2012年02月22日

『きっといつか』の想い

今自分は『ドラゴンネスト』ってゲームに熱を上げています。

以前Zoome閉鎖前にも動画を数本上げていました。
正直個人的にZoomeの閉鎖は非常に痛手で、
ずっと続けていた無双Onlineも、Zoome閉鎖がモチベ低下の要因の一つになり
現在は休止中です。
ドラネスは今のところ2年弱くらいでしょうか、継続してプレイ出来ています。
実はLivetubeで極稀に配信もしています。

今月末にリアルで10年程前の交友関係の同窓会があります。
皆同世代で20代前半の頃の交友の友人達でしたが
今度会えば皆30代中盤の世代。
きっと色んな変化と懐かしさを見られるだろうと楽しみにしている次第です。

そんなリアルの同窓会を目前にして、Onlineでも一つ企画を。

『いつかKOEI産の戦国系大型Onlineゲームが新たに発表されたら、
その時はきっと、皆でまた集まりましょう』


続けるとかどうかは問題とせず、
このブログを見た旧友達の同窓会として!
天翔徳川の人々、ラムタラ、あわ雪を知っている人、その友人達。
今は連絡も取れなくなってしまった旧友達も。
どうか皆さん覚えておいて下さい。

awasnow at 05:28|PermalinkComments(5)あわ雪掲示板 | プライベート

2011年09月05日

信長の野望onlineは今

皆様お久しぶりです。
といっても2年も放置された崩落寸前の物置小屋となってしまいましたね。
実は先日PCを最新のゲームPCへ買い換えました。
信onを始めた頃はまだ20代の半ば。
もうあれから10年近く時が経とうとしています。


先日、公式掲示板を久しぶりに覗いてみたのですが
信onってどれだけ過疎が進んだのだろうか。
掲示板の書き込みも激減しているし
今仮にログインしたとして私の知人欄はどんな事態になってるか
やはり今でも気になるところであります。

昨今、色んな韓国系のMMOが始まっていて
古参ゲームである信onは今でも表向きには健全に継続されているように見受けられます。
何やら拡張パックが法外な価格で販売されていますが
これを購入してプレイを始める新規プレーヤはどれくらいいるのでしょう。
しかし気がかりなのは…
あの頃の仲間は今いったい何をしているのだろうか。

今思えば凄いと思うんだ。
徳川家という大きなくくりの中、ギルドという概念もなく
数十人、或いは百を超える同勢力のプレーヤと
同じ目的を目指して一緒に戦ったあの世界を。

最近始めたMMOにおいて私は既存のフレンド以外との交流を
一度も持たないまま飽きてプレイしなくなってしまいました。
最新であるにも関わらず、過去の経験から比較した時に
信onがどれ程優れたゲームだったか窺い知れる体験でした。
そういったことを感じる度に過去の日々を懐かしむ心境になり
このブログを訪れる自分がいます。

昔から現在にかけて壺谷、お江、あわ雪、馬雪と名前を変えて
色々なネットワークに属したくさんの人と交流を持ちました。
ここではリアルの交流は省きますが、それら過去の知人方々で
このブログをご覧になった方がいましたら
一言足跡を残して頂けると大変嬉しく思います。
特に何をするわけではありませんが、皆の息災を気がかりに思う
一個人の日記です。

awasnow at 18:28|PermalinkComments(9)あわ雪掲示板 

2009年08月23日

真・三國無双Online

そろそろちゃんと報告しないといけないと思い、筆をとります。

ご存じの通り以前の入院以来、信オンの課金を止めておりました。
そしてタイトルの通り、基本無料で出来る無双オンラインで遊んでいます。
リアルのハードさ、信の貫至上主義的な劣等感等から
ログインすることが億劫になっていた信オンから逃れるように
少しかじってみようかな程度で始めたゲームでした。

リアルプライベートの話になりますが
現在体調は概ね良好。時々職安へ通い自宅療養中でした。
体のこともあって、冬に決まっていた仕事を一先ず諦め
友人や家族と相談し、9月から職業訓練を受けることにしました。
まだ確定はしていませんが、ようやく普通の暮らしへ戻ることが出来そうです。
そこで、暫くは無双オンラインをやっていこうと考えています。

