ミャンマーに思いを寄せて

亡き母の思いを果たすべく、ビルマで戦死した大叔父の足取りをたどる私の奮闘記録☆

2010年11月

ミャンマーに思いを寄せて 43

早速、グーグルマップで見て見ると


現地は、大きな市場があり、駅、役所、学校、ホテルまである
当時の建物はあるのかないのか、分からないが、大きな病院もあった


サイト情報で、進んでいくと
特に観光地でもなんでもない所だったが
少数の日本人旅行者の過去の写真がたくさんアップされていた


広場のような所に大きなアーケードの市場
近代的ではないが、なんとなく懐かしいような
アジアの雰囲気を色濃くかもし出していた
私の想像していた、ひなびた山岳地とは違い、活気溢れる街だった


線路は当時の物と思われる古いものが、現在も使われている


写真で一番印象的だったのは
人々の行き交う姿、カメラに笑顔を向ける可愛い子供達
当時も、そんなミャンマー人がたくさんいたのだろうなぁ


最近の技術は大したものだなぁ
今、この地に、私が立っているような、錯覚を起こす


ほんとうに、私もいつか、この街に行けるのだろうか。。。


ただ、それらの写真は、全て、暴動前の日付だった
暴動後の記事は、2年余り経った今も、1つもなかった


暴動後のミャンマーはどうなっているのだろう


そして、新たに、選挙の影響や、少数民族の抵抗組織との武力衝突
親日的とは言え、まだまだ、安全とは言えない


外務省の渡航危険情報でも「全土・十分注意して下さい」の文句は
今もなお継続でされており、変更はない(10.11.29現在)


早く以前のような安定した国に戻ってほしいと、心底願い
そして、ミャンマーに行ける日を夢見るのでした



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 42

大叔父の最後の地である、旧ビルマの明妙(メイミョウ)と言う場所
現ミャンマーでは、ピンウーリンと言う地名らしい


ミャンマー北部のマンダレーの東70kmあたりの山岳地に位置し
日本で言うならば、軽井沢のような避暑地


そこに、旧日本軍のビルマ総司令部があった


当時のメイミョウには、軍の高官の官舎などがあり
日本料亭や、芸者さんなどもたくさんおられた
にぎやかな花街だったそうです


その中の陸軍病院も、きちんとした大きな病院で
よくイメージする、バナナの葉っぱで屋根を作ったような
臨時の野戦病院のようなものではなかったようだ


そんな立派な病院で、大叔父は最後の時を過ごしたのだ


今も跡地には、陸軍病院の慰霊碑があるそうです


お友達から、グーグルマップでミャンマーが見れると
情報をもらい、早速、見て見た



続く…



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ミャンマーに思いを寄せて 41

やっとやっと、遺族と認められ、遺族会への登録が出来た!!


ここまで、たどり着くのには、かなりかかった
苦労とまでは言えないけど、小さな情報を元に、人から人の繋がりで
よくもまあ、ここまで来たわよねと、少し自身を誇らしげに思う


そこで、実際、どんな活動をなさっているのか、何が出来るのか
私のミャンマー行きの夢は叶うのか、そんなことは分からなかったが
とりあえず、遺族会に登録出来たことがとても嬉しく、一安心した


ただ、まだまだ遺族会への登録が出来ただけの状態、ほんの序の口
これからのミャンマーへの道のりが明るいとは決して言えない
頑張らなくては!!


実際には、まだその下の組織の各地域の遺族会に登録されるそうで
住まいの地域の会長さんに連絡しておきますと締めくくられた


住まいの地域の遺族会まである…全く知らなかった
そんなに大きな組織なのかしら?

