ミャンマーに思いを寄せて

亡き母の思いを果たすべく、ビルマで戦死した大叔父の足取りをたどる私の奮闘記録☆

2019年05月

ミャンマーに思いを寄せて 2134

DSC_0871 - コピー




この写真により

初めて姉婿の顔を知った

こんな人だったんだぁ。。。

大叔父の姉についても同じくである

大叔父の姉は、私の祖父の妹

祖父が長男で、大叔父が末っ子

その間に女の子が4人いる





大叔父とお姉さんはあまり似てない?

お姉さんちのお子さんは

次男(長男は居ないみたい)は

先妻のお子さんで

三男からお姉さんが産んだお子さん

顔が似ているわ。。。





私が写真に名前を入れなかった

後列の学生にもそれぞれ

名前が書かれていたが

私は知らない名前だった

末娘さんが言われるには

大叔父以外にも親戚の居候が

たくさん家に居たとのこと

そう言う人達だったのかもしれない





大叔父の両脇の女性は

女中さんだそうです

次男さん(実質長男)は

近くの国立大学に行っていて

大叔父は私立の〇〇大学

これについては本家との確執かと思ったけど

写真の三男は慶応大学なので

そうではないのかもなぁと思った

ちなみに次男は国立大学の教授になった

だけど三男の話は聞いたことが無いのよね…

もしかしたら戦争でお亡くなりなったのかも




続く…




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ミャンマーに思いを寄せて 2133

伯父と伯母は大叔父の写真を

私が行く前に数枚準備してくれていた

この写真はその内の1枚である
DSC_0871 - コピー





後列左から3人目に

大叔父が写るこの写真には

撮影の日付と各人の名前の添え書きがあり

それを見ると撮影されたのは

昭和13年のお正月であることが分かった





どこかの家の前での写真で

しめ飾りと右端の女の子が

晴れ着であることからも

お正月の風景が読み取れる





右下に写っている女の子は

私が何度と電話でお話ししたことのある

大叔父の姉婿の末娘さんである

末娘さんとは結局、お会いすることは

出来なかったのだけど

幼い頃はこんな感じの人だったのね

可愛い着物とお揃いの髪飾り

お嬢様だったのかな?と言う印象




続く…




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ミャンマーに思いを寄せて 2132

お年寄りは昔話を語るのが好きだ

伯父は上機嫌で話を続ける




大叔父は、京都に来る前は

東京の中野の姉婿の家に住んでいたと言い出した

大叔父は山形県の出身で

私は京都の〇〇中学校に入るために

山形から出てきたのだと思っていたので

これは新たな情報であった





大叔父が旧制の中学校に入ったのは

昭和8年(1933年)の15才の時である

その前に大叔父は山形を出て東京に居た

高等小学校(現在の中学校)などの

レベルの高い教育を受けるため?

山形での口減らしでないことは確かである





昭和5年生まれの姉婿の末娘さんが

昭和13年の8才の時に

京都から東京・中野に

引越しをしたと言っていたので

13年に家を購入したのかと思っていたが

伯父のこの証言により

中野の家は少なくとも昭和8年以前から

あったこととなる




続く…




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ミャンマーに思いを寄せて 2131

伯父の証言は続く

大叔父は大学を4回生で中退した後

大阪市西区にあった

「大阪羅紗製帽組合」に勤めている
6fd7c8de.jpg











↑↑当時の給料袋





ただ、伯父からは「神戸の帽子屋さん」

と聞いていて、大叔父は大阪ではなく

神戸に行っていたと思われる

支店かもしれないが

大阪羅紗製帽組合はについての詳細は

何一つとして分かっていない





「神戸の帽子屋さん」と言う言葉を

伝え聞いたのかと伯父に尋ねると

大叔父から直接聞いたと言った





大叔父は大学を中退し

下宿先の姉婿の家を出て

大叔父の兄である私の祖父(伯父の父)の

お寺に転がり込んだ

大叔父と同居することとなった伯父が

この話を聞いたのは8才の時であった



続く…



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続:インパールvsノモンハン

インパールvsノモンハンって

ほんとうは比べようがないのですけど

それを比べたくなるのが私

無意味でしょうが~

まあ、あまり気にせずに読んで下さいw





期間はノモンハンの方が長かったんだぁ

インパールはその後もダラダラ続く戦局なので

長いように思うけど、作戦自体は終わるのね

勝ちの数だけ言うとノモンハンの勝利

あららインパールはまたもや負け戦(TT)





全般的に比較してみると

ノモンハン事件は場所柄もあり

機械化部隊や砲兵などを交えた

近代的な戦闘が展開された

ソ連軍においては、機械化部隊を中心とする

最先端の戦い方が試験的に実施され

第二次世界大戦~冷戦時代の

正規軍同士の近代的な戦い方だと思う





インパール作戦は

日本軍がインド国民軍を組織して

武装蜂起を企図した作戦とも言え

政治的な思惑が多く

ベトナム戦争以降の現代において

先進国が中小国の紛争に介入する際の

戦い方に近い物があるように思う





ノモンハン事件の日本軍は

戦車に支援された歩兵主体の部隊で

ソ連軍は機械化の進んだ部隊

インパール作戦は主に歩兵と歩兵の戦い





ノモンハン事件は、日本軍にとっては

関東軍の起こした局地的な戦いで

インパール作戦は

第15軍が無理やり強行した作戦





もしも勝っていたらと仮定すると。。。

ノモンハン事件は

ソ連は失う物が多いが

日本軍が得る物は…何かな???

