2004年05月07日

【米軍、非暴力抵抗を組織するシーア派聖職者二名暗殺】アーロン・グランツ(聞き手:エイミー・グッドマン)(2004/5/5)

「米軍、非暴力抵抗を組織するシーア派聖職者二名暗殺」

怒りの声と銃声が響くイラクからフリースピーチラジオのアーロン・グランツがエイミー・グッドマンのデモクラシーナウ!に送る映像/音声ルポ。

この日のデモクラシーナウ!はこのニュースの他にもハイチへのアメリカによる民主政府転覆正当化に関するニュースや、アメリカ政府のアメリカ国内での社会的弱者(障害者、黒人、ネイティブアメリカンなど)に対する放射性物質を使った人体実験のレポートなどを伝えています。

アメリカ全土の反体制人士が朝の目覚めに聞いている知る人ぞ知るニュースメディアの定番。できれば映像/音声にもアクセスして見て下さい。


映像及び音声放送へのリンクおよび原文はこちら:
http://www.democracynow.org/article.pl?sid=04/05/05/1357225
(訳:himagin alley)
エイミー・グッドマン:
こちらはデモクラシーナウ!です。今度はアメリカ兵と蜂起軍との戦闘及び膠着状態続いているイラクに目を向けてみましょう。ナジャフで取材をしているフリースピーチラジオのアーロングランツからのルポです。


アーロン・グランツ:
イラクの聖なる都市ナジャフにあるイマーム・アリ聖廟に数十人のムクタダ・アル・サドルの支持者が殺された二人の同志の棺を運び込みながら殉教の歌を歌っている。毎夜、サドルの戦士が市の境界線のすぐ外に戦車を配置している米軍と激しい戦闘を繰り広げている。しかし、この二人はそこで死んだのではない。これらの二つの棺は地位の高い導師たちの死体、その一人は預言者ムハンマドの子孫である、をおさめているのだ。そして彼等の殺され方はアメリカの占領の実践パターンについて多くを語っている。

午後の祈りの呼び掛けがヒッラにあるバビロン人権協会の外で聞こえる。ヒッラはチグリス河に面したバグダッドから南に車で一時間ほどの小さな町だ。ここがアメリカの兵士が、町の集会に踏み込み、二人の導師(シェイク)を殺害し、さらに二人の町の有力な指導者を拘束した場所だ。サイード・ファダ・アル・ムサウィは次のように説明する。

サイード・ファダ・アル・ムサウィ:
政党、科学者、宗教家といったあらゆる権力が代表されていたんです。彼らは私たちの周りで何が起っているのか理解しようとしていたんです。彼らはヒッラで起っていること全てについて話し合っていました。彼らは私達の国に何が起ったのかを学んでいたのです。

アーロン・グランツ:
この人権団体の代表者たちによると、集会の主題はどうすれば暴力に依らないでアメリカの占領に対峙できるのかということだった。それはこの団体での議論で常にあがっていたトピックであり、そのことはアメリカ当局にも熟知されていた。数カ月前には、タカ派のウォルフォウィッツ国防副長官が彼等の努力を讃えるために訪問していたのである。同団体のハシーム・アル・サフィは、自分とウォルフォウィッツが写った写真を持っていることを誇らしく思っていた、しかし今日、彼は違った思いを抱いている。

ハシーム・アル・サフィ:
私たちは平和的だった。ペンと紙を持っていただけだった、でも彼等はありとあらゆる武器を持って来た。

アーロン・グランツ:
15人の米兵が皆に床に這いつくばるように命令し、演説者だったムクタダ・アル・サドルのヒッラ事務所長であるサイード・アドナン・ノナビを拘束するため演壇に向かって走ったと、ハシームは言う。彼等は黒い覆いを彼の頭にかぶせ、そして、近くの廊下にいた二人の導師に注意を向けたと、ハシームは言う。

ハシーム・アル・サフィ:
米兵は導師達が立っていたところを撃ったんです。ドアに付いている血がみえるでしょう。1メートルから2メートルくらいしか離れていない所で撃ったんです。