 
まあ、確かに、先の大戦の遺族と大まかに言えば
ほぼ全国民が関係者と言えるだろう



お礼を述べて、電話を切り
とりあえず、住まいの地域の会長さんからの連絡を待つことにした



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 40

早速、教えていただいた住まいの都道府県の遺族会に電話してみた


女性の方が出られて、とても怪訝な感じの対応だった
どうも、地元の役所の時のように、今時、新規で若い女性からの
問い合わせを不審に思っているようだった


「日本遺族会からのご紹介で」と付け加えると、とたんに対応が変わった


大叔父自体は私の今の住まいの出身ではなく、私も本籍地はここではない
転勤族で、一時ここに住んでいるだけ
その上、かなりの遠縁だが、入会希望の旨を伝えると


「…あー、お若い方ですよね…少々お待ち下さい」と上司の方に相談なさった
上司の方の「いいよ」と大きな声が電話越しに聞こえた


やったー!!初めて、遺族として扱われ、遺族会の登録も了承いただけた



続く…

ミャンマーに思いを寄せて 39

日本遺族会の対応は、予想通り
やはり、厚生労働省直轄、お役所ばりに、厳しかった


しかし、あまりにも粘って食い下がる私に
傘下の組織として、各都道府県にも遺族会があり
そちらは、もう少し柔軟に対応出来るかもしれないと教えて下さった


住まいの都道府県の遺族会を紹介してもらい、電話を切った


各都道府県に遺族会…これもまた
あって当たり前と言えば当たり前なのに、全く考えていなかった


しかし、戦後65年以上も経っているのに、今更ながら
遺族会が全国の都道府県に存在しているのに驚いた


大叔父の件で活動し、戦争は他人事ではなく身近なことと分かっていたのに
戦争自体を知らずに育った私の中では
なんだか、大昔のことのように思っていたのかもしれない


考えてみれば、遺族と言うのは、遠縁を含めれば、末代まで続くのだ
平和な時代が続き、皆が戦争を忘れない限り
この遺族会と言うものは、永遠なのかなと、ふと思った


先人のおかげで、今、こうして平和な時代に生きている私達
もし、どこかの遺族会に参加させていただけたなら
単に登録だけでなく、次の世代にも引き継げるように
何かしら微力ながらも貢献しなくちゃと思うのでした


早速、ご紹介いただいた、住まいの都道府県の遺族会に電話した



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 38

依然、全ビルマ会の詳細は分からず途方に暮れていた私に
主人の友達から、日本遺族会と言うのがあると教えてもらった


そっか、ミャンマーにばかりこだわっていたけど、もっと大きな組織として
遺族会と言うのがあっても不思議ではない
そんなことにも気づかないなんて。。。


早速、日本遺族会について調べてみた


どうも、厚生労働省直轄の民間団体のようだった


HPでは、各国の慰霊友好親善事業と称して
各国を慰霊追悼で訪問する参加者を募集していた


もちろん、ミャンマーもあった


しかし、私には参加資格がなかった


そこの遺族と言うのは、夫婦または子供が条件だった


未婚の大叔父、母でさえ、姪っ子、私に至っては、姪っ子の子
遺族と言うには、遠すぎた


それでも、諦めきれなくて、日本遺族会にダメ元で問い合わせをした


国からの補助はいらないので、なんとか自費で、同行させていただけないかと
食い下がってみた


返答は、当たり前のように、NOだった


同行どころか、会員登録さえも資格がないとのことで、断られた



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 37

ミャンマー大使館の元職員の方から
まず得た情報は、『旅行会社』について


日本の旅行会社では1社のみ、ミャンマーを得意とする所がある
 
東京に本社のある、○○トラベルと言い、アジアを中心とした旅行会社
国の重鎮や、他の大手ツアー会社も、全て元は、この会社を通している
個人旅行として行くのであれば、ここを通せば安全だと思うとのこと


そうだ、私は、旅行会社さえ、どこが良いのか分からなかった


ミャンマーのツアーを企画している旅行会社は、何社かあったが
そのほとんどが、聞いた事もないような、小さな旅行会社


おまけに、私が目指しているメイミョウと言う所は、首都ネピドーもしくは
旧・首都のラングーンなどからは、かなり離れた北部の山間地
避暑地だとは言うが、暴動後に訪れた日本人観光客は、ほぼいないようで
とても不安があった


きちんとした安心の出来る旅行会社を知ったことは、とても貴重な情報だ


ミャンマーのメイミョウに行きたいと言うと
ちょうど、先日、同じく慰霊を目的とした日本人を、メイミョウに案内したのだと言う


その方は、食糧事務所のお偉いさんで、国賓級の扱いで待遇したのだそうだ
私とは、全く格が違うが、参考までにと、お名前を教えて下さった


とても親切な方で、旅行会社の詳しい連絡先を後で知らせますと
主人と電話番号の交換をして下さった


最後に付け加えて 、大使館の職員さんと一言で言っても
こう言った類の話は、苦手な人も多いらしく
たぶん前向きな対応は得られないだろう
私の時だったら、快く協力したのに残念ですと
申し訳なさそうに、おっしゃったそうだ


