先の給料袋は昭和17年11月の物

原因は分からないが

その2ヶ月後くらいに、

大叔父は大阪羅沙製帽組合を辞めて

東京に向かう





東京に行ったはいいが、下宿先が見つからないと

大叔父から曾祖父&祖父宛の手紙に書かれている

大学時代の下宿先であった京都・伏見の姉婿宅が

ちょうど東京・中野に引越ししていたので

そこに居候することになったようである

中野から大森の旭機械工業に通勤していたと思われる





出てきた遺品の名刺には

特に肩書きは書かれていない


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平社員なのだろうか

ただ、現場の工員ならば名刺は作らないと思うので

営業や事務方など、経営陣の側にいた可能性が大である




大学を中退して、神戸か大阪の帽子屋さんに就職し

1年半ほどで辞めて、東京へ

就職先はあったが、下宿先が見つからない

その上、食料の配給も受けられない

なんで下調整もせず、そんなに急いで東京に来たのか?

関西の田舎と食料事情が違うことは

中野に移り住んだ姉は分かっているはず

大叔父が来ることを事前に知っていれば

下宿先の手配などもしてくれても良さそうなものなのに



続く…



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