よって、インパール作戦の方が

影響が大きかったであろうと思う





しかし結果として、人気の違いは

ノモンハン事件は

近代的な戦いで戦術的に語りやすい

日本軍もソ連軍も

それぞれ良い勝負でドローだった

インパール作戦は

政治的な思惑があったり

現地人を用いる等、要素が複雑すぎる

そして何より

兵站の軽視の一言に尽きて

英印軍が強かったと言うよりも

勝手に日本軍が自滅しているから

あまり人気が無い

だからやっぱりノモンハンの勝ち

残念でしたっ、、、トホホ



続く…



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インパールvsノモンハン

6月にノモンハンの講演会に誘われました

アウッ、、、なんでノモンハンなの(笑)

歴女ではない私には分からないのですけど

なぜかノモンハンって、人気がありますよね?

男のロマン、ノモンハン???

それに比べてインパール作戦は、、、





いやいや、そもそも講演会って

「ノモンハンのご専門でしたっけ?」と聞くと

ご縁があって何度とノモンハンに行っているとのこと

へえ~、ノモンハンに、、、

ノモンハンって、勝手なイメージでは

何も無い、だだっ広い単なる草原?と言うと

「インパールの方が何もない山の中でしょ」と

大笑いされました

思わず「ノモンハンに言われたくないですっ」と

即座に言い返しておりましたww





まあ、ドロドロの負け戦のインパール作戦に

ファンとか居ないと思うし

私だってインパール作戦をこよなく愛しているとか

そんなことは無いけど~インパール愛???





ノモンハンvsインパールどっちがどっち???

