2004年05月06日

【米軍に抑留され、昏睡状態となって戻ってきたイラク人男性】ダール・ジャマイル(2004/5/4)

特集記事

拷問の傷跡は家族を真相解明要求へと駆り立てる
米軍に抑留され、昏睡状態となって戻ってきたイラク人男性の妻と娘が語る

ダール・ジャマイル
執筆補助:ブライアン・ドミニク

原文:
http://newstandardnews.net/content/?action=show_item&itemid=275
(訳:earthspider)

編集者記:以下の特集記事の一部は、本紙バグダッド特派員であるダール・ジャマイル記者が一月に最初に報道しました。当時は西欧人によって逮捕されたイラク人抑留者がいかに恐るべき仕打ちを受けているかということについて、ほとんど誰ひとりとして関心を払うことがありませんでした。今や世界がこの話題を取り上げるようになったので、ジャマイル記者は再度この件に立ち戻り、より詳しく報道します。イラク特派の目的の一環として、ニュースタンダード紙は本件および他の同様の事件について、近いうちに報道を継続していく予定です。現地でイラク人と話した記者なら誰でも請け合うように、このような事件に不足はないのです。
五月四日、バグダッドにて。軍関係者によるイラク人抑留者の虐待の証拠は、米英軍が管理する収容施設の内側から洩れてくるものだけにとどまらない。サディク・ゾーマン氏は五十七歳で、昨年米軍に逮捕された際は健康だったが、戻ってきたときは植物状態に陥っていた。彼のような事件の多くにあっては、証言は家族から得られるのである。愛するものが受けた仕打ちについて、聞く耳を持つものに対して伝えたいと、家族は必死になっている。

二〇〇三年七月二十一日、ゾーマン氏はキルクークの自宅で米兵に逮捕された。米兵はゾーマン一家の自宅を武器の捜索と、明らかにゾーマン氏本人を逮捕するために急襲したのである。

一ヶ月以上のちの八月二十三日、米兵はティクリートのとある病院にゾーマン氏を放置していった。すでに昏睡状態だった。何が起こったかを自らの口で語ることは不可能なものの、彼の体には拷問の証拠がしるされていた。点状の火傷のように見える皮膚、後頭部を殴打された傷、ひどく痛めつけられた親指、両足裏の電気火傷である。加えて、家族は背中じゅうに鞭の跡があり、性器にも電気火傷があったと証言している。



ニュースタンダード紙は、ティクリートのサラハディーン病院の関係者が撮影した写真、およびアルジャジーラのカメラマンが撮影したゾーマン氏の病院到着後間もないうちの映像を入手し、また彼が抑留中およびその後民間医療施設へどう移動したかに関し、若干を説明している文書も入手している。

軍の書類によると、ゾーマン氏の民間病院への移送にあたり、米軍がイラク人病院関係者に示した唯一の身元証明は、綴りの間違った名前だけだった。移送に関する書類には第四歩兵師団参謀長ドナルド・M・キャンベルJr大佐の署名があり、「治安上の抑留者」とみなされるゾーマン氏を戦闘支援病院へと移送し、「回復すれば」第四歩兵師団の抑留下に戻すものとする、とあった。

書類は彼が逮捕された場所について何ら明らかにしておらず、住所やその他の身分証明情報もなかった。家族はゾーマン氏が逮捕された際、米兵がすべての個人的書類や身分証明書類を押収していったと話している。

これまでに入手した米軍の書類および米軍に対する取材からは、抑留中の尋問においてゾーマン氏の身に何が起こったかについての詳細は明らかになっていない。



ゾーマン氏の家族は、一緒に抑留されていた人々の証言を通じ、監禁中の経緯について大体のところを再構成することができた。彼は当初キルクーク空港収容所に抑留され、アル・カアドの収容施設に移送された際はまだ健康だったという。もとは学校で、米軍が収容所に変えた場所だった。証言によるとゾーマン氏は八月六日にティクリートのある基地へと移され、そこで暴行されたという。

第四歩兵師団広報担当官ジョスリン・アベール少佐が語るところでは、ゾーマン氏の負傷は第四歩兵師団の兵士によるものではなく、逮捕と抑留に関わった他の軍部隊によるものでもないという。ゾーマン氏の抑留に関する経緯の全体についてすぐに調べることはできないものの、アベール少佐が語るところでは、家族と医師と写真が示している彼の負傷の形態は軍にとって「まったくもって容認できない」ものであるということだ。

