※ここで、1つ訂正のお知らせがあります

「早稲田大学」の先生が書かれた特務機関についての書籍

と今まで書いてきましたが、「一橋大学」の間違いでした

なんで早稲田だと思い込んだんだろう

大変失礼しましたm(_ _)m





この一橋大学の先生の本には

A氏の件の他にも、岩畔機関→光機関の

詳しい内容が書かれている






昭和17年7月(1942年)

岩畔機関では、北部大佐(当時は中佐)を

ラングーンに派遣し、ビルマ支部を結成

昭和18年3月に、岩畔氏は南方軍軍政監部へと

異動し、山本敏大佐が機関長となり

それと同時に光機関と名称変更した

それまで岩畔機関では、組織上層部に民間人の代議士

などが入っていたが、光機関ではそれらの民間人を

外し、軍人中心の機関運営へと移る





その後、磯田機関長の時代になり、光機関の本部は

バンコク(タイ国)からラングーン(ビルマ)に移る





昭和19年前半の光機関の組織図では

本部の下には、6つの支部があり

バンコク支部、イポー支部、ペナン支部

シンガポール支部、サイゴン支部、ビルマ支部

そして、そのビルマ支部長は、北部大佐であった





北部大佐のビルマ支部の中には、他の支部にない

分派機関の南機関・西機関

遊撃隊、出張所などがあった

ビルマ支部の出張所には、メイミョウ、ミートキーナ

ホマリン、カレワ、アキャブ

ビルマ各地に置かれた出張所には

光機関員が複数配置され、インド国民軍と日本軍との調整、

工作員訓練、周辺の前線部隊や遊撃隊などとの

連絡などの仕事を行っていたと書かれている





続く…




※ブログランキングに参加してみました
大勢の方に読んでいただくことで、情報をいただけるよう
ご協力をお願いしますm(_ _)m
ポチッとな☆↓↓

人気ブログランキングへ