信に復帰して、これまでの遅れを取り戻す楽しみもあるかと思っていましたが
公式掲示板を見ていると不満の嵐。
今までのように楽しさよりも苦労が絶えないような印象です。
某が時々こぼしていましたが、「今は便利すぎるんですよ」
器用貧乏な時代です。
私が個人的に思うことは掲示板で論議されていることとは
少し違うところにありますが(私は基本Mなので不遇が好き)
どんどん便利になる現代に逆行するような改善は今後も行われないと思います。

信で過ごした5年間は、仲間と過ごした5年間です。
私の大切な思い出です。今も続けている人達も同じ思いだと思います。
けれど楽しめなくなっていく前に、今一度大きく距離を置いてみようと考えます。
以前竜二と二人だけでモンスターハンターをやっていた時期がありました。
その数ヶ月間は本当に楽しくて仕方のない時期でした。
そう、信を始めたばかりの頃のような。
それを今、私は無双オンラインで感じています。

ずっと私の代わりにあわ雪を守っていてくれた浜や、今も帰りを待ってくれている人には
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
でも今はやっぱり戻れない。
いつか戻れる日はあるかも知れない。
そうこうしてるうちに信2が出るかも知れない。
そしたらきっとすごい数の人が帰って来るだろうね…

今、無双オンラインで新規のギルドを設立しようとしています。
私設あわ雪と似たようなものです。
私の知り合いで新規で始める方にはギルドで修行の手伝いが出来ます。
ゲームシティのアカウントを持ってる信プレーヤーは
ダウンロード、インストールだけすればすぐに始められます。
興味があれば是非一度新しくリンクした、私の動画をご覧になって下さい。

http://zoome.jp/awasnow/

本当は無双でもあわ雪のみんなと遊びたい。
ていうか一度気軽に遊びに来てよ。
それが言いたかっただけの、私の我儘日記です。

awasnow at 22:56|PermalinkComments(40)プライベート 

2009年06月23日

血は固まり滞る

皆さんお元気ですか?
お久しぶりで申し訳御座いません。


先月丸々一か月程、急病で入院しておりました。

ある日の食べ過ぎをきっかけに、その頃ずっと違和感を感じていた
みぞおち辺りに激痛が走るようになり
日を追う毎に強まる痛みに耐えきれず
3日後の夜中に自分で救急車を呼ぶことになりました。

検査検査検査…と、どんだけ検査要るの!?
と呆れるくらい検査を受け
病状と進行具合、治療法まで全部説明してくれたのがそれから2日後。

『上腸間膜静脈血栓症』
という小難しい病名で、簡単に言えば
臓器から送られる血液が詰まって流れてない状態。
放っておけば脾臓、肝臓、胃、小腸等が腐り
死に至る病気だそうです(当たり前か…)

薬だけの治療ではその死に至るまでの時間に間に合わないということで
切開しない術式(カテーテル挿入→薬物注入)で治療を行うことに。
歯医者さんで打ってもらうような麻酔を5,6本してもらっても
まだまだ痛む局部麻酔で手術しましたが
2時間超の術式中、ただひたすら痛みに耐えてるだけの
物凄く苦しい時間でした。
術後、絶対安静の時間が24時間あり
(血液をサラサラにする薬を投与しているので
動いてカテーテル挿入部の出血を招くと二次被害が大きい為)
寝返りもうてない状態で24時間寝たきり。
この時間も地獄でした…

術後の経過を見る為の検査を繰り返し
胃を膨らまさない為の絶食が20日程続き
血液をサラサラにする為の投薬、点滴を続け
入院から約一か月後に退院しました。


原因は特定出来ず、先天性だったのが一番可能性があるとのことです。
例えば、元々血管が詰まりやすいとか
子供の頃から猫背で内臓を圧迫してるとか
そういう人が過剰にタバコを吸う、ストレス、食べ過ぎ等
発症要因がいくつか重なってこういう病気に
若くしてかかってしまうんじゃないかと(30代では普通かからない病気らしいです)
自分自身を分析してみて思います。

今現在は、自宅療養中ですが
信のほうは課金が止まっているので
仕事の忙しさで出来なかったことを少しずつやっています。
(要はお金の掛からない範囲で遊んでます)
仕事も探している最中ですが
失業保険と生命保険のおかげで食べるには困らず
ゆっくり探そうかと思っています。
いつ復帰するか、正直今はわかりません。
ですので、ログイン出来ませんので
ご心配をおかけした方々に対して
「たぶん、もう大丈夫だよ」
と言う為にブログをアップしました。

