ミャンマーに思いを寄せて

亡き母の思いを果たすべく、ビルマで戦死した大叔父の足取りをたどる私の奮闘記録☆

2012年05月

ミャンマーに思いを寄せて 262

ミャンマー3日目


昨日、回りきれなかった、トングーと言う町の慰霊碑を目指すため


5時半モーニングコールの、早朝の出発だった



この時期のミャンマーは乾期のため、思った以上に寒かった


常夏をイメージしてきたが、昼間もさほど暑くなく、とても過ごしやすい



持参した長袖は2枚ほどあったが薄手で


先ほどの、レストランのウエイトレスさんは、厚手の毛糸のセーターを着ていた



そう言えば、昨日のお昼時、駐車場からレストランに向かう道で


バスを降りるなり、数人の子供が寄ってきた


日本で言えば小学校低学年くらいだろうか


うちの子供と同じような年頃の子供数人



いつもは、珍しい観光客を遠巻きにニコニコと眺めていることが多いが


バスの降り口で、何やら必死に話しかけられた



分からずにいると、コンダクターさんが「物乞いです、無視して下さい」と言った



1人だけ必死に物乞いしている男の子がいて
その少年は、何か食べる物をくれと、口元に手をやる仕草を
必死にジェスチャーしていた



後の数人は、そのおこぼれを欲しそうに、私達一行の列にずっと付いてくる



一見して、孤児なのかなと思うドロドロの服装



かわいそうになってきた。。。



でも、コンダクターさんからは、あげないで下さいと言われた



私だけがあげると、他の人にも迷惑がかかる



そして、この男の子だけと言う分けにも行かず



子供が群がって、たぶん大変なことになるだろうと予想された



心を鬼にして、ごめんねと思いながら



辛いだろうけど、強く生きてね、頑張ってねと祈った




続く…




※ブログランキングに参加してみました
大勢の方に読んでいただくことで、情報をいただけるよう
ご協力をお願いしますm(_ _)m
ポチッとな☆↓↓

人気ブログランキングへ

ミャンマーに思いを寄せて 261

美しい湖のほとりのコテージ


まだ誰もいない早朝に、1人、散歩してみた


大きな大きな赤い太陽が
今にも登ろうとしていた


辺りは、朝焼けを優しく包む朝モヤで
情緒溢れる、異国の地の情景



PHOTO080



PHOTO081



戦時中は、このミャンマー特有の朝モヤを利用して
炊事をしたと、副会長さんは言っておられた


火を起こしても、煙が出ても
この朝焼けと朝モヤが、隠蔽してくれた


大叔父が70年前に見た太陽も
きっと同じように輝いていて、美しかったに違いない


極限の中、太陽が美しいと思える気持ちがあったかどうかは分からないが


今と同じく、太陽は1つ



見え方は違うが、日本の太陽と同じビルマの太陽


地球は繋がっている、日本でも同じ1つの太陽を見ている



PHOTO084



私の家族も日本で、この太陽を見ている


今頃子供は、いつもと変わらない朝を迎え
学校へ行く準備をしていることだろう


元気にしているだろうか…



大叔父も、今の私と同じように
この太陽に、故郷のことを思いはせたのだろうか



太陽は1つ、日本と同じ太陽、日本と繋がっている


大叔父と私は、血で繋がっている


そして、過去・現在・未来も、時間で繋がっている



表現が上手く出来ないが、当たり前と言えば当たり前で
普段の生活では、意識したこともなかった


なぜ、こんなことが頭をよぎったのか



なんとも言えない、感慨深い心境になったのは


この、あまりにも美しいミャンマーの朝焼けに魅了されたからかもしれない



しばらくして、ツアーのメンバーが
1人、2人と朝食のレストランに集まり始めた


でも、みんな、そろそろ疲れが出て来ている様子


揃う前に、各々のペースで食事は始まった



日程的にも長旅で、スケジュールはハードな上、悪路の長距離移動


若手に入る私でさえ、疲れが出ているのに
ご高齢の副会長さんなどは、大丈夫かしら?と、心配になるほどでした





続く…




※ブログランキングに参加してみました
大勢の方に読んでいただくことで、情報をいただけるよう
ご協力をお願いしますm(_ _)m
ポチッとな☆↓↓

人気ブログランキングへ

ミャンマーに思いを寄せて 260

ご飯は、日本のような粘りのあるお米でなく
 

タイ米のような、パラパラとした細長いお米だった


そのお米にも数種類あり


中でも、「香り米」と呼ばれるお米が


香ばしくて、とても美味しかった



戦時中の軍人さんも、ミャンマーのお米を携行していたと聞く


大叔父も、このミャンマーのお米に舌鼓を打ったのかしら?


