前回のつづきです( ´_ゝ`)ノ


拝殿の向背


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拝殿内はお神楽ができそうな造り(*^_^*)

両側面には金属製の筋交いが見えます


木鼻の獅子の彫刻


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この獅子もなかなかの変顔(^m^)

目玉があったのかどうかは不詳


境内の石灯籠その1


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いかにも古そうな雰囲気


竿の奉納年月


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「天保四癸巳歳(1833)二月吉?」


寄進者


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「能壽(寿)寺村亀四郎」

是能地区はかつて「能寿寺村」「是房村」に分かれていたらしい

※詳しくは後述


拝殿と覆殿


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本殿は覆殿で四方を密閉されていて全く見えず

小規模だけど、基礎の石垣がよい(´∀`)


社殿の右側


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境内社の跡らしきものあり


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境内の石灯籠その2


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受台(中台)と火袋が欠損

すぐ後ろにも石灯籠の一部らしきものが見える


竿の奉納年月など


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「享保六丑(1721)九月吉日」

約295年前!Σ(゚д゚;)

寄進者はその1と同じく能寿寺村の人


石灯籠その3


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こちらは笠と受台が欠損(多分)

竿と宝珠、火袋が並ぶように置かれてる


竿の奉納年月


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「元禄四辛未年(1691)八月?」

なんて古いのじゃ!(*゚д゚*)

17世紀、約325年前!

この神社の歴史を物語っていますな

※ちなみに、この神社の裏手を登って行ったところに戦国時代の山城

「萩森城跡」があるそうです


上から見た石段と参道


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帰りも何度か滑りこけそうになった(-ω-;)


一の鳥居付近から見た是能地区の風景(*^_^*)ノ


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是能地区の沿革(一部)

江戸時代は宇和島藩領(のちに吉田藩領)

明治22年(1889)の町村制施行までは「能寿寺村」と「是房村」とに分かれ

ていたが、同年、近隣の「曽根村」、「成家村」、「戸雁村」、「則村」、「大藤村」

「黒井地村」と合併して「北宇和郡成妙(なるたえ)村」となる

その後、昭和29年(1954)に、「三間村」、「二名村」と合併して三間町の一部

となり、翌年には大字能寿寺と大字是房が合併して「是能」と改称した


能寿寺村は「能寿寺(曹洞宗)」という寺があることから名付けられたのでしょう

※西園寺氏、土居氏ゆかりの寺

今回は行っていないので写真などは過去記事で<(_ _)>

「三間町史跡巡り12」

記事の後半にあります



大洲市長浜町今坊の農道

※これも昨年のこと(^ー^;)


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急カーブのところに欄干のない橋が架かってた

石橋の存在を感知して近くの路肩に駐車(゚ω゚;A)


橋の上流側


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大きな岩の下ににコンクリートの構造物が見える

「幸口川」の上流・・・(=ω=;)多分

農道の橋は石橋ではなく、コンクリート橋じゃった・・・


橋の下流側


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(*゚ロ゚)ン?

石橋発見!

※画像中央からやや右上に写っています


近寄ってみると


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一枚岩の石橋でした(・∀・)つ


側面から


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橋台の石垣もあり

あ、以前、以志橋福助さんから教えてもらった近所の石橋(釜倉)、まだ

見に行ってないや(゚ー゚;Aアセアセ

地元って、知り人が多いから意外と行きにくい・・・Σ(´-∀-`;)


おまけ


「サカキ(榊)」の花


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