兵籍簿では、大叔父は第121兵站病院の

岐阜班と呼ばれる感染重症病棟で

マラリア兼アメーバ赤痢により最後を迎えたとされている





日本赤十字にあるかもしれない

その感染重症病棟の記録

その記録は、病院毎には整理されておらず

病棟ごとバラバラであった

そしてを探すことは困難だと思われた

病棟の分だけでも探すのは大変なのに

心の中で、病院全体の記録を見てみたいと思っていても

それを口にするのはわがまま以外の何物でもなかった

病棟の分だけでもいい、どうか出てきてほしい。。。





日本赤十字の担当者からのお返事が来て

第121兵站病院の感染重症病棟の記録が見つかった

大叔父の名前は無いとのことだったが

実は感染重症病棟の分だけではなく

病院全体の記録が見つかったと言うのだ!!

ウソーーー!!マジで???うわぁ~





本来は病棟ごとの記録であるはずが

実はインパール作戦が始まってから

終戦までの間は月報が作成されておらず

その間の分は、終戦後に「第121兵站病院の総まとめ」として

記録が残されていることが分かった

私が望んだ通りの形となって記録が現れたのだ

偶然だけどこんなことってあるんだね

私は何度も「ありがとうございます、ありがとうございます」と

電話口で担当者にお礼を述べたのだった




続く…




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