伯父は神戸の帽子屋さんと言っていたが

大阪の製帽組合だった

大阪の組合の支店が神戸にあり

勤務地が神戸だったのか?

はたまた、系列の販売店が神戸にあったのか?





遺品の中にあった給料袋は1枚だけであった

昭和17年の11月の分

時期的には、大学を中退して、東京に行くまでの間であり

今まで調べてきたことと符合する



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給料袋をよく見ると、通勤手当も合わせてだが

85円75銭ももらっている

内訳:俸給75円、手当10円、交通費5円ほか

この額は少し多いように感じた

○○大学は、卒業ではなく

4回生の途中の昭和16年7月に中退したのである

大卒とみなされた待遇だろうか?

製帽ってことは、帽子を作っていた会社よね

もし工場ラインの工員であれば

大学で学んだことは、全く関係なく

1年ちょっと帽子を作っただけで一人前になるとも思えない

当時のお金を現在の価値に簡単に換算すると

1円=1万円(少し多いですかね、7千円くらいでしょうか?)

それにしても、やっぱり多い気がします

そこで、組合の経営に関わる管理職待遇だろうと判断した



続く…



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