そして、後日、ほんとうに、連絡を下さった


今後も、相談に乗って下さるそうで、ほんとうに、感謝の気持ちでいっぱいになった



ただ…個人旅行として行くのは、最後の究極の手段だと考えている


出来れば、国を挙げての慰霊巡礼の訪問団の一員として、安全に行きたい
僧侶なども同行し、きちんとした慰霊祭に参加したいと言う思いがある


しかし、今後も何かと、お力添えをお願いするかも知れない
ワラをも掴む思いで、細い細いご縁をたどって巡り会った方々


そして、この方との出会いにも感謝しよう



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 36

ミャンマー・ミャンマーと騒いでいる中


たまたま主人が、趣味がパプアニューギニアのペリリュー島の
遺骨収集だと言う人に出会った


そう言う趣向の方もいらっしゃるのだと、正直、驚いたが
全く知らないその方と、偶然出会い、そんな話になったのにも驚く


ペリリュー島と言えば、地下陣地を使用した戦法の
テストケースとして有名で、戦争末期の激戦地


後に、ここでの地下陣地の戦法を活かし
長期戦に持ち込んだのは、激戦で有名な硫黄島


実は、家内が、こんな理由でミャンマーに行きたいのですが…と話た所
気軽に「では、ミャンマーの日本大使館で働いていた方を紹介しましょう」
と言って下さった


大使館の職員、、、私には、全く縁のない、雲の上のような人だ
でも日本のミャンマー大使館に、出向くということも検討していたので
反対にそう言う手もあったのか!!と目からウロコ状態だった


その方は、防衛省の方で、いわゆる駐在武官さんだった方
普通だったら、主婦の私が、そんな方とお知り合いになることはないだろう
ほんとうに、ありがたい偶然だ


ミャンマーの情勢に詳しいだろうし、様々な情報を得ることが出来るだろう
とても、心強い味方と出会ったような気がした


早速、主人に、その方とコンタクトを取ってもらい
私は、直接お会いすることは出来なかったが、主人だけお会いすることになった



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 35

そのフリーのアナウンサーの方から
数日後に、お返事が来た


丁寧な文面から、お人柄が忍ばれる


全ビルマ会の方を、お一人だけご存じだそうで
その方にお手紙を出して下さるとのこと


少し時間がかかるかもしれないが、出来る限りの協力の約束と
確実にお返事をすると言って下さった


突然メッセージをした、見ず知らずの私のために
なんと、ありがたいことか、ほんとうにほんとうに感謝です


まだ、お返事はありませんが、きっと何らかのお返事が来るのではと
信じて気長に待ってみた 


人生、どこでどんな方に出会い
どんな運命が待っているのか分からない
なんとも、不思議なご縁を感じている今日この頃


様々な方向から、ミャンマー行きが現実になるかもと
希望の光が見えるような気がした



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 34

依然として、全ビルマ会の行方は知ることが出来なかった


全ビルマ会をネットで調べる内に、何度と出てくる人がいた


ビルマでのご自身の体験を、講演会で語り継いでいる方
そして、それをサポートなさっている方


たまたま、その風景を、ご本人がブログにアップされているのを見つけた


某テレビ局で放送されていた特集


フリーのアナウンサーであるその方は
様々な国の慰霊巡拝に同行され、遺骨発掘なども盛んに行っておられて
Wikipediaにも載っておられる有名な方のようだった


失礼を承知で、勇気を持って、その方にメッセージしてみた


簡単に大叔父の件を説明し、全ビルマ会と連絡を取りたいため
全ビルマ会の方を御紹介いただけないかと言う内容


数回の簡単なメッセージで、私の気持ちは伝わったのか。。。


元々、このミャンマーの記事は、仲間内にしか公表しておらず
それを全部読んでいただけたら、伝わるのかもしれないが、、、
どうしたものかと考えていた
(以後、その方にも、読んでいただけるように、ここで一般公開するに至る)


突然のメッセージをどう受け止められたのだろう。。。



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 33

父はそんな暮らしの中、友達から母を紹介してもらったそうだ


貧乏で、家族の面倒を見ている父と、お寺の娘とは
不釣り合いで、大反対されると思ったようだが
そんな父を母方の祖父は大層気に入り
家族共々、とても大切にしてもらったらしい