辞めることは絶対ないので
いつか会えると思うので
皆も元気でいて下さいね。


awasnow at 16:03|PermalinkComments(14)プライベート 

2009年04月10日

片桐円心 〜宿敵は親友となった〜

話せば長くなります。

主観での話なので、気を悪くされる方がいるかも知れませんが
ご容赦願います。


なぜこの時代になって円心と仲良くなったのか。

円心の存在を感じるようになったのはいつからだっただろう。
最初期の長篠の頃は圧倒的強さを誇る武田家の前に
成す術もなく蹂躙されていく徳川家にあって
天使ミュウの存在が、不意全盛の忍者間では有名だった。
この頃の私は装備も貧弱で、初期振りの妙もあり
第一線では強者の部類とは言えなかった。

武田徒党と相対する度に、一枚も二枚も上手な戦略、戦術に
我が身の無力さを感じ、向上心を燃やしたものでした。
もしかしたらその頃にも、円心と対峙した瞬間はあったのかも知れない。

遠江を追われ、三河防衛の三方ヶ原最初期。
相変わらず劣性が続く中、戦場の空気を吸い続けたことで
私の視野は格段に広がり、徒党の特徴や戦況の流れ等の見え方が鮮明になりつつあった。
ある週の三国防衛の三方に措いて、ついに徳川は三方で勝利を収めた。
私はその週に徳川初の家老忍者になることが出来、それを誇りに思った。
また、対人徒党ラムタラもこの頃に結成され
人が聞けば勘気を招くだろうが、無敗の強さを誇っていた。

少し時代が移ろい、防衛ではなく侵攻することで三河を単国で守れるようになり
浪人を含めた対人徒党ラムタラは、参戦が出来なくなり
今も親交深いチーム花の4人、浜、竜二、某、私に加え
現あわ雪の月ちゃん、最初期の英雄秋月さん、上杉からの亡命者トコ介の7人で
武将徒党ラムタラが結成された。

この徒党はあの時代に措いては非の打ちどころが無く
対人に措いても負けた記憶がない程の強さを誇った。
この頃武田側にいた過剰な火力を誇った集団の統率者として
円心がいたことを、この頃から4年程も月日が流れた
最近の出会いの折に、本人から聞くことが出来た。

ラムタラによって信玄が撃破され、時とともに仕様も変わっていき
仲間も別離、出会いを繰り返し、時代は移ろった。

信オンが中心だった私の生活も、リアルを大事にする時が訪れ
第一線から段々と遠ざかり、国、勝利優先の思考から
仲間、楽しさ優先の思考へと変わっていった。

遠江奪還が成り、敵対国も斉藤へと変わり
さらに時代の変化が激しくなり、私は身内の中でしか動くことが出来ない人間になっていった。
武田との戦いも一幕降り、円心の存在は手厳しい武田の猛者として
記憶に残されていた。
武田の強兵のイメージが色濃く残る私にとって
斉藤の強者達はまさにゾンビのような存在だった。
決して打ちひしがれることなく、どんな状況でも隙間を許さない彼らの強兵は
徳川の古い力を終幕せしめた。

私にとっての楽しさというものは、本当に望んでいたものではなくなり
小さな身内の中で、少しずつでしか見出すことが出来なくなり
それ以外に力を注ぐことが昔に比べ少なくなってしまっていた。
ラムタラは道三初撃破の功名を立てる等、時折活躍の場は与えられたが
それ以後瓦解し、私の戦場での居場所はどんどん無くなっていった。

近代まで時は流れ、某曰く便利すぎる世の中となった今
『あわ雪』という居場所だけが私の存在理由となった。
その中で片桐円心という、古い時代から現代に至るまで
忍秘術の第一人者として私が密かに羨望していた人から
なんのきっかけもなく対話が来たことが私の中の何かを変えた。

忍秘術の他の誰よりも強くありたかった自分を支えたのは
彼に自分を認めてもらいたかったのかも知れない。
敵だったからこそ、敵国同士隣合わせで戦っていたはずの人と
それまで一度も出会った事がなかったからこそ
認められていたい、脅威と感じさせてやりたいといった感情が
自尊心と寂寥感の塊の私が保ったモチベーションの一つだった。

彼と話すことで、古い記憶が滝のように流れ出て
懐かしさと、思い出の共有が出来たことによって空虚が満たされる感情を得た。
過去に思い残すことが無くなり
現在を自分のゆっくりとした歩みで、力強く進むことが出来ると
そう思わせてくれた。

