神居家と石原莞爾氏との接点は気になるものの

その検証には、時間を要す

ひとまず、それは後回しにして

その他の遺品を見てみよう





次は、大叔父に関する遺品である

大叔父は、昭和16年の大学4回生の7月に

○○大学を中途退学している

その後、昭和18年の初等に東京・中野に引越し

そして同年4月に徴兵された

大学を中退して、中野に行くまでは

伯父の話によると、神戸の帽子屋さんに勤めていたらしい

それ以外に、詳しいことは分からなかった





今回の遺品から、中退後~出兵までの就職先が

判明したのである





「神戸の帽子屋さん」の給料袋が見つかったのだ

就職先は『大阪羅沙製帽組合』

次いで、東京の就職先での

大叔父の名刺が発見された

就職先は『旭機械工業』







4f333cb9.jpg








どちらも以前にもらった遺品の手紙に使用されていた

社用便箋の会社だと分かった

会社名の入った便箋であったため

そこが就職先だったのかな?とは思っていたが

これで決定的となった


関連過去記事はこちら↓↓
「ミャンマーに思いを寄せて 620」
http://blog.livedoor.jp/aya_sann/archives/1901103.html



「大阪羅沙製帽組合」、「旭機械工業」とは

どんな会社なのだろう?

大叔父は、そこでどんな仕事をしていたのか?



続く…



※ブログランキングに参加してみました
大勢の方に読んでいただくことで、情報をいただけるよう
ご協力をお願いしますm(_ _)m
ポチッとな☆↓↓


人気ブログランキングへ