私なりに勝手に比べてみました



<インパールの勝ち>

・インパールは対英作戦の大きな流れの中の

最終決戦的位置づけの作戦

ノモンハンは一方面軍(関東軍)が行った局地戦

・総兵力はノモンハンより多い



<ノモンハンの勝ち>

・インパールは目指した地名なだけで

日本軍は正式には到達していない

・期間は

インパールは

昭和19年3月8日~7月3日…4ヶ月未満

ノモンハンは

昭和14年5月11日~9月16日…4ヶ月越え

・インパールは病気ばかり

ノモンハンは乾燥の草原だから病気は無い

・ノモンハンの方が近代的な戦い方

・インパールに制空権なし

・補給はノモンハンは孤立しただけで

ある程度の兵站は確保されていた



<ドロー>

・インパールは大雨、ノモンハンは水無し



総合評価は明日♪お楽しみに~




続く…




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ミャンマーに思いを寄せて 2130

姉婿は古美術商もしていたそうだ

祖父はよく掛け軸等をもらっていて

中には値打ちのある物もあったみたいだが

祖父が表具屋さんに騙し取られたと言う

昔話だけが今でも伝えられている





以前に伯母との会話で

姉婿とその息子さんの話題になった時

伯母の口ぶりがあまり良くない雰囲気だったので

少し不思議に思っていた

姉婿は〇〇大学の理事で大金持ち

そしてその息子さんは国立の大学の教授

我が家の家系としては

珍しく自慢の種なのかと思っていたのだが…





実は、私も姉婿の情報を探している時に

詐欺のようなことを起こしたグループの中に

名前があったのを2件ほど確認している

その内容の真偽が分からなかったので

心の片隅に置いたままとなっていた





遠縁とは言え、一応は親戚なので

あまり変なことは言えないのだけど

親戚の中で姉婿だけ少し異質だと

私は思っていた。。。

だからこそこの調査でも

目立った存在となったのだ





とても失礼な言い方だけど、、、

お金持ち(特に成金)は家柄を欲しがり

そして家柄があってもお金が無い家もある

なるほどなぁ。。。

姉婿がどうしてお金持ちだったかは知らない

姉婿は親子ほど年の差のある

大叔父の姉(初婚)を後妻に迎え

姉は裕福な生活を送った。。。

大叔父も大学に行けた。。。

それだけでいいのよね





伯父は、姉婿の銅像がどこかにあると言う 

所有していた金山なのか発電所なのか

大学関係なのか、さっぱり分からないけど

大した人物だったことは確かだろう

この人が大叔父の出兵に

関係しているのではないか?との

仮説を私は持っているのだけど

大叔父が利用されたので

なければ良いなと思ってしまった




続く…




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ミャンマーに思いを寄せて 2129

2018年10月13日

伯父の家に行く用事があったので

ついでに大叔父の写真が

まだあったら欲しいことを伝えておいた





伯父の家には、昔の写真がたくさん入った

バスケットがあることを知っている

その中に、あとどれほど

大叔父の写真が入っているのかは

きっと誰も知らないと思う

出来れば、あのバスケットの中を

全部調べてみたい。。。





伯父とゆっくりと話すことは久しぶりだった

まずは調査の上で最近判明した

〇〇大学の理事であった大叔父の姉婿の

持っていた金山についての報告をした





伯父は「秋田の金山」と言っていたが

姉婿が所有していた金山は

宮城県の石巻市にあった

金山は明治期に最盛期を迎え

その後、姉婿が所有してからは

悪条件が重なり休山となった

現在は坑道跡も見つからないほどの

山となっていること





伯父は石炭が採れたと聞いているとのこと

姉婿はこの金山の他に

九州にも炭鉱を持っていたようなので

どの山の話かは分からない





姉婿は大金持ちだったそうである

伯父は「山師」と言う言葉を使っていた

金山とか銀山を探す鉱山業者で

「山師みたいで博打のような投資をする人」

だったようである

そのため、姉婿はお金のある時と

無い時の差が激しかったそうである



続く…



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これからの予定記事

読者の皆様へ


いつも読んでいただきありがとうございます

南の方では梅雨の便りも聞こえますね

皆様お変わりございませんか?





只今、ブログ本文は2018年9月頃の話です

海軍倶楽部の総会の記事を終えて

この後に書こうと思っているのは

2018年10月

●伯父からの新情報と

大叔父の新たな写真の入手

●京都・伏見の区役所で

2018年11月

●「丸」との件

●協力申し入れがあった件

●チラシを見て気付いた点

2018年12月

●大学のオープンキャンパスにて

●情報提供「NHK」の件

2019年1月

●60会の人とお茶をして

●北部大佐の本

2019年2月

●鈴田大佐の詳細

2019年4月

●インパールの件

●インド・マニプール州大学

●ここ1年で読んだ本の紹介



項目だけを並べてみると。。。

意外と行動しているな私って思っちゃったw

内容はどうでも良いの~スゴイのまで!!

お誘いを受けると出向いたり

絶えず発信し続けることも

無意味ではないかもと思います

どうぞ゜お楽しみに♪





このところ、大きく動いています

どうなるかはまだ全く分かりませんが

調査が完結する可能性もあります

それほどまでに大きな動きです

きっと調査の節目となるでしょう

完結するか、燃え尽きて失速してしまうか。。。

いずれにしろ納得するまで頑張ります!





【お知らせ】

もうすぐ締め切り!

神戸で行われるチャンドラボース氏の映画

そうそう、4時間のデラックスな映画です

申込みは5月26日まで先着100名です

東京でも冬に上映されたみたいですね

ご興味のある方はどうぞ
20190601a BOSE上映会















続く…



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ミャンマーに思いを寄せて 2128

行李については

モヤモヤするばかりで

何が分からないかさえ

分からない状況でしたが

晴れてスッキリしました





私の協力者達は

各分野のスペシャリスト揃いで

四六時中、私からの些細な質問を

受け付けてくれます

英才教育?で私は恵まれています

ただし協力者達は

「バカに教えるのが上手くなった」と言う





他にも制服の説明を受けたり

お席の近かった参加者の皆さまにも

大変親切にしていただきました

参加者もそれぞれに海軍愛に溢れ

資料等のご自慢品を

持参されている方が散見されました





特に印象にあるのは

とても素敵な飛行機の写真を

拝見したことです

その写真は大きく引き伸ばされても

ボケることもなく

A4くらいの用紙いっぱいに

大変美しい機体が写っていた

見とれて、思わず「下敷きみたいですね」と

子供みたいな感想を言うと

おじさまは苦笑されていました





そして、その写真集を一緒に見ていた

隣の席の若い女性が

それぞれの飛行機の特徴を

詳しく教えて下さったのにはビックリしちゃった





すぐに帰るつもりが。。。とても楽しかったです

海軍のことは全く不勉強でしたが

こんな世界もあるのだなぁと社会勉強

うん、きっといつか何かの役に立つ…かな?