ミャンマーのお米、美味しいですね、大叔父さん


もうすぐ、大叔父さんの眠る場所に行きますよ



その夜は、トングーの町にある湖(人工湖とも聞いた)のほとりの


5つ星の美しいホテルのコテージでの宿泊


アメニティーも充実しており、調度品もとてもロマンチックなホテルだった


コテージまでの送迎は、カートに揺られて、ホテル内を移動した


私の部屋は、1人部屋


ほとんどの部屋がツインルームで、広々と使い、まったりとした


静かな静かなミャンマーの夜はふけて行く


部屋の天井の片隅で


トカゲがキロロキロロと鳴いていた




続く…



※ブログランキングに参加してみました
大勢の方に読んでいただくことで、情報をいただけるよう
ご協力をお願いしますm(_ _)m
ポチッとな☆↓↓



人気ブログランキングへ

ミャンマーに思いを寄せて 259

ミャンマー2日目


今日は、ペグーとトングーと言う町で慰霊祭を行う予定だった


しかし、予定が遅れてしまい、トングーの町に着いた時には


すでに夜になってしまった



街灯もほとんどない、ミャンマーの町並み


夜の慰霊祭は無理と判断され


今日は、そのままホテルに向かうことになった



ミャンマーでの食事は、外国人用のレストランを使い


ほとんどが、中華のコース料理だった


フォト


日本人の口にも合い、美味しかった


太い太い中国のお箸を使い、食べた


以前に海外旅行をした時は、お腹をこわしてしまったので


ミャンマーでは、食べ物にとても気をつけていた


鳥インフルエンザの懸念で、鳥料理は出てこなかった


魚と豚肉、海老などの料理が多かった


お野菜の塩味の炒め物が特に美味しかった


何の野菜かと聞くと、かぼちゃの弦だと言う


お肉の甘酢あんかけも美味しかった


時々、ミャンマー料理風のスパイシーな味付けもあったが


それも、外国人が食べられるように工夫されていた


本場のミャンマー料理は、あまりおすすめじゃないらしい


スープなどは、辛くて、食べられない物もあった




続く…



※ブログランキングに参加してみました
大勢の方に読んでいただくことで、情報をいただけるよう
ご協力をお願いしますm(_ _)m
ポチッとな☆↓↓


人気ブログランキングへ

ミャンマーに思いを寄せて 258

相変わらず、行き交う車はなく、広い高速道路を歩いて横切り

脇の土手を登り、奥にある民家を目指した


脇の原っぱには、中国式と呼ばれるトイレが
遠くの方に、1つだけポツンとあった


PHOTO106



中国式のトイレは、1人分のスペースで

粗末な葉っぱを編んだ囲いがあるだけだった

ドアはなくい、ほんとうに気持ち程度の囲いだけ

囲いの端は、開いたままの状態だった


無ければ、ここで用を足すしかないないと、覚悟した

ミャンマーに来て、何度と恐ろしいくらいのトイレにチャレンジしてきた

日本での生活と比べれば、涙が出そうだが

ここでは、普通の暮らし

民家が好意的に貸して下さる、ありがたいトイレなのだ


こんなもんだと、慣れてしまい、驚きもしなくなった


ガイドさんが、トイレの交渉してくれている

お金を払って、お願いをするのだ

ガイトさんが、おいでおいでと手を振るので

私達は、土手を登った


土手の向こうでは、何か建築中で、工事の人達がたくさんいた

珍しい外国人の突然の訪問に、現地の人は、工事の手を休めて

私達一行を見ている

みんな、ニコニコと好意的で、こちらも軽く会釈した

工事の人の子供達が集まってくる、皆、ニコニコと可愛い


その工事現場は、オープン間近のレストランだった

高速道路のお客さんのために、作られているようだった

工事現場の奥には、人気のない、湖の見渡せる

新築の大きな素敵なレストランがあった


もちろん、食事はまだ出来なかったが

突然の訪問にも、支配人さんが出て来て下さって

とても、歓迎された


PHOTO098



そして、特別に、出来たばかりのキレイなトイレを貸して下さった

