それでもマンダレーくらいまで撤退してくると

少し主計らしい仕事も増えてきたそうだ

歩兵第128連隊は総勢400名を切る

連隊となっていたが、主計の3名は健在だった





この主計さんは「現地徴発隊長」と言う

役職を拝命し、部隊の転進に先駆けて

山の中に隠れている現地人を探して

食料を調達する係りとなった





その際に、主計さんは軍服を脱いで

ビルマの服装のロンジー姿に

腰には拳銃を忍ばせていたそうである





部隊の方が転進速度が速く

敵の中に取り残されたり

敵の斥候が主計さんより前に居たり等

何回も危ない場面があったが

ビルマ人の日本人に対する感情は良く

現地の人に何度も助けられたそうである

それは、「軍が住民に配慮して、犯さず、殺さず、

盗まずと言う指導が徹底していたためであったろうと

思います」と書かれていた





ご自身の経験を元に

軍を動かす場合の後方補給の確保を

真剣に考え、意識を強く持たなければ

いけないと感じられて

戦後に自衛隊で活躍されたようである





そうかぁ。。。一昔前の自衛隊には

戦争経験者がおられたのですね、スゴイ!

私の調査がもう少し早かったらなぁ。。。




続く…




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