ありがとうございました

追伸:後日、「軍歌演習」のお誘いを受けました

さすがに軍歌は分かりませんあのその、、、

まだまだ未熟者です





お店を出ると、なんだかホッとして

人の流れに滑り込んだ

今までの空間が幻のように思えた

でも街中もあまり現実感が無かった

京都だからかなぁ。。。
DSC_0832
















DSC_0855



















続く…



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ミャンマーに思いを寄せて 2127

「行李」について

現代の自衛隊はどうなのだろう?と

自衛官の方にお聞きしますと

被服類の扱いで個人に「衣嚢(いのう)」と

呼ばれるファスナー式のボストンバッグが

貸与されているそうです





ただそれは米軍のバッグを採用した物で

この行李に当たるのだけど

行李に似たような物だと

海外等に派遣される時に使われている

コンテナも該当するとのこと

でもコンテナは被服類ではないそうです





なぜ私が「行李」をなかなか

理解出来なかったかと言うと

旧軍では「行李」は、個々の荷物のことでもあり

荷物を運ぶ人のことも指すし

運ぶ人の集団をも全て行李と呼んでいたこと





しかし、今の自衛隊では

個々の荷物のことは段列とは言わないし

行李係のような係名も無く

自衛隊には一致する用語が無い

更に輸送能力が旧軍とは格段に違っているため

「行李」(荷物を運ぶこと)が目立たないから

感覚的に理解しずらかったのだろう





で、計画的な撤退・退却時には

きちんと行李についても後退させるが

実際にはかなり追い詰められた状況で

退却するので

運んでいる資機材については

放棄されることがしばしばある

行李の人は最後まで頑張ったと思うが

命には代えられない

インパール作戦においても

当然、放棄されることが多かったであろう





放棄する際、資機材については

敵に利用されないように努めて処分するが

それすらも出来ずに退却した場合は

実質的に壊走状態だったと見て良いだろう

それがインパール作戦である




続く…




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ミャンマーに思いを寄せて 2126

海軍さんの将校行李もありましたよ!

サーベルがくくり付けられているバッグ

これが「行李」なのですね

DSC_0839




写真の行李の中には制帽のケースでしょうか?

丸い革製品が見られますね

そしてこのサーベルは日本刀仕込みではないので

武器ではなく、行李に入れて持ち運ぶ

やはり被服類の一部として

扱われていたのだと感じました





私には行李って言葉に馴染みがなく

昔々に我が家に柳行李があったので

そんな感じの物かな?と思い込んでいた

だけど、本物はこんな立派な

旅行トランクみたいでした☆





大叔父の調査の為に読んでいる書物にも

「自分は行李部隊です」とかよく出てきます

こんなの戦場に持って行ったのですね

駄馬等で運ぶのは大変だったことでしょう





制服とかを入れる個人用のバッグだけど

本に書かれていたのは

お酒をたくさん入れた等の

武勇伝が多かったです

お酒、、、重いよねガーン





「行李部隊」と聞いて

行李(旅行トランク)のみを

運ぶ正規の編制部隊だと思い込んでいたが

それは俗称であると知った

作戦間の特に前進間に

直ちに戦闘に使用しない部隊の資機材を

運搬する任務を与えられた人の

集団に対する名称であり

現在では「段列」と呼ぶ





そして一般的に言う

「大行李」とか「小行李」と言うのも

行李(旅行トランク)の大きさではなくて

部隊区分や荷物の優先度の違いだと言うこと

を知ったのでした




続く…




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ミャンマーに思いを寄せて 2125

そんな訳でたまたま旬な話題の

サーベルを見ることが出来たので

感激していました


DSC_0839





これは「日本刀仕込みの物ですか?」と

聞いてみると

日本刀仕込みの物はもっと分厚くて

持ち手の部分が両手で持てるように

長くなっているのだと教えていただきました

へぇ~そうだんだ☆





ってことは、このサーベルは

古い物ですね☆と感動していると

説明の方がとても嬉しそうにされていました





サーベルの歴史的なロマンに

魅了されてウットリしました

でも男性は刃物として

興味があるかもしれませんね

私は刃物はとても怖くて

実は苦手なんです




続く…




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ビザの申請

読者の皆様へ


いつも読んでいただきありがとうございます

もう南の方では梅雨に入ったと

テレビのニュースで言っていました

急に蒸し暑くなってきましたね

あの猛暑がまたやってくるのかと思うだけで

クラクラしそうですが

皆様はお変わりなくお過ごしでしょうか?