新しい時代は、思わぬ出会いを私に恵んでくれた。
リアルでも同じ時代に生まれ、信オンでも同じ時期に始め
出会うまでの5年間、見知らぬ間柄、その名前と強さだけ肌に感じ
戦いあったライバルが、今この時肩を並べて
笑いながら歩くことが出来ようになった。

円心とお江







我が生涯のライバル、片桐円心に捧ぐ

お江の風遁円心の風遁

awasnow at 16:09|PermalinkComments(2)壺谷流忍道 

2008年11月19日

あわ雪の上覧

今回の上覧にかける私の意気込みはかなりのものがありました。
それは何故か。
前回の持ち込み装備、固定徒党の上覧開催時
私は出張と引っ越しが重なって参加出来なかったからです。

ただ、今考えればその当時のままの私が参加しても
かなりの足手まとい忍者だったと考えられます。
今でも正直、現行仕様の対人に対する知識は
恐らく素人のそれと大して変わらないかも知れません。

かつて長きに渡ってラムタラとして、武将も対人も
相当に優位な立場で戦ってきた経験があり、その経験は活きようとも
多岐に渡る現在の各特化の数多い技能
それを駆使した新しい戦略等、
古い頭のままの私には難解で、徒党を指揮する能力等
到底持ち得なかったと思います。

今回の上覧は配布装備で行われ、編成やそれを活かした連携のほうが
勝敗を大きく左右する要因だった大会です。
現状の自分を受け止め、あくまで謙虚な気持ちで対人戦を学べるであろう
良い機会と考え、出来る限り多くの時間を共に出来る仲間を探すことから始めました。

途中、大きな挫折を味わいながら最後まで知人という関係に拘り
自分と補欠参加を含め7名の徒党を作ることが出来ました。
大会参加について、参加頂いた仲間に
あくまで知人間の楽しい遊びの場であることをモットーに
時間強制をせず、参加日も個人主体で考えてもらえるようアナウンスしました。
ところが全員が期間中、上覧参加に重点を置いてくれて
ほとんどの日に参加することが出来ました。

序盤拙かった連携も、終盤に差し掛かるにつれて完成度は上がり
互いに向上心ある意見を言い合える素晴らしい徒党に成長していきました。
私個人のミスも散見され、敗北の直接の原因を作ることもあったし
無知故に当たり前のことで迷惑をかけた場面もありました。
そういったことからの成長も含め、素晴らしい大会参加となったことを
徒党に参加して頂いた皆さんに心から感謝を申し上げます。

個人的には、自分なりに忍秘術の対人戦に於ける徒党での働き方が確信出来たし
現行仕様の対人戦の味というものを深く知ることが出来ました。
強さとは何か、難しく考えた時最終的に行き着くところは
私は信頼だと考えています。
かつてのラムタラが強かったのも、そういったところが他とは図抜けていたと確信があります。

今回の上覧大会の戦績は
12勝4敗 54位
という結果でした。

仮にもっと参戦数が増えたとして上位の徒党と対戦出来ていたら
きっともう少し違った感想を書くことになったのかも知れません。
私が確かに言えることは、今回の『あわ雪』という徒党が
あくまで知人間の気軽な遊びの場だった大会が
いざ対戦の場では、みんなが真剣に、勝つ為に信頼を深めようとしたことです。
誰一人、勝手な行動もなく勝手な物言いもせず
楽しむ為=勝つ為に前向きになれたことです。

素晴らしい時間を共に過ごせた仲間へ
「楽しかったです、みんなありがとう!
また普段も機会を見つけて楽しい時間を過ごそうね!」
上覧最終日記念







いつも同じような台詞を言っていますが
これが私にとって信onで一番大事なことだから。



awasnow at 21:23|PermalinkComments(11)あわ雪の憩い 

2008年11月01日

浜に倣って

生産潜在の修正も入りましたことですし
今後生活費工面の為もあって生産活動を継続することにしました。

その準備で、争覇以後まったく放置してあった4キャラの知行を
出来る限り改良を進め、材料も自分で工面するなど
予算を抑える努力も並行して行っていこうと思います。

それくらいしないと私の性格では資産を増やすことは困難であると考え
以後自分自身の強さを磨く為にも継続していこうと思います。

今日は休みだった為付与石も含めそこそこ生産してみましたが
付与石側で初めて大赤字を出しました。
予算13000で風付与作成開始
出来が11×1
   12×2
   13×2
(鍛練5)6×1
     以上

