2004年08月23日

【 brandonhughey.com 】Brandon Hughey

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原典ウェブサイト
(翻訳:203号系統)

不法で不正な戦争に於いて殺すこと・殺されることを18歳の少年が拒否している。カナダが彼を監獄に送り込むことを、許してはならない
THE STORY−あらまし

 2002年の夏、私が17歳だった頃でした。一人の軍採用担当官が私の家にやって来て、軍隊に入る事を考えたことがあったかを尋ねました。彼は、私が大学進学に関心を持っているかどうかについて話をしてきました、私はそこに引っ掛かりそして彼との話を進めたのです。私は少しそのことを考え、そしてそれが大学教育を受けることの出来る唯一の方法であろうと考えて入隊書名をする決心をしたのです。2002年7月最後の日に署名をしました。軍隊入隊を決めるには保護者の監督が必要なほど若かったので、私のお父さんもまた署名を行いました。

私は2003年夏に基礎訓練に送りこまれました、イラクに対する先制攻撃戦争が始められていたのは、丁度そのころでした。それは国連安全保障理事会の決も無く性急に開始されたもので、国連憲章に反するとKofi AnnanとHans Blixもはっきり述べております。大量破壊兵器を発見するとかSaddam Husseinはテロリスト組織と結びついているとか云った口実によって、Bush政権はこの行為を正当化していたのです。

時が過ぎて、大量破壊兵器は何も見つからず、テロリズムとの関連も何も見つけることが出来ませんでした。私は2003年11月に基礎訓練を修了し、12月にフォート・フッドに配属されました。フォート・フッドで私は、いま一度除隊する機会を与えて貰うよう上官たちに申し出ました。しかし、それは私の決めることでは無いとして、彼らは拒否したのです。良心的兵役拒否の立場を申し出ることのような、軍隊を辞めるための方法を私は何も知らなかったのです。不法なイラク占領の共犯者に自分がなって行くような環境下に存在することを、絶対認めない。私は自分に、そう約束しました。いかなる入隊契約もいかなる入隊宣誓も、侵略行動加担や人道に対する犯罪を弁解できるものとは成り得ません。

国際連合によって法として認められているニュルンベルク国際軍事法廷憲章によれば、兵士は、仮令命令であっても悪であると思われる場合には、その命令を拒否する責任を持っています。(ご参考)この法に依って、私はイラク動員命令を拒否しました。そしてベトナム戦争従軍経験者で平和活動家であるCarl Rising-Mooreの助けを借りてカナダにやって来たのです。私は合州国政府よりも高次に在る国際法と道徳律に従っているので、合州国の起訴に応じる積りはありません。

私自身の足で帰ることができるようになるまで、現在私はオンタリオのクエーカー教徒の所に身を寄せております。


WHAT’S NEXT−これから

国境を越えてカナダに入った時には肩の荷が下りた感じだった、とBrandonは語っています。しかし、まだまだやらなければならない仕事が控えています。若し彼が合州国に戻るとすると、軍刑務所に5〜10年は投獄されることになるでしょう。

Audrey Macklinによると、トロント大学の法学教授がカナダでの無許可離隊( Absence Without Leave = AWOL)の情報開示部門にインタビューしたところ、アメリカ人が難民としての地位を要求するのはかなり厳しい斗いであると云うことです。

「この国が人々を迫害している実態を公に示すことは、国民にとって本当に何としても認めたくないことなんです。」と彼女は言っています。

Audrey MacklinはBrandonとJeremy Hinzmanのために行動している司法チームに加わっている。

Jeremy Hinzmanの代理人を務める法律家Jeffry Houseは、Brandonの代理人も務めている。彼はカナダでの(何年も掛かり得る)難民申請の手続きを開始しました。カナダの移民当局が、JeremyとBrandonは人間の礼節規範を破壊する違法な戦争に無理やり加担させられるべきではない、と認めてくれることを期待しています。Jeffryは、最終的にはカナダ人たちは自政府に二人を送還させたりしない、と確信しています。

NEWS―お知らせ

支援や励ましのお言葉を寄せて頂いたカナダ・合州国の皆さんに、御礼を申し上げます。また、欧州からも圧倒的な支援を頂戴致しております。大西洋を越えた全ての友人たちに、ここに御礼を申し上げます。以下に、お知らせを述べさせて頂きます。

難民申請のための書類作成は既に完了し、それをオタワに郵送しております。弁護士と私は、9月のどこかで難民申請の聴聞会日程が開かれることを期待しています。未だはっきりとしたことは判らないのですが、9月上中旬に一番有り得そうです。一回目の審査が失敗に終わっても、常に手続の申し入れをして行きますから、これから先の長い道のりを進んで行くに当たっては貴方のご支援がとても貴重なものとなって参ります。

これから速やかな就労許可を要請する予定です。(就労許可申請を提出するためには、難民申請書類がオタワに着いてから1ヶ月も待たなければならないのです。)この夏の終わりには許可が下りることを願っています。最も早くて8月中となるでしょう。自分の部屋を借りられるようになって、大学進学資金の貯金を始めたいと思っています。学費の余りかからない大学に進学するための良い方法をご存知の方が居られましたら、是非お教え下さい!審理が固まったら、カナダのもっと他の地方を見て回りたいと考えております。

最近、私の友人Jeremy Hinzman宛てに送られてきた何通かの中傷文書を含めたリンクを、支援者の一人から教えて貰いました。これらの手紙は非常に鬱陶しいものです。このような手紙は時々削除したりしますが、若しかしたらそれらを公開することで、私たちの非支援者の固定観念がどう云うものかを人々に知ってもらうことが出来るかもしれません。彼らの独り言には、何も言う必要はありません。

それらの手紙を、新しいウィンドウで見ることができます。私の母国の人たちが如何に危険な国粋主義に染まりつつあるのかが、これで判ります。留意して頂きたいのは、私のウェブサイトの「letters」と云う頁で判って頂けるように、これは全てのアメリカ人の考えを代弁するものでは無いと云うことです。繰り返しますが、これらの手紙は極めて悩ましく且つ不穏当な内容で読み辛いものであります。

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