今日は書きたいことがたくさんあります☆





先日、チョロっと書きました

インパール行きが決まった件ですが

何事かと驚かれたことと思います

私自身がまさかの展開に驚いていて

遂にここまで来たかぁ!と感動しています





ブログ本文は2018年10月の頃のお話で

リアルタイムに追い付いていませんが

この後にも色々な人達と出会います

先週は、インドの第二次世界大戦財団から

大叔父に関する調査結果が届きました

多くの人に助けられて感謝です

早く本文を書きたいよ~

海軍倶楽部の話が長引いてごめんなさい





今回のインパール行きも

思いもよらないところからお声かけいただき

そしてまたそこからの繋がりで

別件も同時進行しています

無茶苦茶忙しい~でもリア充でっす





今日はビザの申請に使う

写真を撮りに行ってきました

証明写真のセルフボックスでは

サイズ等が難しかったので

写真屋さんで撮影してもらいました

なんだか写真屋さんって久しぶり

ほんとうにインパールに行くんだって

ちょっとだけ実感したりして





昔はどこにでもあった写真屋さんだけど

使い捨ての”写るんです”が流行って

プリントだけのお店が多くなって

デジカメやスマホの写真が増えると

それらのお店も無くなって

今は街中で写真屋さんを見つけるのは

難しくなりましたね
DSC_1286















ウインドーに並んだカメラ↓↓
DSC_1289
















DSC_1288















写真屋さんのお姉様と話に花が咲いて

「昔は写真は写真館で撮る

高価な物だったのよ~」と

懐かしそうに近代史を語っておられました

「また来てね」ってお店の外まで

見送っていただいて

ずっと手を振って下さいました

なんだか泣きそうになりました

戦後すぐから駅前で営んでこられた写真屋さん

どうぞ長生きして下さいね





写真屋さんと言えば

この調査では、大叔父の写真を撮って下さった

写真屋さんを探すと言う無謀なことをしましたね

結果としては、写真屋さんが判明して

当時、大叔父の大学の

近くにあった写真屋さんだと言うことを

ご健在の方の証言で知ることができました



写真屋さんを探すこととなったきっかけ↓↓

「ミャンマーに思いを寄せて 157」
http://blog.livedoor.jp/aya_sann/archives/1679493.html


写真屋さんを知っていたおじいさんの証言↓↓

「ミャンマーに思いを寄せて 420」
http://blog.livedoor.jp/aya_sann/archives/1868498.html





なぜ私がインパールに行くことになったかは

また今度詳しく書きますね☆

今日のお知らせメインは

映画「ボース忘れられた英雄」上映会
20190601a BOSE上映会












【作品の紹介】(略)

インド独立運動の闘士

スバシュチャンドラ・ボース(1897‾1945)

彼の独立闘争の軌跡を描いたもの

長編でフィクションとはいえ

かなり史実に忠実に描かれている(そうです)

主催/関西日印文化協会



日時 2019年6月1日(土) 14~18時
(途中休憩あり)

場所 インディアン・ソーシヤル・ソサエティ
(神戸市中央区熊内町5丁目1?3)

申し込み方:
mail indictomio@gmail.com
電話 090 8535 4130 
FAX  078-251-8481 

締切は5月26日まで  定員100名

入場無料/要予約

詳しくはチラシを見てね☆





では長文失礼しました

いつも読んでいただきありがとうございます



2019.5.15



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ミャンマーに思いを寄せて 2124

マジマジと展示物に見入っていると

主催者様が声を掛けて下さって

とても詳しく説明してもらえた☆さすがっ!





サーベルって実はよく分からなかった

少し勉強してみようと思ったのは

第16師団司令部庁舎跡を見学した時

「サーベルで床が傷付いた」

との説明があったこと





サーベルってのはなんとなく知ってはいたけど

日本軍となると???

明治とかの昔々の映画のイメージ

確かに第16師団の建物は

明治期の建造物だけど

でもイメージしずらかった





明治当初の陸軍では

西洋の「サーベル」を

将校と許された一部の下士官兵が

帯剣することにした

ただし、武器ではなく軍服と同様の

被服類の一部としての扱いだったようだ





当初は本物の西洋のサーベルだったが

日本人には馴染みの薄い刃物だったため

サーベルの鞘(さや)に日本刀を仕込むことが

流行ったそうだ

そのため明治中期頃には

陸軍も海軍も「日本刀仕込みのサーベル」が

制式とされるに至った

見た目はサーベルで、刃は日本刀って素敵☆

でもどうやって使うの?





後に昭和初期には、鞘(さや)も日本刀の物に

改められ(ってことは、弗通の日本刀)

サーベル調の日本刀は姿を消す

インパール作戦を主に調べていた私には

サーベルの時代でなかったので

馴染みが無かったのでした



続く…



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ミャンマーに思いを寄せて 2123

やっと上映会が終わり

カーテンが開けられて明るい会場となった

目の前にはお食事が

でもまあ知り合いも居ないので

遠慮しながら、、、大人しく





私の興味はお食事よりも

入口に展示してあった海軍関係の

色々な物が見たかった

DSC_0838















これは帽子だけど~

何の帽子か分からない

日本の海軍さんの?儀礼用?

ナポレオンぽい?いつの時代の?

えーっと、ナポレオンって海軍?あれ?

圧倒されて聞き忘れました、いや~ん

※読者様の方がお詳しいと思います

コメントいただけると幸いです





この頃、ブログでは第16師団の

司令部庁舎跡の聖母女学園の見学の記事でした

その中で出て来た「サーベル」

よく分からないので少し勉強していた

密やかなマイブーム(?)

海軍倶楽部の展示品に

ちょうどサーベルがあったので

「すご~い、本物だぁ」と興味津々
DSC_0839






16師団司令部庁舎・聖母女学園見学の過去記事↓↓

「ミャンマーに思いを寄せて 1950」
http://blog.livedoor.jp/aya_sann/archives/2071217.html

リノリウムの床の過去記事↓↓

「ミャンマーに思いを寄せて 1965」
http://blog.livedoor.jp/aya_sann/archives/2072135.html

サーベルの過去記事↓↓

「ミャンマーに思いを寄せて 1970」
http://blog.livedoor.jp/aya_sann/archives/2072637.html



続く…



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ミャンマーに思いを寄せて 2122

私のメモには

「エアーシリンダー」と記されていた

カタパルトからの発射の際のことかと思う

ガス(火薬の燃焼ガス)じゃなかったのかなぁ。。。

と思ったけど

エアーだったら圧縮?でも威力はないか

エアーと言いつつ

米軍式のスチームだったりして

ガスもエアーも同じなのかな?