母の兄弟は、全て、地元の古い家柄などの由緒正しい所に嫁いだが
唯一、末っ子の母だけが、貧乏な父に嫁いだ 


母方の祖父母は、そんな生活に、おしみなく援助してくれた


給料日前になり食べ物に困ると、母は私を連れて
電車とバスを乗り継ぎお寺に行く


優しい祖母が、いつも持ちきれないほどの食料と
私の大好きなお菓子を山のように持たせてくれた


祖父の姉(母の叔母)も、お寺に同居していて
その叔母も、末っ子の母を1番大切に思っていたらしく
私もとても可愛がってもらった


帰る私達の後ろをそっと追いかけてきて、誰にも言わなくていいよと
毎回、幼い私に、小さく小さく折った1万円札を握らせてくれた


分けも分からず、後で母に渡す私
母は、どんなに助かったことだろう、何度、母の涙を見たことか…


父は、そんな母方の祖父母を今でも尊敬している
感謝しても、しきれないほどだと言う


幼かった私は、両親の苦労は全く知らない


当時は豊かでなかったかもしれないが
私は、愛情いっぱいに育ててもらった


そんな父にミャンマー行きのことを話すと、とても賛成してくれた


そして、お寺に行くたびに、それとなく話題を昔話に変え
伯父から、些細な情報を聞き出すのに、一役かってくれた


父のささやかな、祖父への恩返しなのかもしれない



お父さん、ありがとう



…続く


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ミャンマーに思いを寄せて 32

この記事を書くにあたり、私の家族についても触れておこう



父もある意味、戦争による苦労人だと言える


父方の祖父は、軍人、祖母は当時の女学校出で、お嬢さんだったかも


早くに満州に渡り、祖父は軍人である傍ら、憲兵隊員として
満州油脂の社員と化し、色々と工作に関わっていたようだ


満州では、お手伝いさんを抱えるほどの暮らしをし
祖母が出産の折りには、本国への特別の船で、帰国したと
父は、今でもその当時の生活を懐かしそうに、酔っては語る


数年前、11年間も住んでいた満州・大連(現:中国)を訪れた父
まだ当時住んでいた家がそのままあり、中国人が暮らしていたそうです


満州からの引き上げは、両親とはぐれた時期もあり
命からがら、終戦から3年経った頃だったと言う


祖父は、戦犯で軍法会議にかけられることを恐れ逃げる日々だったとか…
いつも、父が家に帰ると両親は逃げた後で、見つけるまでの間は
兄弟を連れて、路頭を迷う日が続いたのだと


祖父は終戦の時は、お金をたくさん持っていたようで
落ち着いてから、2階建ての大きな家を構えた
これで、やっと安泰の生活が出来ると思っていた矢先
その家は、まるごと、だまし取られてしまった
今現在、その家は父の郷里に残っていて、知らない人が住んでいる


軍人だった祖父・お嬢さん育ちの祖母
どちらも生活能力がなく、選挙に出てみたり、飲食店を始めたりしたが
全て失敗し、一家は、いつも貧乏だったそうです


父が、会社に入り月給取りになってからは
祖父母や兄弟を同居させるため、独身ながら家を建て
兄弟を学校に通わせ、父が育てたようなものだった


若くして、独身で大黒柱であった父、もちろん苦しい暮らしだったことでしょう


祖父母は、戦前戦中の豊かな暮らしが忘れられなかったのでしょうか
年老いて、痴呆が出た時には、父のなけなしの預金を持ち出し
寄付をしたり、大盤振る舞いをして、喜んでくれたと嬉しそうにしていたとか…


祖母も祖母で、死ぬ間際に、メロンが食べたいと言い残したと
今は笑い話として語る父


当時の父には、買ってあげたくても、季節外れのメロンは買えなかった
今でも、メロンの季節が来ると、祖母のお位牌に1番にメロンを供える



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 31

経団連のお偉方から
この話を、仲介している人物を明かすことは出来ないか?
と言われた


実は、その仲介者は、ネット友達だった
言って良いものか、どうか迷ったが。。。
 

「ネット友達」と言うと、経団連の方は、含み笑いをして


じゃあ、是非、行きたいから、仕事内容・日程等、細部を教えてくれと言え
と言われた。。。なんで?


その方は、それは、私を誘き出すための架空の話だと結論を出した


すごく驚いたと同時に、大きな衝撃に、言葉を失う私


確かに、架空の話だと仮定すれば、全てのつじつまが合う
あれこれ、考えていたが、まさかそんなこととは思いもしなかった


馴染みのあるお友達と言う安心感も伴い
ミャンマーに行きたい一心で、盲目になっていたのだ
なんと愚かなことか。。。


私をどうのこうのと言うのでないにしても
悪いように考えれば、旅券番号などの個人情報や
最悪には、旅費なども渡っていたかも知れない


私は、浅はかだったと、とても落ち込んだ


そして、もし、ほんとうの話しだとしても
人を欺き、身分を隠して紛れ込むようなことをして
ミャンマーに行ったとして、大叔父は喜ばなかったはずだ


それを見抜いて下さった、経団連の方には
感謝の気持ちでいっぱいだった 


もう少し、慎重に、ことを進めなくては、、、
今回の件の反省を活かして、今後も、確実に安全な路線で
少しずつ、着実にすすめたいと思います



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 30

経団連のお偉方が、「それは、最近、問題になっていることかも。。。」と
言ったきり、口をつぐんだ件で
私の頭の中は、おかしな想像ばかりが膨らんだ


私のような一般人には、言えない極秘事項かな?と思いつつも
どうしても、気になったので、後日、再確認してみた


そして、私が危惧している、大国とあの国の案件をぶつけてみた


すると、国連がこういうことを、表であろうが裏であろうが
デリケートな状態のミャンマーに対して、するとは思えないと
外務省に相談することを勧められた


外務省。。。どんどん話が大きくなってくる
やっぱり、かなりマズイ話なのかもしれない


そして、日本が何故、国連の指示で買い付けに行くのか?
しかも、仲介者の地位にもよるのかもしれないが
一般人をワーカーとして、簡単に連れて行くことが可能だと思うか?


