねばならぬ。

一時は、構築されてゆく歴史を背負って生きることがどんなにつらいことかと嘆くこともあった。
世間のスピードについてゆけず、坂道を転げ落ちることもあった。

それもこのように、夢が間近でかなうとなれば容易いもの。遺産とは尊いものでる。感無量だ。
歴史資源を有効利用できれば、人間はたどり着くことができる。無駄ではなかった。
何世紀も経てある行動の結果が返ってくるのだ。ただ人間は待ちきれないだけなのだ。
生まれてから消えゆくのみの運命に我慢がならないのだ。結果が来ない状況に納得がいかないのだ。

さまざまな選択肢があるが故に、結果待ちの間には、どのような結果も存在してしまう。
その恐怖に耐えられず、人は安易な道を選ぶのである。冗談ではない。
 

眼前に答えは広がっているではないか。簡単なものなのだ。実に。


来た道はふさがれてしまった。あの忌まわしき炎の壁もここまではたどり着くことができないようだ。胸の躍りが収まらない。これからというもの、常に新鮮な冒険が待っている。

目に映る、肌で感じる、耳に聞こえる、鼻でかぐわう、
すべてのものがいつまでもマンネリを拒否し続けることであろう。ワクワクが止まらないではないか。

しかし

手記を書くのはここまでにしておこう。いつかこの世界が私の手記で埋め尽くされて呼吸ができなくなっては困るからね。冗談ではない。

 

未完

完 

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