アベール少佐は続ける。「わが軍の任務部隊において、ごくわずかな抑留者虐待事件はただちに調査され、事件に関わった兵士は一貫した軍規に基づいて処罰されています。一件の事例においては、一名の兵士が軍法会議にかけられました。抑留者もしくはイラク市民に対する虐待が発覚した際はどのような種類のものであれ、すべての容疑は真摯に取り扱われ、ただちに調査されます。そのような類の行動は容認できないからです」アベール少佐は、こういった抑留者虐待事件のいずれかがゾーマン氏の事件に関係しているとは一度も述べず、殴打事件を含むのかどうかについても触れなかった。



米軍文書をさらに調べたところ、八月十一日にゾーマン氏は第二十八戦闘支援病院へ移送され、軍医マイケル・C・ホッジス中佐による治療を受けている。

ホッジス中佐の診療報告書には、ゾーマン氏の容態の主診断として低酸素脳障害(酸素の不足が原因の脳への損傷)に伴う「遷延性植物状態」、心筋梗塞(心臓発作)および熱射病が挙げられていた。この報告書には打撲傷や鞭の傷跡、頭部の負傷、火傷の跡などイラク人医師が約二週間後にティクリートの病院で見つけることになる傷については、何らの言及もなかった。

報告書が述べるところでは、戦闘支援病院にゾーマン氏が転送されてくるにあたり、それまで治療に当たっていた関係者が口頭で以下のように語ったという。ゾーマン氏がその日の早い時刻に「腕のほうへ広がる胸の痛み」を訴えた際、意識は十分はっきりしていた。ニトログリセリン錠と静脈内点滴による治療を受けたのち獄舎に戻ったが、その後に「震えており無反応な状態」になって衛生兵のもとへ連れてこられたという。

この診療報告書に記載されている治療について、ワシントン州タコマ市のジュール・マーシュ医師に意見を求めたところ、ゾーマン氏が軍拘禁下で受けた治療について多数の問題点が指摘された。「ニトログリセリンを投与したという事実は、彼らが胸痛が心臓疾患によるものであると一応は疑っていたことを示しています」「ニトログリセリンが効果を示したという事実は、明らかにその疑いを強めたはずです。患者が安定狭心症の病歴を持っていたという場合でないかぎり(それについて報告書には記載されていないわけですが)、緊急の精密検査が行われねばならなかったはずです」

イラク人抑留者に対する医療措置について、アベール少佐はこのように語った。「抑留者が受ける治療は、米軍兵士が受けるものと何ら変わりはありません」

ホッジス中佐は、バグダッドのイラク人医師たちが後に同意することになるこのような言明で診療報告書を締めくくった。「本患者には、広範囲にわたるリハビリテーションと理学療法が今後必要とされる。しかし不幸にも、有意な脳神経学的回復が達成される可能性は現時点において一パーセント以下にすぎない」

文書によれば、二週間にわたり戦闘支援病院において治療を受けた後、八月二十三日に軍はゾーマン氏をティクリートの民間病院であるサラハディーン病院へと移送した。

ゾーマン氏の家族は二〇〇三年九月四日にサディク・ゾーマン氏を発見した。ティクリートの赤新月社が身元がわかる人を探す目的で、彼の写真を市内を運行するバスに掲示していたというのが、唯一の手がかりだった。驚くべきことに一人の友人が写真を見つけ、家族に連絡したのである。



ゾーマン氏には九人の娘がいる。最年長が三十二歳で、最年少は十五歳である。ゾーマン氏はキルクークのある病院で課長補佐をしており、バース党の党員であったようだ。サダム・フセイン体制下では、行政組織で働くにはバース党に入党するしかなかったのである。

十九歳の娘、リーム・ゾーマンは父親とその容態について率直に語った。「恐ろしかったです」心配していた家族のもとへの、父親の嬉しくも辛い帰宅についてリームはこう言う。「背中一面に鞭の跡が残っており、体じゅうに電気火傷の跡がありました」

サディク・ゾーマン氏の米軍抑留中の虐待疑惑は、友人や近隣の人々にとっては何の驚きでもなかった。彼らのうちの何人かは米軍に誘拐され、それぞれが恐ろしく胸を引き裂かれるような苦難を経験したうえで戻ってきていたのだ。

そして一年間の占領の後で、ゾーマン氏のような事件は米国の人々にとってもおそらく驚きではないだろう。CBSテレビやミラー紙、ニューヨーカー紙がイラクの米英の刑務所内部で行われている大規模な虐待事件について暴露したことを受け、今や拷問の証言は広範な注目を集めているからである。

しかし、いまだ公表されざる数千人もの抑留者たちが、イラク中の軍事基地に少なくとも一時的に監禁されている状況のなかで、サディク・ゾーマン氏のような事件が示しているのは、この問題が主要な収容施設にとどまらず、遠隔地にある基地にまで及んでいるであろうということである。そこでは部隊の指揮官や軍の情報要員がイラク人を監禁し、尋問している。今や悪名高きアブ・グレイブ刑務所のような監獄施設に抑留者が送られる以前の段階でのことである。