懸念していたことをズバリと聞かれたが
私には、回答出来るだけの材料がなかった



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 29

お米の買い付けと言うことに対し、何が問題があるのか
必死に考えながら、私なりに、仮説を立ててみた
 

ミャンマーが、お米を売って、外貨を稼ぐ
それは普通のことで、国連だの、日本人だのが関わらなくても良い


もし、「国連」と言うのが、ウソだった場合は、どうか?


近隣諸国との結びつきで、お米を必要としている国はどこか?
私の、脳裏に、かの悪名高い独裁政権の国の名前が浮かんだ


仮に、その国が関係していた場合、お米は、どう関わるのか?


ミャンマーから、お米をその国に輸出して、見返りは何か?
…あそこなら…麻薬くらいしかないだろう、嫌な予感がした


ミャンマーから、直接、船であの国に輸出すれば、バレバレなので
ここで、あの大国を出してみる
一度、その大国に輸出し、隠密裏にあの国へ流す


そのためには、その大国もしくは、あの国の手先の
人道支援を建前にしている日本のNPOを隠れ蓑(みの)に使えば
大国も直接、手を汚さなくて良い


大国が関わってるとすれば、専用機の用意なども、可能だ


その他の国は、どうか?パ○スタンか…???


いや、でも、普通に考えれば、大国とあの国と言うのが自然だろう
大国とあの国の結びつきを考えれば、当然の流れだ


考えれば、考えるほど、おかしな方向になって行く
私が、悪いように考えすぎなのか…???
 

下手なことに関わった場合、取り返しの付かないことになるかもしれない
この話には、安易に乗らない方が良いかもしれないと思い始めた



…続く


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ミャンマーに思いを寄せて 28

国連のお仕事と言うことで、ミャンマー行きへの誘いを受けて
その上、専用機で行けて、とても安全だと大喜びをしていた私


経団連のお偉方に、浮き足立って話していた時
怖い顔をして、「待て」と制止された


「それは、今、問題になっていることかも…」とポツリと言った
それきり、詳しく話そうとしない


何か、特別な問題が、あるのかも。。。
その時の、怖い顔が、ただ事でないような胸騒ぎがして
少し、調べた方が良いかも知れないと、心の中で思った


まず、状況として、国連は、経済制裁をしている
それは、表向きの顔で、裏では、人道的支援と称して
救済措置で、お米の買い付けをしているのか?
どこをどう調べても、そのようなことは出て来なかった


買い付けた、お米は、どこへ流れるのか?
確かに、近年、経済制裁と、サイクロンの被害もあり
苦しい国内事情だろうと言うことは、私にも容易に想像が付く


ただ、それを国連が、日本人に依頼して
専用機を飛ばしてまでするのだろうか?
何のために日本人なのか?

その人の請け負いは、政府機関としてなのか、NPOなのか
ハッキリとは知らなかった


そのような、大仕事に、作業員に扮して、私が紛れることは可能なのか?
もし私の立場がバレたら、どうなるのか?


頭の中で、必死に考えてみた



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 27

お礼を兼ねて、全ビルマ会の問い合わせで、靖国神社に電話した
 

前回担当して下さった方に、先日のお礼を述べてから
「全ビルマ会に連絡を取りたいのですが、ご連絡先を教えていただけませんか?」


快く調べて下さった、しかし返って来た言葉は…
「最近の参拝がなく、連絡先が分かりません」とのこと


毎年11/3に集まりがあると聞いたと伝えると
その日付の近辺の記録を探して下さったが
最後の団体としての参拝は、昨年のお正月で終わっているとのこと


そして、神社の参拝記録の保存期間は1年なので
連絡先等の詳細は、もう分からないですと、申し訳なさそうにおっしゃった


やはり、恐れていた事態になっていた
全ビルマ会は、高齢化し、活動を停止していた


落胆しながら、電話を切ろうとした時
ふと、私の頭の中を他のことがよぎった


靖国神社の資料館に、大叔父の写真は祀ってあるのか?
そのことも調べてもらうように、頼んでみた


未だ見たことのない、大叔父の顔。。。
たぶん祖父に似ているのだろうが、見て見たい
靖国神社の大叔父に会ってみたい、と突然思いついた


だが、遺族(祖父)から写真は送られておらず
靖国神社に、大叔父の写真は無かった


お礼を述べて、電話を切った


早く、全ビルマ会の手がかりを掴まねば…
大きな団体として、ミャンマーに慰霊巡拝に行っていなくとも
少数で活動しているかもしれない


当時の現地の様子などのお話も、直接伺ってみたい
もしかしたら、大叔父の知り合いもいらっしゃるかもしれない


取りあえず、11/3は、靖国神社で、1日、張り込んでみようと考えた 



そして、また私は、全ビルマ会を求めて、ひたすら探し続けた


続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 26

全ビルマ会の詳細は、依然として掴めなかった
 

どんな団体で、どんな活動で、参加対象は私も含んで下さるのか。。。
何1つ分からなかったが、厚生労働省の巡礼の対象資格がない私にとって
全ビルマ会に託す他なく、探すしかなかった


