大叔父が、まだ大学生であった昭和14・15年に

大叔父は、夏休みや冬休みを利用して

東京に来て、1ヶ月ほど滞在していたことが

遺品から分かっている

しかも、「市ヶ谷~中野」間の切符までも残っている

まだ、中野に姉婿宅は引越ししておらず

親戚も東京にはいない

姉は、祖父の兄弟であり、山形の出身

姉婿においては、岡山県の出身である

大叔父は、何の用事で東京に来ていたのか?





今までの経緯と、当時の大叔父を取り巻く状況から

私の勝手な想像では

大叔父は、軍隊に入る前から

すでに中野学校と何らかの関係があったのではないか?

と思っている





映画の「陸軍中野学校」では

訓練として、一般社会に溶け込んで

特務活動を行っているシーンがある

ついつい、それと大叔父を重ねてしまった

そうすると、これらの就職先で

特務活動をしていたのではないかと考えた

特に神戸は、大きな港町であり

様々な諜報活動には打ってつけの場所である





仮にも万が一、勝手な想像が当たっていたとしても

大叔父の素性をご存知であった方は

会社の中でも、上層部のごく僅かな人であったろう

今、これらの会社を調べても「はい、軍部に協力して、神居さんの特務活動を支援してました」

などと証拠が出てくるはずもないし

会社の上層部だった方は、もうご健在ではないだろうから

証言を得ることも難しい

しかも、現在はもう無い会社のようである



続く…



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