アーロン・グランツ:
二人の導師を殺した銃弾はこの人権団体で放たれた唯一のものだった。会堂に残された弾痕は二人の導師が銃撃された所の血に染められた壁に残されているものだけである。二人の導師の脳髄の破片が床にはまだ見え、彼等が頭を撃たれたという主張を裏付けている。同時に、ムクタダ・アル・サドルの地方事務所の所長アドナン・ノナビはアメリカ当局に拘束されたまま消息を絶っている。ポーランドによって維持されている現地の基地にいる軍はデモクラシーナウ!に対し、襲撃について何も知らないと語った。バグダッドの連合軍暫定当局の本部は彼の消息を探すのに10日はかかるとのことである。アドナンの義姉ウム・アリは監獄は彼女の知るアドナン・ノナビにとっては何も新しいものではないと言う。彼はサダム・フセインによって金曜日の祈祷集会で何度も批判的な説教をしたかどで一年間入獄していたのである。

ウム・アリ:
アドナンはアメリカが私たちをサダムから解放してくれることを願っていたので、その時は喜んでいました。それは、あの政権によって本当に酷く拷問されていたからだったのです。反体制だったので彼はサダムによって獄に入れられました。

(銃声)

アーロン・グランツ:
ヒッラでのサドルの指導者らの拘束と殺害はイスラム教シーア派の最も聖なる都ナジャフでの戦いと時を同じくして行われた。毎晩、ムクタダ・アル・サドルのマフディ軍の構成員らは崇敬なるイマーム・アリの廟から僅か数マイルの所で米軍と衝突している。昨夜は二十人のマフディ軍が戦闘で死んだ。彼等が最後の犠牲者とは成らないだろう。アド・ナズールはナジャフでアメリカ人と戦うためにモスルにある彼の家から出た。彼はまた妻と六か月になる赤子を残して来たのだ。

アド・ナズール:
私たちは神を信じます。神は私たちを創り、神は私たちを連れ帰るのです。だから私たちは私たちの教えを守るのです。私たちは聖なる場所に連れて行かれるのです。だから何も出来ないことはありません。私は自分に与えられた命令に従います。それが爆弾攻撃であろうと、殺すことであろうと、何であろうと。

アーロン・グランツ:
同時に両サイドは現在の睨み合いからの脱出口を探っていようだ。アキール・アブドル・ブノフ・ゾウエインはムクタダ・アル・サドルのためにアメリカ軍の指揮官らと交渉を続けている。

ゾウエイン:
アメリカ兵とムクタダ・アル・サドル氏の間の交渉が始まっています。部族長が双方の間の交渉を進めています。ムクタダ・アル・サドルの条件の一つはアメリカがナジャフから撤退することです。それはナジャフにはイマーム・アリの聖廟があるからです。

アーロン・グランツ:
ナジャフとクーファからのアメリカの完全撤退に加え、サドルの支持者は彼等の指導者が占領軍によって拘束されたり殺害されたりしないことを要求している。また彼等はサドルへの処置を正当なイラク政府に任せることを要求している。その代わりにムクタダ・アル・サドルはイラクの地での外国軍を殺さないという合意に対して前向きになっている。この提議を受け入れるのか拒否するのか、その決断が今ブッシュ政権に突き付けられている。

以上、デモクラシーナウ!に、イラクのナジャフとヒッラからアーロン・グランツがお伝えしました。

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/awtbrigade/540005
この記事へのトラックバック
非暴力、な方々に対して暴力で対抗する組織。 言うまでもない、アメリカ。 反米に対して何でもありかね。# というか、これが最適な手段なのでしょうが。 確かにヤツらに対抗する最適な手段は「死を恐れない平和主義」でしょうね。 実際にそれが効果を表わすまでにと
今日の (そのニ【ばっきょ隊長】at 2004年05月08日 22:41
この記事へのコメント
この方のブログで虐待写真を見ました。
http://underdog.at.webry.info/200405/article_17.html
鬼畜米兵、やりすぎだぜ!!って感じですね
(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル((((
Posted by saradine at 2004年05月07日 18:18