そんな折り、とある個人の方のブログで
毎年11/3に、靖国神社で全ビルマ会の集まりがあると知る


直接、団体の方にお会いできるチャンスだ、私は、心臓の高鳴りを感じた


その後、靖国神社のHPを見ていると
協力団体一覧の中に、「全ビルマ会」が並んでいるのを見つけた


そうか、靖国神社と全ビルマ会が繋がっていても、おかしくはない
何故、そんなことに気づかなかったのだろう。。。


先日の大叔父の詳細のお礼を兼ねて、早速、靖国神社に電話してみた



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 25

ミャンマーに連れて行ってくれると言う人が現れた


「詳しく訳を話して」と言われ、事情を説明した。。。
なんとか伝わったようだ


ただ、仕事で行く場所から、別行動で
私の目指す場所に行く時間があるかと言うこと


別行動が可能かどうかも、微妙らしい


お仕事の内容を聞いてみた
国連がミャンマーに、お米の買い付けに行くらしい
その仕事を請け負っており、日本から専用機でミャンマーに行き
お米自体は運ばず、買い付けだけに行くのだと言う


そんなお仕事もあるんだ。。。国連かぁ、すごいなぁ
国連が絡んでいるなら、まず安全だと言って過言はないかも
私の期待は高まる


でも、私が国連の専用機に同乗することは可能なのか?
身分・目的を隠し、作業員として、同行すれば問題はないだろうとのこと


ただ、現地で、好き勝手に行きたいところへ行けるかどうかは、分からない


それでも、ミャンマーと言う国に、足を踏み入れることは出来る
しかも、国連の専用機で安全に


大叔父の場所へは行けなくとも、それでも十分なほど良いお話だ


とりあえず、同業者にそれとなく聞いてみるから、待っててと言ってくれた


あまりの急展開に、何をどうしたら良いが分からないが、返事を待つしかない
言ってみるものだね…、ありがとう、出会いに心から感謝した



数日後。。。たまたまお会いした経団連のお偉方に
この件を嬉しさ一杯で話したところ、「待て」と怖い顔をして、制止された



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 24

ある日、ふとした会話の中で
「ミャンマーに行きたいんだよね」とポツリと言うと
「ミャンマーへは、年に2~3回は行ってるよ」と、言われた


えっ?!何気なく言った言葉への返答に、とても驚いた


以前からお付き合いのある人だけど
ミャンマーのミャの字も聞いたことがなかった


もちろん、私が行きたいと思っていることを話していなかったためだ


自分の本職ではないが、同業者のお手伝いで、時々行くらしい


また、私の下心が騒ぐ。。。
「ミャンマーに連れて行って!!」とっさに口から出た


「いいよ、同業者に言ったら、たぶんいいって言うと思うから、伝えておくよ」


うそ…ほんとに?いとも簡単にミャンマー行きが決定した!!


驚きと、興奮と、感動と、なんだか分からない感情が入り乱れ
取り乱しそうになった私w


私は、夢の中にいるような気分になった



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 23

靖国神社からの資料を目を通した


想像の中で、大叔父の最後は、歩けなくなり
遠ざかる部隊を見送りながら、草むらに1人取り残され
人知れず寂しく息を引き取ったと思い込んでいた


この調査書により、大叔父は、軍の病院で亡くなったことが分かった
寂しい最後ではなかったことを知り、大粒の涙が溢れた
のたれ死にではなくて、良かった。。。


戦況が悪化していた、終戦1年前のビルマ国内
作戦中止で、補給経路を断たれながらも、必死に後退した兵士達


日本の地理に言い換えれば、宮城県~岐阜県くらいの距離を歩いたと言われている


大叔父も、その長い長い兵列の中にいたのだろう


その頃は、まだ個人装具・銃などを携行して歩いていたようだ
重い装備品を担ぎ、残りわずかな食料で飢えをしのぎ
弱っていく体にムチ打って、日本軍が駐屯する安全な
後方地域をめざし、生きるために必死に歩いたのでしょう


