冨澤先生はずっと私の相手をして下さった

途中で受付の方のお心遣いでお茶までいただいた

時折、大叔父の補足説明を付け加えながら

きっと私は半泣きのまま必死の形相だっただろう

冨澤先生もビルマの状況や藤原機関の話を熱く語られた





中野校友会発行の「中野学校」と言う本に付いていた

卒業者名簿には、大叔父の名前はなかった

しかし、「不明」と言う文字が散見され

その不明の意味は、生死・行方が不明なのか

中野学校生は終始、偽名を使用していたため

氏名が不明なのか分からない

藤原機関には、大叔父はいなかったが

その後に拡大する光機関などには

中野学校出身者の下士官や

中野学校出身以外の一般の下士官、軍属も含まれる

冨澤先生は、下士官のことについては

あまりご存じない様子であった





気がつけば、会場には安全保障フォーラムの参加者が

大勢入っておられた

参加者の皆さんの中で、若い(?)女性の私は異質であった

しかも1番前の席で、冨澤先生を独占し熱く語り合っている

その様子に誰しもが遠慮をし

冨澤先生に声を掛けられない状況にあった

冨澤先生にご挨拶をしたい方々が一列に並んで

遠巻きに私達を見守っておられた

中には96才の旧軍の方も待っておられた





開演時間が迫っており私はハラハラした

冨澤先生は周りを見渡され

96才のおじいさんを見つけて

「○○さんがおられるが、あの方はビルマじゃないんだよね」

と言われた(確かガダルカナルだったように思う)





冨澤先生は、大叔父は特務機関にいた可能性が高いと思う

と言われて「それでは、中野学校の関係者に

聞いてみましょう」と言って下さった

藤原機関に最初からおられた中野学校卒業者で

中野学校の残務処理をされた方のご子息がおられるそうで

その方に聞いて下さると約束していただくことが出来た

なんと心強いことか!ありがたく感謝してもしきれない




続く…




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