桜花のことを書いていたら

リアルタイムで「丸」に広告が載っていましたよ

2019年6月号(4月末発売号)の最後の方

「桜花と設計者三木忠直」のタイトル
DSC_1284




大分県の宇佐市図書館で

~6月9日まで、観覧無料





今回は桜花を調べて書いたし

この他にも以前には

〇〇大学の土曜講座での特攻艇・震洋の話や

「ミャンマーに思いを寄せて 686」
http://blog.livedoor.jp/aya_sann/archives/1911176.html

60連隊のインパール作戦間の連隊長である

松村大佐がインパール作戦後に配属された

陸軍の水上特別攻撃艇の部隊の話とか

「ミャンマーに思いを寄せて 945」
http://blog.livedoor.jp/aya_sann/archives/1956326.html
「ミャンマーに思いを寄せて 946」
http://blog.livedoor.jp/aya_sann/archives/1956504.html

意外と調べて書いてるのよね私





あとは運用された海軍の特攻だと回天くらいかなぁ

インパール作戦の戦史ブログなので

回天にたどり着くことは

あまり想像できないのだけど…

私のことだから、また何かで寄り道するかもしれない





書きたいと思って書いてるんじゃなくて

遭遇した知らないことは調べないと、、、

全て分からないことばかりなんだもの

どれを手抜きすれば良いのかさえも

分かっていないのかも

調べたこともリアルな手記として

書いておかなきゃ





インパール作戦のブログで

桜花の話っておかしくない?と協力者に聞くと

「おかしいに決まっている」と言われただよね~

と言うことで「歴史に詳しくない人が始めた

真面目に直感だけで無謀に突き進む

インパール作戦を中心にした

戦史っぽいけどその他周辺史含む

爽快ノンフィクション

山盛りお好み焼き状態のかなり異質なブログ」

と言うことで許して下さいね



続く…



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ミャンマーに思いを寄せて 2121

昭和20年3月になると

ケーブルカーは営業を休止させられて

5月には全施設が海軍に接収された

桜花の基地だから

きっとトップシークレットだよね





車両は客室を取り払って

資材などの運搬用として使われた

桜花もケーブルカーで運搬する

計画だったのかな?





8m以上の大きさがあるのに

ケーブルカーで運べる飛行機って、、、

あっ飛行機じゃない?

ジェットエンジン付きの

中身は空洞の飛行物体??





でも…ご自慢のケーブルカーなのに

こんな風に使われて、、、

お国のためとは言え、、、迷惑な話だよねって

今の世代の私は思っちゃう(ごめんなさい)





しかも、撮影後、米軍が進駐してくる前に

カタパルト等の桜花関連の基地は

米軍によって昭和20年10月13日に

爆破されたって





まあ、桜花の施設が無くなったことは

比叡山鉄道にとっては内心ホッとしたでしょうし

桜花がが投入される前に

終戦を迎えたことは幸いだったなぁと思った




続く…




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ミャンマーに思いを寄せて 2120

全長2,025 mの日本最長のケーブルカー

駅舎は、現在の会社が開業した

昭和2年(1927年)当時の建物が残り

国の登録有形文化財に登録されているそうです

昭和2年の開業時のチラシには

「日本名物東洋最大」と書かれてたとか

行ってないけど~

旅ブログみたいになってきたw 





比叡山にあった桜花の訓練基地は

戦時中に一応は完成していたとされるが

米軍のカメラには山頂付近で建設途上の(?)

搭乗員養成用の練習機を運び上げるレールや

丸太、クレーンなどの建築資材が写っていた

出来たばかりだったのか

拡張工事をしていたのかは不明





機体をカタパルトに搭載するための装置や

射出方向の琵琶湖に向け

機体を方向転換させるための回転台も映っていた

比叡山に配置予定だった桜花自体は

終戦までに改良生産が間に合わず

ここから発射はされていないそうである



続く…



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ミャンマーに思いを寄せて 2119

一方、桜花の発射の側の比叡山については

比叡山鉄道の比叡山鉄道線である

比叡山の東側(滋賀県・琵琶湖側)からの

ケーブルカーの路線は今も運行している

滋賀県大津市のケーブル坂本駅から

ケーブル延暦寺駅に至る



 

比叡山山頂及び延暦寺を

目指すルートは他にもあって

西側(京都側)からも、京福電気鉄道の

叡山ケーブルと叡山ロープウェイ

そして比叡山ドライブウェイを経由する

比叡山ドライブバスがある

しかし、いずれもが冬季は運休するため

その期間中は通年営業の滋賀県側からしか

登ることが出来ない






チョロっとググってみると

このどちらのケーブルカー&ロープウェイも

桜花の為に作られた訳ではなく

明治?大正時代からあったみたい

風光明媚な比叡山・延暦寺や琵琶湖に

来る人を魅了していたそうである





利用者の芳名録には、総理大臣であった

山元権兵衛氏、犬飼毅氏、近衛文麿氏等の

名前もあるそうです

皆様も機会があれば行ってみてくださいね

って、私は比叡山鉄道の関係者ではありませんがw



続く…



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ミャンマーに思いを寄せて 2118

大津海軍航空隊の特徴は

桜花ではなくて「水上機」だと言う

桜花訓練の「到着地」の設定は

全く有名な話ではないみたい

ま、特攻だし、秘密だったのかな?