自力で病院にたどり着いたのか、途中でトラックなどで
収容されたのかは分からないが、もし意識があったなら…


草むらではなく、ベッドの上に寝た時、どれほど安堵したことだろう


私にとっては、見た事も行ったこともない異国の地:ミャンマー


さらに当時の戦地の状況など分からないが
その時の様子が脳裏に浮かんだ


大叔父が寂しく亡くなったのでないことと
やっと探し求めていた資料が手に入ったことへの少しの達成感と
それに関わり協力して下さった方々に感謝して
涙が止めどなく溢れてくる。。。


「おじいちゃん、お母さん、やっとやっと、大叔父さんのことが分かったよ」


「大叔父さん、やっと見つけたよ」


「みんな、みんな、ありがとう」


そして、祖父や母、大叔父も、天国から私を
手助けしてくれたんじゃないかと
不思議な力の後押しを感じながら、いつかはミャンマーの地を踏むぞと
もう一度、心に決めたのでした



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 22

暑い季節に、熱くなり、調査作業に没頭する中
待ちに待った、靖国神社からの封書が届いた


ポストの前で、すぐにでもビリビリと開封したい気持ちを抑え
家に入り、封筒に手を合わせ、一礼してから、封にハサミを入れた


その中には、靖国神社のパンフレットに混ざり
1枚の白い紙が入っていた


やっと、やっと探し求めていた、大叔父の詳細の記録



その紙面には、こう記されていた


_______________________________




 御祭神調査の件(回答)



首標の件、この度御照会の御祭神につきまして、当神社資料に基づき

左記の通り回答申し上げます。




      記




○○  ○○  命 (※大叔父の氏名)




一、 階      級 ・ 陸軍軍曹



二、 所 属 部 隊 ・ 歩兵第60聯隊 (※連隊と読む)



三、 死 亡 年 月 日 ・ 昭和十九年七月二十四日(戦病死)



四、 死 亡 場 所 ・ ビルマ国 明妙 第一二一兵站病院



五、 死亡時本籍地 ・ ○○○○…



六、 死亡時御遺族 ・ (兄)○○ ○○ (※祖父の氏名)



七、 合 祀 年 月 日 ・ 昭和三十三年四月二十一日





                                       以上




________________________________



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 21

資料を紐解くと、ビルマでの死亡は、戦死よりも
圧倒的に戦病死が多い
これは、戦地においては、希なケースとも言える
 

各地で、全滅・玉砕を聞く中で、ビルマだけは、そうでは無かったようだ


終戦後も、捕虜を虐殺したり、略奪等がはびこる中
命からがら引き上げてきた、その他の地域の人々に比べ
ビルマでは、表向き、捕虜扱いだが、手厚く保護されていたため
元気に復員された方も少なくないと聞いている


中には、元気に日本に帰っても、戦犯として裁かれ
死刑などになるのであれば、ビルマに残って
ビルマの人々と共に戦い、独立を助けようと考えた人も
多かったようだ


そのため、全国各地に○○ビルマ会と称される民間の団体が、多数あった


ただ、どこの会も、高齢化が進み、活動しているところは
ほとんどない現状


地元にも、○○連隊のビルマ会を見つけたが 
そこも、活動していないように見受けられた


それら各地のビルマ会の、大元が、全ビルマ会


刻一刻と、ビルマ会の活動の消滅が迫っている…
早く、全ビルマ会を探さねば


国の慰霊巡拝には参加資格はなくとも
民間の団体であれば、理由を話して
連れて行ってくれるのではないかと言う、微かな希望を胸に
全ビルマ会の情報を求めて、また私は彷徨うこととなる



続く… 

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ミャンマーに思いを寄せて 20

『全ビルマ会』その言葉だけを元に、ネットで団体を探してみた


名前はすぐに出て来た!!
個人のブログなどにも会の集まりに出席したなどの
記事がたくさん出てくる。。。


しかし、最新の物でも、2年前までで、全ての記事が終わっていた


その、最新の物らしき2年前の、個人の方のブログには
「参加者が高齢化し、年々、参加人数が減っている。
去年は200名になり、今年は、半分の100名になった。
もう来年は集まれないかも知れない。。。」


と書かれていて、それを最後に更新されていない


そう、今年で戦後65年
終戦時、20才だったとしても、85才と言う、ご高齢だ
大叔父も、生きていたら90才近い年齢だろう


全ビルマ会は、遺族も参加なさっているのか
どのような会なのか、全く分かっていない


旧軍人だけの会ならば、消滅していてもおかしくはない
皆様、ご健在でいて欲しいと願うばかりだ



続く…

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ミャンマーに思いを寄せて 19

厚生労働省のお兄ちゃんは
あまりにも私が食い下がるので、哀れに思って下さったか
最後には、「国の企画にはお連れできませんが、民間の団体ならば
連れて行ってくれるかもしれませんよ」と教えて下さった