これでは3000貫程しか戻ってきません。
付与石生産を初めて以来2000貫以上の赤字を出したことはなかったのですが
これにはさすがに参りました。

気を取り直してお江で服と頭装備を生産。
資産が枯渇してしまった為、元々倉庫に持っていた材料のみで作れるものを作成。
幸い価値23の職人装備は以前に揃えてあり
生産スペックは器用515魅力392で作れます。

今回売り物になったのは忍胴着1着と薄絹のはちまき3着。
全て高防御入魂マイナスなし生命240の鍛練余り。
ボーナスは物によっては付いてます。

忍者の生産品は装備出来るのが忍者自身と傾奇の2職しかいない為
需給の均衡が取れていないようで、これまでに通常Lvの生産品は相場が下がっていました。
ただ、高防御のボーナス品等は買い替え需要や、廃スペック思考のプレイヤーに
まだまだ需要があると思い
そこを狙って生産活動をして行きます。

今後私の装備生産品に限り
購入の際に信書にて、このブログを見たと書いて頂ければ
表示価格から10%OFFにて販売させて頂きます。

ですので是非、今後の装備新調にお悩みの際は一度私の生産品をご覧になって頂けると
大変嬉しく思います。


awasnow at 20:38|PermalinkComments(1)あわ雪の憩い 

2008年10月17日

円心流忍秘術

今朝、午後出勤だった為早起きして付与石を作りました。
目的は左手の風付与を完成させる為です。

お江の現在の装備は、争覇後作成のものがほとんどですが
武器に関してはまだ破天時代のものも使っていたりします。
それでも、現仕様においては
恐らくこれ以上の風付与は不可能というところまでの装備は出来上がっています。

付与内容は

頭  生240 知18 風60
服  生240 知16 風60
首  生100     風 5
腰  生150 知13 風25
左  生240     風50
右  生240     風50
守           風18
特           風18
袋  生240 知10 風50
紋       知15 風20

とまぁ、こんな感じなんですが風付与合計が356あります。
この状態で風遁を打つと、修羅が712乗り
通常四象で、相手の風属性が特に高いものでなければ1512が普通に出ます。
術式乗せれば1912です。
あくまでダメージだけの優位性の話ですし
紋価値不足で紋のみ最高値ではないですが
これ以上はないはずです。

それでも装備を新調していく理由は、
知力との兼ね合いがあるからです。
遁の知力キャップは恐らく240。
ここを超えていれば属性値での相殺分と相手のほうが知力が高い場合を除いて、キャップである800が出ます。
ですが知力も同時に上げていくことで、ボス戦での知力装備とのミックスが出来たり
単純に気合回復速度に影響が出ることが挙げられます。

私が知力装備と呼べるレベルに着替えをする場合、
両手を持ち変えるのと、首装備を変えるだけで
知435 風524の装備になれます。
ここが知力と風の兼ね合いの部分です。


タイトルに挙げた『円心流忍秘術』というのは
この兼ね合い装備に恐らく誰よりも早く取り組み
成果と実績を積んだ、私のライバルの話です。
もちろん装備の考え方だけが彼の忍道ではないですし
他の誰よりも優れた考え方と、秘術に対する想い、
そして先見性が彼にはあります。

彼との出会いから色々な想いと考えが浮かびましたが
今の私の装備作りの基幹になっているのも
円心流忍秘術がきっかけと言えます。

風+知の装備が完成すればいずれ写真を公開しますが
もう一つ、『壺谷流忍秘術』と言える装備作りも同時に取り組んでいたりします。
これが長年私の自信となり、ラムタラでの実績を生んできた原動力です。

争覇における『壺谷流忍秘術』はどういうものか
時間がないながらに考えて少しずつ着手してきて
今ようやく半分くらいが形になりました。
しかし、完成してもこれを試す場所は合戦での武将戦ですので
その戦いなかで立ち回りも考え、実績を残さなければ
『壺谷流忍秘術』の完成とは言えません。

