この女
この女
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釜ヶ崎で働く礼司に、バイトの大学生から小説を書かないかという話が持ち込まれる。
依頼主はホテルチェーンの社長で、その妻、結子を主人公にノンフィクションを書いて欲しいと言うのだが、
実は裏に隠された思惑があったのだった。

物語は、礼司が書き終えた後、大学生の恩師宛に送ったまま行方不明だったその小説が、
15年後に見つかると言うプロローグから始まる。
送られた直後、彼らの居た神戸は、阪神淡路大震災に見舞われたからだ。
そしてそこから、礼司の書いた小説「この女」が綴られる。
結子の物語と言うよりは、礼司自身の日記のような形だ。

過去を語りたがらない結子と、やはり何か重いものを引きずっている礼司の出逢い。
どちらの過去も哀しいのだけれど、どこかにほんわかと温かいものが常に流れている。
何度もはぐらかして真実を語らなかった結子にしても、
最初の印象よりはずっと「あたりまえ」な女で、明かされた過去もそう重い秘密とまでは思えず、
釜ヶ崎と言う労働者の街の描き方にしても、人情味溢れるやさしさで包んでいて、
読んでいて決して陰鬱な気分になることは無かった。

むしろ、この物語が書かれた直後、震災が起きたと言う事実だけが取り残され、
すぐ傍にあった不安や、未来への希望や、彼らが語り合っていた全てのことが、
その生死も何も書かれているわけではないのだけれど、
一瞬にして「無」になってしまったような空白の余韻が、
息苦しいような切なさを溢れさせて止まない。