『全ビルマ会』と言う、民間の団体があると聞いたことがあります
でも、その詳細は、こちらでは分からないと
申し訳なさそうにおっしゃった


「もうすでに、当時、戦争に参加された方は、ご高齢になり
年々参加者は減少してはいるものの、今年は孫まで範囲が拡大したので
また、いつかは分かりませんが、もっと範囲の拡大があるかもしれません
毎年、官報で告知していますので、ご覧になって下さい」と
最後は、丁寧に対応して下さった


なるほど、民間の団体か。。。そんなのもあるんだ


お礼を述べて、電話を切った後
早速『全ビルマ会』について、調べだした



続く…


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ミャンマーに思いを寄せて 18

厚生労働省で、国を挙げての慰霊巡拝があると
地元の役所の方にお聞きし、早速、厚生労働省に電話してみた
 

またまた、代表の交換手が出られて
戦没者の慰霊巡拝の件でと、言うと、担当部署に繋いで下さった


また、そこで、どこの国か聞かれ、それぞれ担当さんがおられるよう
出て下さったのは、なんとも無愛想な、お兄ちゃん


「12月に、ミャンマー行きの慰霊巡拝があるとお聞きしたのですが
参加方法を教えていただけますか?」


その慰霊巡拝は、12/3~11までの日程だそうで
今年から、全額自己負担で、孫まで行けることとなったらしいが
私のように遠縁は、対象範囲に入っておらず、無理ですとのこと


自己負担でいいから、どうにか一緒に連れて行って下さいませんか?
と、必死にお願いしたが、ダメだった


やっぱ、お役所と言う所は、融通が利かないのね


そのミャンマーでの日程では、参加者それぞれの
縁者の戦没地を順に訊ねるため
毎年、行き先は未定で、変わるのだそうです


では、ミャンマーにある慰霊碑で、沖縄の慰霊碑のように
個人の名前が各々刻んである物はありますか?と聞いてみた


しばらく待たされての返答は。。。


国が作った慰霊碑には、個人の名前は彫っていないとのこと
民間の慰霊碑には、彫ってある物もあるかもしれないが
国は掌握していないと言われた


国の慰霊碑?民間の慰霊碑???
そんなにたくさん、慰霊碑はあるのですか?と言う問いに
「はい」と簡単に返答された


そうかぁ…やっぱり、慰霊碑はたくさんあるんだ
思い描いていた、不安は的中した



続く…

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ミャンマーに思いを寄せて 17

靖国神社が出て来たついでに
ここで、以前から思っている、私個人の
総理の靖国問題について触れてみたいと思います
(※反論はご遠慮下さい、不快な方はスルー願います) 


靖国問題だけは、終戦記念日が来る度に関心を持っていました


靖国で会いましょうを合い言葉に散っていった命が祀られている所
もちろん一般の神社としての機能もあるけど、特別視されている神社


総理個人の思想は別として
国の代表として、国のために命を捧げた人々に
敬意を払っても良いのでは?と思う


あの戦争は間違いだったと言うのは
その後の時代の人が言うこと
その当時の人は、国策であれ、戦争賛否の個人の
意志はともかく、必死に生きたことでしょう


その思いがあってこそ、現代の平和な日本があると言う事実


靖国に参る=戦争賛美ではなく
故人に対し、敬意と感謝と鎮魂の意を持って
これからも平和が続くように
総理がお祈りに行くことはおかしなことでしょうか?


騒ぎたてるメディア…あなたは日本人ですか?
外人さんなら分からないでもないけど


今年の菅総理の戦没者追悼式の式辞中
解せない箇所が多々ありました


「アジア諸国の人々に対し、多大な損害と
苦痛を与えました。深く反省すると共に…」
これが、戦没者への慰霊の式辞なのでしょうか?

 
国のために命を捧げた方々を目の前にして
反省って。。。慰霊にならないと思う


戦後もう60年以上も経ち、まだ謝罪をし続けなければ
いけないのだろうか、日本の行く末は?


戦争犯罪・A級戦犯と後に戦勝国に言われた人達だって
わざと戦争に負けた分けじゃない
その時代の流れの中で、国や国民のため
最良だと思われる判断を取ったにすぎない
その判断が、間違いであったか・そうでなかったかは
誰しも分からなかったはず


そして、その人達は、戦勝国に裁かれ、戦犯と言われ
死刑と言う形で、命を持って償った
それで十分ではないか


その人達が一緒に祀られているから
外国に対して気を遣って参拝しないと名言する
国の最高指導者って、どうかと思います、器が小さすぎる 


そんな訳で、大叔父が祀られている靖国神社には
是非とも時の総理に参拝していただきたいと願っています


余談:政策はどうであれ、小泉元首相って
どうどうと終戦記念日に参拝して偉かったと思う



続く…

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