○○大学の職員であるA氏が

岩畔機関→光機関にいた事実

これは、個人的な伝手でA氏が特務機関に行ったのか

それとも○○大学からの派遣が、たまたまA氏だったのか

まだ分からない





それと、私がずっと疑問に思っているのは

大叔父が在学中の昭和14年、15年にかけて

市ヶ谷や中野に行っていた件である

市ヶ谷や中野は、昔は観光地だったのか?

昔の国鉄は、中野に行くためには

市ヶ谷を通らなければいけなかったのか?

中野には、まだ姉婿は引っ越ししておらず

親族はいなかったのに

市ヶ谷や中野に何の用事があったのか?





しかも、遺品の切符から断片的に判断すると

夏休みや冬休みを利用して

東京に1ヶ月ほど滞在している

わざわざ東京で、今で言うバイトや出稼ぎとは考えられない

バイトをしてお金が欲しかったのであれば

大阪など近くに都会はある

滞在間の費用も、1ヶ月ともなればバカに出来ない

1ヶ月も観光で豪遊していたとは思えないのである





大学側から他大学などへの勉学のための派遣・交流

もしくは東京の大学の教授に

夏季・冬期講習を受けるなど

お聞きになったことはございませんか?

と大学側に聞いてみた




続く…




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