2005年12月03日

【ソフィア発:ブルガリアでの米軍基地建設反対斗争】independent media center(2005/11/22)

原文:Sofia : Protest against the disposal of US military bases in Bulgaria
翻訳:203号系統


訳者より:先に南朝鮮に於ける米軍基地撤去斗争に関する記事を寄稿致しましたが、今回は、欧州に於ける米軍基地建設反対斗争に関する記事を寄稿致します。

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11月12日、Novo SeloやBezmerの村々そしてBurgas港の付近に米軍基地を構築しようとする計画に対する抗議斗争が、Sofia(ブルガリアの首都)に沸きおこった。500名以上のデモがSofiaの中央通を行進し軍事基地への否をぶち上げたのだ。
抗議行動は「イヴァン・ヴァゾフ」国立劇場の正面に至るまで続けられた。抗議行動には、自主自立・反権威主義集団「アナルコ・レジスタンス」(約60名)といった無政府主義団( anarcho-block )も合流。また、ブルガリア国民連合( Bulgarian National Union ; BNS )の民族主義者も少数居たが、デモが終わると速やかに退散した。

11月10日の晩、シナゴーグ(ユダヤ教の会堂)の近所に抗議行動のポスターを貼っていた二人の活動家が、警官に逮捕・暴行される事件が発生した。警察の発表では、Vladimir TrichkovとStefan Andonovはシナゴーグの壁にポスターを貼っていた(全くの嘘っぱち!)上に逮捕にも抵抗した、と云うことである。二人がシナゴーグの敷地に居たと云う警察の話は、二人のことを「反ユダヤ」だとか「スラブ主義者」だとか称しつつ(これも全くの嘘っぱちだ!)、なされている。二人は11月12日より、医療介助も家族との接見も拒否して絶食斗争( hunger strike )を開始した。二人は即刻起訴された。週末Rumen Petkov内相は、VladimirとStefanを逮捕した二人の警官を「完璧な仕事振り」と賞賛することで、二人の活動家に「有罪」判決を下すよう法廷に圧力を加えた。

抗議行動の写真より:
逮捕に関する記事(ブルガリア語):

土曜日の抗議行動の後、殆どの参加者が警察署前抗議行動に移った。司法審査も無いまま5日間以上にも渡ってVladimirとStefanが拘留されている所だ。

月曜日に開かれた初公判では、弁護側証人は法廷への立ち入りすら認められなかった。翌日、VladimirとStefanは500レヴァの保釈金を支払って警察署を出た。第二回公判は11月17日に開かれる。

国民の殆どが米軍駐留に反対していた。それにも拘らず1999年12月19日、ブルガリア国民議会(訳注)は米軍基地建設を容認したのである。合州国政府は、ブルガリア領土の使用に対して費用を支払う意思は全く無い、とすら言っているのに。

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訳注:ブルガリアの政権交代についてご参照。
   【最近のブルガリア情勢と日本・ブルガリア関係】日本国外務省
   
   イラク侵略に対するブルガリア政権(当時)の対応についてご参照。
   【懸念される経済への影響(ブルガリア)】日本貿易振興機構(2004/4/10)

   合州国の傀儡首脳会談についてご参照。特に小日本総理の冒頭挨拶に注目。
   【日・ブルガリア首脳会談】小泉内閣メルマガ168号(2004/12/15)
   
   イラク侵略兵の同士討ちについてご参照。
   【「厳密な調査、懲罰を」 米軍誤射でブルガリア大統領】asahi.com(2005/3/8)
   
   侵略軍の敗走についてご参照。
   【ブルガリア:イラクから撤退へ】毎日新聞(2005/3/18)
   
   ブルガリア国民議会選挙と小日本の第44回衆議院議員選挙の違いについてご参照。
   【イラク即時撤退派が勝利―ブルガリア議会選】京都新聞電子版(2005/6/25)
   【ブルガリア総選挙:与党シメオン二世国民運動敗れる】欧州経済新聞ニュース(2005/6/28)

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