(文化の扉)はじめての小林秀雄 難解でも心に根づく文体
(朝日新聞デジタル2013年10月28日05時00分)

  小林秀雄没後30年の今年、彼の文章が初めてセンター試験に出題され、話題になった。「難解」との枕詞(まくらことば)がついてまわる文章なのに、ハマる人は後を絶たない。なぜなのか。

 小林秀雄は「近代批評の神様」と呼ばれ、文学を皮切りに音楽、絵画、骨董(こっとう)など幅広い分野に足跡を残した。一方、その文章は作家の丸谷才一から「飛躍が多く、語の指し示す概念は曖昧(あいまい)で、論理の進行はしばしば乱れがち/入試問題の出典となるには最も不適当」とまで書かれたことがある。

 センター試験に採用されたのは、刀の「鐔(つば)」についての随想。「鐔の面白さは、鐔という生地の顔が化粧し始め、やがて、見事に生地を生かして見せるごく僅(わず)かの期間にある。その間の経過は、いかにも自然だが、化粧から鐔へ行く道はない」といった言い回しが受験生を惑わせたのか、今年の国語は過去最低点を記録した。

 小林本人が書いた逸話がある。娘から「何だかちっともわからない」と国語の試験問題を見せられ、「こんな悪文、わかりませんとこたえておけばいい」と言い放ったところ、「でも、これお父さんの本からとったんだって」。

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 「小林の論法には五つの特徴がある」と話すのは、小林にくわしい国学院大の高橋昌一郎教授(論理学・哲学)だ。いわく「逆説/二分法/飛躍/反権威主義」、そして独特の「楽観主義」。これらが交ざれば、難解な文章になるのもやむなしか。

 でも、高橋教授は「自分の感動をいかに伝えるか、読者の胸を打つにはどうすればいいかを考え抜いた結果の文体」とみて、親しみを込めて「酔っ払いのおじさん」に例える。確かに酔っ払いの話は飛躍や二分法に妙な楽観主義が交ざって、人を高揚させるものだ。

 高橋教授は米国留学時代、論理や数式だらけの授業と格闘するなか、寝る前には小林全集をひもといた。「論理でわりきれないもの、美への感動や人への愛を考えるとき、小林の言葉が響いてくる。批評というより、独自の哲学を持った人生経験の豊かなおじさんが体験を伝えてくれる。そんな酔っ払いと何度も飲みたいかどうかが、好悪の分かれ目になる」