比叡山のカタパルトは

1度も使用されていないって言うし

知られていなくて当然かぁ。。。





水上機ってのは、私の中では”お初”の言葉でした

フロートと呼ばれる着水用の下駄

のような物を付けている飛行機だそうです

でも、なんとなく似ているのを知っている???

下駄じゃなくて…胴体自体が船の飛行艇

そう!ジパングに出て来た二式大艇





そっか、水上機は飛行機が

着水できるように改良された物で

飛行艇は、船が空を飛ぶように改良されたと

イメージすれば良いのかぁ

私にも分かったよ☆←ちょっと自慢w





昭和17年(1942年)~

大津海軍航空隊は水上飛行機の練習基地となる

そんな中で桜花の到着地にも選ばれる

桜花のための基地ではなかったのですね

現在も駐屯地内には

海軍航空隊時代の遺跡があるそうで


広報資料館では

当時の写真も展示されているそうですよ

申し込みをすれば見学もできるみたいです





琵琶湖と言えば、大叔父さんの彼女?

の梶子さんからの手紙を思い出します

そう言えば、途中でそのままになってしまっているわ。。。

ついでに大津駐屯地や琵琶湖に行ってみる?

あ~、また私の悪い癖だぁ~

寄り道の予感



梶子さん、琵琶湖の〇〇汽船の過去記事はこちら↓↓

「ミャンマーに思いを寄せて 1143」~
http://blog.livedoor.jp/aya_sann/archives/1980254.html



続く…



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ミャンマーに思いを寄せて 2117

私が見た映像は7分36秒のモノクロ

訓練基地は滋賀県と京都府にまたがる

比叡山(848メートル)にあった

この映像はガンカメラじゃなくて

昭和20年10月23日に

米軍により撮影された物





桜花の当初の型は、飛行機に吊るされて

目標近くで分離して固体燃料を噴射し

搭乗員が操縦しながら

目標への体当たりするタイプで

何度と改良を加え

この比叡山の訓練基地では

最後のタイプの地上発射型で

複座タイプの「四三乙型」だとのこと





全長約8.2mでジェットエンジンを搭載

約100mの滑走路から

カタパルトと呼ばれる射出機で離陸し

飛行時間は約30分

約280Kmも飛べる設計だったらしいけど

これは実現されていないようである





訓練用の滑空機体(エンジンなしのグライダー)

で練習をして

到着地は滋賀県にある「滋賀空」と呼ばれた

大津海軍航空隊だったそうです

大津海軍航空隊は

現在の陸上自衛隊の大津駐屯地

琵琶湖の南端地域で

元々は海軍の基地だったんですね

琵琶湖を利用するから海軍なんだ!へぇ~



続く…



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ミャンマーに思いを寄せて 2116

映像は続いて、昭和20年4月11日

戦艦ミズーリに突入する零戦52型

(と目次はなっていたが、見たような

見ていないような、、、分からないxx)

音は無く、映像だけ

お世辞にも上手いと言えない解説が続く、、、





薄暗い場内で出席者達にも

ねむねむ~&ダルダルの雰囲気が漂っている

これもきっと貴重な映像だろうと思うけど…

う~ん、私には勿体ない物となっていた





もう既に予定時間を大きく上回って

上映会が続いている

お食事を目の前にして

何とも言えない気分だ、、、





すると、1人のおじいさんが怒り出した

分かるっ、気持ちは分かるけど、、、

このために遠くから

来て下さっているゲストだし、、、アウ

もう少しだけ我慢してあげて~





最後の映像は

京都・比叡山にあった「桜花」の基地

地元の話題に会場の雰囲気は一気に持ち直す

私も見てみたい

「桜花」ってキレイな名前、初めて聞くわ

何の名前かな?





桜花とは、海軍が開発した飛行機型の特攻兵器

えっ?京都に特攻基地???

こんなにキレイな名前なのに…ガーン




続く…




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ミャンマーに思いを寄せて 2115

映像では、基地の端っこに

紫電改と思われる飛行機が並べられていて

そこに米軍が射撃している

曳光弾や跳弾が写っている

しかし、それは”おとり”の飛行機で

足が折れていたそうである





そう言えば、戦後に343空の

未帰還機と思われる紫電改が発見され

引き上げられることになった番組を

見たことがあったなぁと思い出しました
 




紫電改と言う名の戦闘機には

その他に個人的な思い出がある

子供の家庭教師が夏休みの宿題に

なぜか紫電改のプラモデルを出した





小さな子供には難しくて

結局、私がそのほとんどを

作る羽目になったあるある

私だってプラモデルなんか

初めてなんだからっ

最後は、きちんと立たなかった(><)

