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忘れていくけど、心は生きてる認知症

感動の研修会に参加させていただきました。
集まれ!かいごのチカラ〜私たちの街ヨコハマ〜

二部構成の第二部は、12年前に、奥様が若年性アルツハイマーの診断を受けたことによりケアメンとなった三橋さんと横浜市すすき野地域ケアプラザ所長の小薮さんとの対談でした。

三橋さんのお話・・・
診断がはっきりせず苦労もあった。
45歳のとき心療内科でパニック障害と診断され、頭痛、吐き気、拒食、倦怠感など体調不良やうつ状態が続き、物忘れが始まった。
「私、馬鹿になったみたい」

52歳で若年性認知症(アルツハイマー病)と診断され覚悟を決めたが、暴言、暴力、徘徊、妄想、異食・・・。
高速道路を歩いていて警察に保護されたり、踏切に入り電車を止めてしまったこともある。

最初は、一人で、仕事感覚で介護を抱えこんでいた。
しかし、一人では抱えきれなくなったことから、町内会の方々へ奥様のことを
「認知症でこれから暴言や徘徊があるかもしれないが見守ってください」と打ち明けた。
「病状を伝えれば、助けてくれる人はたくさんいる」と三橋さん。

その後、近所の方が「駅を歩いていたのを夫が見かけたが大丈夫?」と電話をくれたり、
ひとりで歩いているところを見つけた女性が送り届けてくれたこともある。
”地域の人に力を借りたら、違う形で返せばいい”

同じ認知症の家族をもつ家族会にも助けられた。
家族同士で情報交換や悩みを相談し、心のよりどころとなった。
奥様と2人で参加し、公園等に出かけ、体を動かし、楽しい時間を過ごした。


奥様の病状が進行し、命を守るため精神科への入院を決意
その後、認知症の症状が進行し、嚥下障害。
刻み食から、ゼリー食、そのゼリー食も飲み込めなくなり、
水分補給のための抹消点滴をうけ、終末期医療となった。
このまま、水分補給だけであれば、栄養をとっていないので、余命一か月。

夫とはわからないが、一番優しくて、大好きな人だと分かり、
会えばパッとうれしそうな表情になる。「その笑顔に癒やされる」

笑顔を向けてくれる奥様と「もっと、もっと生きていたい。」という思いから、
大きな決断をされた。

現在は、中心静脈栄養を受け、療養型病床に入院中
 
「認知症は、何も分からないダメな人ではなく、豊かな心や人に感謝する気持ちは残されている。
忘れていくけど、心は生きている認知症。」

三橋さんのお話にとても感動しました。


第一部は、寸劇で、以下の二つを鑑賞しました。

「コウケンキング」〜成年後見
「それ、問題ですよ!」〜訪問介護でできることできないこと

素晴らしい時間を過ごすことができました。
ありがとうございました。

行政書士 廣末志野


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