我が生涯のライバル、円心と肩を並べ続ける為にも
私は精進を続けます。



awasnow at 00:49|PermalinkComments(2)壺谷流忍道 

2008年10月11日

本多、山県、直江、そして壺谷

花と愛と美保という、壺谷姓ではないキャラを3つ持っています。
実はもう1キャラあるんですが拡張スロットのキャラで、現在は休眠させています。


姓の縁はわかる人はわかると思いますが

本多忠勝→本多花

山県昌景→山県愛

直江兼次→直江美保

といった縁があります。


私は子供の頃から、きっかけは忘れましたが
戦国時代というものにかなりの興味と関心を持ち
信長の野望というシュミレーションゲームも
初代無印の頃からオンラインが出るまで全てプレーしてきた人間です。

読み物も結構漁っていて、戦国物の小説に
池波正太郎著書『真田太平記』というものがあります。
この中で『壺谷又五郎』という武田忍びの棟梁がいます。
そしてこの名前が、信オンサービス開始から一か月後に開設された
天翔サーバーにおいて産声を上げた、私の1stキャラの名前でもあります。

紆余曲折、又五郎は忍者から鍛冶屋に生まれ変わり
現在は長きの間眠りについている不稼働キャラとなっておりますが
2ndとして生まれた『壺谷お江』が、ご存じの通りメインキャラとして
5年の間、第一線で稼働してきたわけです。

お江の名前の由来は、真田太平記にて本名『馬杉お江』という登場人物がおり
彼女もまた、壺谷又五郎と同じく武田忍びの一人で重要な登場人物でした。
『馬杉お江』という名前は、サービス開始3か月目の時点ですでに使用されていて
それならば1stの姓をそのまま引き継ごうと思い『壺谷お江』が生まれました。
ちなみに3rdキャラには『壺谷雪』という、お江の隠し子とした私の創作設定で生まれたキャラもいます。


真田太平記に措いて、お江も又五郎も主家である武田家の大名、武田信玄が没した頃から
跡目の勝頼に不遇に扱われていた忍びの者を惜しく思った
真田昌幸(幸村の父)によって真田家の忍び(草の者)と所属が移ろいました。
以後、関ヶ原にて徳川方の忍びの棟梁格と又五郎が相討ち、
お江は悲しみと、積年に渡る疲労や傷から来る焦燥に打ちひしがれながらも
幸村とその運命を共にして生き続けます。
1615年の大阪夏の陣にて幸村も討死しますが
お江は真田本家の人間としてただ一人生き残り
徳川の臣として乱世を生き抜いた、幸村の兄である分家の信之の
家名存続の為の生涯を陰ながら支えることを選択し、寿命をまっとうします。

番外編を除いても巻数12を誇る大長編の物語の大部分で、お江の生き様が描かれています。
私はそれに惚れ込み、自分がそのキャラとなって仮想空間で生きているという
RPが出来ることを、幸せに思うべきなのかも知れません。


『壺谷お江』があるからこそ、信オンを続けていられるし
そこで出会った仲間との物語が、私にとっての『信長の野望』という新たなストーリーとなり
真田太平記のお江とは別の、自伝が作られて行きます。

awasnow at 10:07|PermalinkComments(2)壺谷流忍道 

2008年10月07日

徳川ダウンタウン物語に…

最近、我が生涯の友、浜がブログを始めました。
もちろんリンクもすでに貼ってあるので
ご覧になられた方もいらっしゃると思うのですが
開始以来、毎日欠かさず更新されていて
本人のサービス精神と相まって読んでいて退屈させないブログになっています。

く、悔しいがここはひとつ…
徳川ダウンタウン物語に任せてしまおうか…

という不届きな感情が芽生えてしまいました。
というより、私の現状問題としてゲーム自体している時間が
ほとんどなくなってきています。
以前より責任ある仕事を任されるようになって
睡眠時間を削ってログインするようなことが出来なくなっております。
おのずとブログ更新も出来なくなってきているわけです。

書きたいことはいくらでも出てくるわけですが
書き出すと結構目いっぱい書いてしまうほうなので
時間もかなり使ってしまう→書くのが億劫
と、なっていたわけです。

でも、浜視点のあわ雪の活動の他に
私ならではの観点から書きたいことがあれば
その時はしっかり書こうと思っています。

逆に浜のブログに触発されて私ももうちょっと更新していきたいなぁ
という気持ちも湧き上がっております。

ですので、自分の身の丈をしっかり把握し、出来ることを出来るだけやっていく
今の私のスタイルで、続けていこうと思っています。


岡崎にてVS熊







南蛮街の花畑某の…









PS.円心、お待ちたもれ。何れ先日の約定果たし仕り候。

awasnow at 10:43|PermalinkComments(3)あわ雪の憩い