紫電改、ちょっとポッチャリしてるって

思ってしまいました

どんな思い出なのよ、、、





でも、やっぱり私には難しくて

きっとこの映像はスゴイのでしょうが

申し訳ない気持ちになりました



続く…



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ミャンマーに思いを寄せて 2114

続いて「343空」の上映

昭和20年3月19日

松山上空戦 343空 戦闘701飛行隊

松場秋夫少尉の緊急着陸ほか





「第三四三海軍航空隊」

って有名なんですってね

もちろん私は全く知りませんでした





説明されている言葉を必死に筆記し

帰ってきてから、その単語が何なのか

調べながらブログを書く。。。

その単語さえも実はよく分かっていないから

ひらがながいっぱいxx

自分が何を書いたか分からない





「源田の剣の地」とのメモ書きがあった

343空は、昭和19年(1944年)1月に出来た

通称「隼部隊(はやぶさぶたい)」と

同年12月に出来た通称「剣部隊(つるぎぶたい)」

があるそうだ





特に後者の剣部隊は大戦末期に

優秀な搭乗員を擁して

日本本土防空戦の中で

戦闘機の「紫電改」を用いて活躍した

部隊として知られているそうである




剣部隊は源田大佐の発案で創設され

横須賀基地で編成された後

松山基地へと移動する

そして源田大佐は司令官となる



続く…



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ミャンマーに思いを寄せて 2113

ガンカメラの映像は

昔の物なのでとても見づらく

ハッキリと言ってカラーかな?と

思うようなレベルでした





「ここです!」と見どころを説明しながら

何度も巻き戻し再生されるのですが

私には全く分からなかった

ネコに小判状態だぁ~





たぶん宇佐航空隊だと思うのだけど…

敵機に攻撃される映像が流れて

現在の地図を映像に重ねて

「ここです」と言われていた

旧軍さんが、そこで勤務されていたとかで

「この地形は…」と詳細を話しておられましたが

専門の解説員ではないので

グダグタで、、、(失礼)





ガンカメラを上映されている方達も

解説はお世辞にもお上手とは言い難く

色々と見せてあげたい気持ちは分かるけど

分かりづらい映像と解説が延々と続く

何とも言えない時間が過ぎて行った

(スミマセーン)




続く…




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令和おめでたい

読者の皆様へ


いつも読んでいただきありがとうございます

年号が平成から令和に変わり

日本列島はお祝いの1日でしたね

我が家でも国旗を掲揚しました





読者の皆様はどんなGWを

お過ごしですか?

我が家は特に予定はなく

それぞれが気ままに好き勝手にって

感じでしょうか。。。



2019.06












GWには読書はいかがですか?

4月末発売号には

このブログのダイジェスト記事である

「大叔父の足跡を探した心の旅 19」が

掲載されています





前回の18が掲載された時の

読者様の感想が巻末の

「読者から 編集者から」と言うページに

載っていましたね





「「大叔父の足跡を探した心の旅」は

ブログから拝見していますが、

インド国民軍と日本軍の関係、

光機関の実際の活動等、

今まで明らかにされていなかった

分野の記事として注目しています。」って☆





ブログの読者様の方ですね

ありがとうございます!

感想を寄せていただくととても嬉しいです

「丸」に付いているハガキで感想を送ると

こんな風に載るんですね

プレゼントも当たりやすいとか

是非、嬉しい感想を送って下さいね

お待ちしております





ではGW中盤、素敵なGWをお過ごし下さい

お仕事の方はお疲れ様です!!

今後ともどうぞ応援の程よろしくお願いします

令和も引き続き頑張ります

いつも読んでいただきありがとうございます



2019.5.2



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ミャンマーに思いを寄せて 2112

ちなみに、Uボートって言葉を

私が初めて知ったのは

まだこのミャンマーの調査にご縁の無い

若い頃に読んだ本で。。。

探したらありました!
51HRN1DEPCL[1]












なんで私、こんなの読んでいたのかなぁ?

若い頃のカストロの映像がテレビで流れていて

とってもカッコ良かったから

本を読んでみたくなったと言う

とっても単純なことだったと思うんだけど

すごいの読んでいたのね私w





そこに海でUボートに乗った話が書いてあって

Uボートって何だろう?って思っていたわ

そもそもキューバの話にドイツの潜水艦って

キューバ自体は

潜水艦を持っていないだろうから、、、

戦中であれ、戦後であれ

色々なややこしい背景のある話であって

今の私でも分からないのだから

当時の私には分かりたいとも思わない

ほどの話で

大変ニッチなことだったと知った





で、20年以上経って今頃

Uボートが潜水艦だと知りました





…そう言えば、チャンドラボース氏が

乗ってきたのもUボートだったよね、、、

Uボートと潜水艦は別物だと思っていたみたい

キューバの潜水艦をUボートって呼ぶ

と覚えなくて良かったよね

それだけが救いかも

だってボートって言ったら

普通は小さな船だと思うよね?ねっ?ねっーー





誰もUボートは潜水艦だよって教えてくれなかったから

と協力者に言うと

「知っているものだと思っていた」

「初めてだよ、そんな人」って笑われた

よくこんなので戦史ブログ書いてるよね

ごめんなさいね☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚



続く…



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