2004年05月13日

【破壊されたファルージャからの米軍残虐行為の証言】ダール・ジャマイル(2004/5/11)

原文:
http://blog.newstandardnews.net/iraqdispatches/archives/000371.html
(訳:earthspider)

破壊されたファルージャからの米軍残虐行為の証言

ダール・ジャマイル
2004年5月11日午後1時48分(バグダッド時間)

4月いっぱいに及ぶ米軍包囲の間に行われた残虐行為について、ファルージャ総合病院の医師たちが昨日、以下のように語った。
ファルージャにて:
整形外科医のアブドル・ジャバール医師によると、包囲期間中に治療した患者数および死亡者数の記録はほとんど残っていないという。これは文書で記録を取れなかったことによるもので、4月の大半にわたってファルージャ総合病院が封鎖されていたのがその大きな原因である。病院は市内から見てユーフラテス川の向かいにあり、米軍海兵隊により封鎖されていた。

別の整形外科医、ラシード医師によれば、戦闘のはじめの10日間にわたり米軍は住民の避難をまったく許さなかったという。「市内で患者を移送することもできませんでした。理由は外にある救急車を見ればおわかりになると思います。診療所のうち一ヶ所は、狙撃兵によって玄関の扉を撃たれさえしました」

病院の駐車場には数台の救急車が停まっており、2台のフロントガラスに弾痕があった。うち1台は弾丸で蜂の巣にされており、タイヤも撃たれている。


ファルージャ総合病院の駐車場にあった救急車。米軍狙撃兵に何発も弾丸を撃ち込まれている。

これまでに、2人の医師のいずれも米軍から連絡を受けておらず、何らの支援物資も受け取っていない。ラシード医師は言う。「米軍が送ってくるのは薬ではなく、爆弾だけなのです」

腕に添え木を付けたジャブール・カーニ・ラアド氏は、病院の待合室に座っていた。4月11日に2人の兄弟とともに米軍海兵隊に銃撃されたときの恐るべき体験を、彼は語ってくれた。「アル・ハッサン・モスクの近所に住んでいる親類を訪ねて、米軍の制圧区域に入りました。すると米軍は、占拠した家々の屋上から私たちを撃ってきたのです。

車を運転していた44歳の兄弟、ジャブール・ネッザール・ラアド氏は殺された。ジャブール氏はもうひとりの兄弟とともに米軍に拘束され、市外の基地に連行された。話す彼の伏せたまなざしが、その際に受けた恐怖を物語っている。「私はケガをしていたので、扱いはましなほうでした。他の人々は、地面に掘られた穴に入れられ、そこで監禁されました。尋問されている間じゅう、叫び声が聞こえてきました」

拷問されて脚が不自由になった老人のことを話したあと、彼はこう付け加えた。「この話を報道してください。アメリカ人がイラク人抑留者にどんな仕打ちをしているかを知ってほしいのです。ほんの少ししか食べ物を与えられず、私たちは飢えさせられました。兵士たちはカバンからおいしそうな食べ物を出し、そのほんの少しだけをよこしました。それから、残りの食べ物を私たちの目の前で焼き捨てたのです」

彼はほとんどの間、頭に袋をかぶせられていたという。疲れた表情でこう語った。「ときどき、かぶせられた袋のせいで息ができなくなりました。米軍の病院に入れられていたときでさえ、袋をかぶせられたままだったのです」

家の近くにある車を見に行ったところ、あまりに多くの弾丸で穴だらけにされていたので、生存者がいたのは奇跡だというほかなかった。


ファルージャで米軍兵士に繰り返し銃撃された車。運転手は殺され、同乗していた2人の兄弟は負傷した。

車が攻撃された場所を過ぎたところで、事件を目撃していた人が次のように語った。ジャブール氏の兄弟の遺体は、一週間にわたり通りに放置されていたのだという。「数日たつと、犬が遺体を喰いあさりはじめました。7日目に米軍兵士が遺体に燃料をまき、燃やしてしまいました。私たちが家に閉じ込められていなければ、埋葬してあげることができたでしょう。でも外に出るものは誰でも撃たれたのです。米軍は、撃たれた人々が民間人であることを知っていました。車を撃ったあと、区域に入ろうとするほかの車を停めはじめたからです」

彼が付け加えたところによると、救急車が5日目に遺体を収容しようとやってきたが、屋上にいた狙撃兵に撃たれたのだという。

私がジャーナリストだということを見てとり、近くにいたひとりがやってきて、別の恐ろしい話を語ってくれた。

彼の兄弟、フセイン・モハマッド・ジェルギ氏は43歳で、精神に障害をかかえていた。車が撃たれたのと同じ日に彼は家の外にさまよい出て、狙撃兵に撃たれて負傷した。

目に涙を浮かべながら、彼は話の続きを語った。「兄弟は撃たれて、家に逃げ込んできました。そのあと米軍兵士が家に押し入ってきました。大きなナイフを取り出して、彼の脚を切り落とし、それから頭を撃ち抜きました。兵士は家具のほとんどを破壊して、あちこちに糞をしたあと、去っていきました。これが、ファルージャの至るところで彼らがやったことです。私たちは遺体と一緒に、脚も埋めました」


ファルージャ包囲中、近くの屋上が海兵隊狙撃兵に使われた家の窓から

車に戻る途中、別の男性が私の腕を引っぱり、こう叫んだ。「アメリカ人はカウボーイだ。これが連中の歴史なんだ。連中が、インディアンに何をやったか見るがいい!ベトナムとアフガニスタンで何をやったか見るがいい!それで、今度はイラクってわけだ!もうべつに驚きやしないよ!」

連日公開されているアブ・グレイブ刑務所での残虐行為の写真に加え、こういった証言が強調するのは、今やイラクの大半の人々が確信している次のようなことである−−「解放者」はもはや、残虐な帝国主義的占領軍にほかならないのだ。

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ダール・ジャマイルはニュースタンダード紙のバグダッド特派員です。彼はアラスカ人で、占領下イラクの水面下で起こっている物事の取材に献身しています。イラクでの重要な取材活動を支えるために、募金を募っています。ダールへの募金に関してはニュースタンダード紙のウェブサイトを参照してください。
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