次回から、是非、コースの経路にと、しっかり宣伝をされていました

ガイドさんやコンダクターさんと名刺の交換をされていて

全員にパンフレットをいただいた


「Nga Laik」と言う、人工湖のようでした


湖での遊泳が出来、コテージなどの宿泊施設もあるようです

ヤンゴン~マンダレー間の高速道路の

ヤンゴンから1/4ほど来た所です

ミャンマーに行かれましたら、是非、立ち寄ってみて下さい



続く…



※ブログランキングに参加してみました
大勢の方に読んでいただくことで、情報をいただけるよう
ご協力をお願いしますm(_ _)m
ポチッとな☆↓↓


人気ブログランキングへ

ミャンマーに思いを寄せて 257

※久々に復活です
雑誌掲載に伴い、急ピッチで進めます

話は、ミャンマー2日目、トングーと言う街を目指している所から。。。




最初の慰霊祭を無事に終え、次の町、トングーへと向かう

ミャンマーを縦断しているが、大きな国の中の移動

次と言っても、遠いのだ


昨年末に出来たばかりの高速道路を通った

だだっ広い高速道路

街中を縫うように走っていたときとは比べものにならないほど
スピードは増した

ただ、日本の高速道路と比べると、継ぎ目がデコボコで

スピードがある分、悪路としか言えなかった


ヤンゴン~マンダレーは、約700km

今まで、16時間かかった道が、この高速道路により12時間になったそうです

他の車は、滅多に走っていない

通行料が高いためだと言われていた

先の先まで見通せるような、1本道

ドライブインのような所はない、単なる道

PHOTO097



PHOTO096



途中、トイレ休憩を申し出る人が出た

予定の次の村までは、1時間あまりあると言う

ドライブインはない。。。

高速道路と言っても、日本のように、防音壁があることもなく

脇のボサから、自由に出入りが出来た


トイレをお借りするため、民家がありそうな所を探す

人気のある所があったので、高速道路なのに

路肩に車を止めて、バスを降りた


続く…


※ブログランキングに参加してみました
大勢の方に読んでいただくことで、情報をいただけるよう
ご協力をお願いしますm(_ _)m
ポチッとな☆↓↓


人気ブログランキングへ

ご無沙汰しております

読者の皆様へ


大変ご無沙汰していて申し訳ありません


気がつけば、新年の挨拶以来、ブログ記事は停滞していました

現状は、まだ調査継続中で、コツコツと活動をしています

ブログ記事が停滞している理由は色々とあるのですが


まず、大きな進展として

このブログ記事を少しまとめて、潮書房光人社「丸」に連載されることに決定しました

今のところ、9月号あたりから掲載予定です


新年の挨拶でも書きましたが

まだ、ブログの内容は、そこまで進んでおりませんが
どうも、大叔父は、祭師団ではなく
弓師団に臨時に編入されていたようです

今まで、祭・祭と、祭師団のことだけ調べていましたので
振り出しに戻ったような状況で、そこから先に進めていません

ビルマ・弓師団の山本支隊の支隊本部
にいらっしゃった旧軍の方を探しています
ご健在の方をご存知の方がおられましたら
どうぞ情報をお寄せください


<大叔父の詳細>

神居 達(かみい とおる)

・軍曹(甲幹部指定)
・大正7年生まれ
・歩兵60連隊第1大隊機関銃中隊
※インパール作戦では1大隊だけ祭師団ではなく、弓の山本支隊に編入
支隊本部または師団・連隊クラスで通訳として従事していた可能性大


是非とも、ビルマでの大叔父をご存知の方にお会いしたいのです


雑誌掲載も含めて、全国に呼びかける予定です

歴史の証言者が、どんどん少なくなる現状
タイムリミットが迫っていると言う、危機感を持っています

どうぞ皆様のお力添えをお願いいたします




                             2012.5.19  aya


記事検索
プロフィール

aya_sann

カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