南方遊撃隊司令部をもう少し詳しく調べてみた

しかし、細部に触れている資料はあまりなかったが

その中で、1つ気になることを発見した





大叔父の歩兵60連隊の連隊長について

配属の時の連隊長は、松村弘大佐(昭和18年3月1日~)

この松村大佐がインパール作戦間の指揮官である

次に北部 邦雄大佐(昭和19年11月27日~終戦)

※きたべと読むのか、ほくぶと読むのかさえ分からない

終戦後には鈴田正忠大佐となっている

Wikipediaでは、北部大佐が終戦までの最終連隊長となっているが

他の資料によると鈴田大佐が最後に出てくる

鈴田大佐は戦後処理の連隊長であろうか?

終戦後に連隊長に任命されることなんてあるのだろうか?

戦史叢書で後で調べてみよう。。。





大叔父の軍歴表ほか一緒に綴られていた軍歴資料の発行者は

・軍歴表…鈴田大佐

日付は読み取りづらいが21年5月かと思われる
終戦後に作成されたと考える


・死亡者調書…北部大佐

作成日は死亡から1年経過している





この北部大佐の前職が、光機関の軍事部長であることに気付く

戦乱で人員不足と言っても、特務機関の軍事部長が

普通の歩兵の連隊長に就くことに、なぜか不自然さを覚えた




続く…




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