ゾーマン氏の家族によると、米兵に拉致される以前の彼の体調はどこも悪くなかったということだ。またその主張するところでは、逮捕時の捜索において、何の銃器や爆弾も、その他罪を問われるべき証拠も米兵は見つけられなかったということである。米兵がゾーマン氏を逮捕するために家にやってきたとき、玄関の扉は破壊され、家具は壊されずたずたにされ、現金や貴金属類が兵士によって略奪されたという。

米軍はこれまで、ゾーマン氏の自宅の捜索ならびに逮捕の理由について、何らの説明も行っていない。

サディク・ゾーマン氏はまったくの無反応状態にとどまっている。家族はほとんど何の家具もない、空っぽの家で彼の介護をしている。家はバグダッドのアル・ドーラ地区の近くにある。家族は昨秋、ゾーマン氏のよりよい治療と条件を求めてキルクークから引っ越してきた。食料と医薬品を購入するために、米軍の捜索のあとに残ったもののうち、ほとんどあらゆるものを売り払ってしまった。バグダッドの新居の部屋全体がまったく空の状態であり、それはほとんど全ての家具を売り払ってしまったからである。

ゾーマン氏の娘は誰も働いていない。厳しさをきわめる戦後の失業状況のせいである。以前の政府職員だったため、ゾーマン氏自身も何の扶助金ももらっていない。

サディクの妻、ハシミ・ゾーマンは昏睡状態の夫のそばに立ち、紙の扇であおいでやりながらこう語る。「食物は液状でなければならないので、ミキサーで食事をつくります。でも停電になるとミキサーが使えないので、食べさせてあげられないときがしばしばあります」家族はゾーマン氏のベッドの上に電気扇風機をつけている。しかし停電のときは、日中の暑さを和らげるために手を使って扇であおいでやるのだった。骨の折れる仕事である。

娘のリームは言う。「私たちの状況がわかるでしょう。しばしば一日六時間しか電気がないので、お父さんに涼しくいてもらうために交代であおぐんです」

米軍からも、アメリカ運営の暫定占領当局からも、ゾーマン氏の状況について家族へ何の説明もなければ、何の補償もないという。

アベール少佐が語るところでは、現在テキサス州フォート・フード基地へ帰還している第四歩兵師団は、イラク人抑留者が正当に扱われるよう努力していたという。それは、イラクの人々の間に信用を築く必要があるからだという。「信頼を築くこと、イラク人と連合軍の間に関係を築くことは、非常に重要です。ある抑留者が虐待されたり、不適当に扱われたという例がひとつでもあれば、以前の体制と変わるところがなくなってしまいます」



娘のリームは言う。「お父さんはいい人で、私たちの町でとてもたくさんの人たちを助けていました。なぜあの人たちはこんな仕打ちをするのでしょう。教えてくれませんか。お父さんを知っている人はみんな、人々を助けるためにお父さんがどれだけ多くのことをしたか話してくれるんですよ」

目に涙を浮かべて、ハシマ・ゾーマンが付け加える。「誰の家族にとっても、こんな風に苦しめられることがあっていいのでしょうか。こんなになってしまった父親を娘が見なければいけないことは正しいことなのですか。何がどうなろうとも、私たちの人生は二度と元にはもどらないのです」


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この記事の執筆についてさらに知りたい方は、ダール・ジャマイル記者のウェブログ、イラク・ディスパッチのこの記事をごらんください。
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以下は、この記事の前段記事です。こちらもぜひあわせてお読みください。
(earthspider記)

【苦しむ人々】ダール・ジャマイル(2004/5/3)
http://blog.livedoor.jp/awtbrigade/archives/552220.html

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今年1月に『エレクトロニック・イラク』などで伝えられた,サディク・アブラヒム・ゾーマンさん(過去記事)について,1月の記事を書いた米国のジャーナリスト,ダール・ジャマイルさんが,その後の経過を報告し
「おそらく拷問が原因で植物状態になった人」への反応〜人々から,そして米軍から【today's_news_from_uk+】at 2004年06月24日 16:26
TomDispatch.com, 2005年1月7日に掲載されている,ダール・ジャマイルの"Iraq: The Devastation"が日本語化されてウェブ上にアップされています。TomDispatch.comに掲載されている記事に,関連する画像(ダール・ジャマイルが撮影した写真)を添付して豊富な脚注をつけたP
ダール・ジャマイル『イラク:破壊』が日本語化されています。【Falluja, April 2004 - the book】at 2005年05月21日 05:40