~主計さんの資料の中の
「陸軍経理部よもやまばなし」より~



もう1つ、面白いなと思ったのは

”タバコ”である

タバコは戦前は、専売局(大蔵省の外局)

と言うところが専売業務を担当していた

(昭和24年に専売局→日本専売公社)

他の専売品は、塩、樟脳、石油、アルコールなど





お酒は我慢できるがタバコは出来ないとして

戦場では大変好まれたらしい

軍にとってタバコの販売は調達用の資金元であり

物資交換用として重要な取り扱い品であった

「現地自活」の指針を元に

支那総軍では、現地でタバコの製造販売の

専売計画を立てたが、陸軍省等の反対に遭い

計画だけで頓挫したそうだ





タバコの葉っぱよりもタバコを巻く紙が

とても貴重品であったらしい

ライスペーパーと呼ばれるその紙は

紙だけでも取引され

取引は特務機関の者が

私服や民族服などを着用し

民間人に扮して敵地に潜入し

主に物々交換に使用していた

これには主計である経理官も関わっていたそうだ

※「便衣」と表現されていた

日中戦争に関して、私服や民族服などを着用し

民間人に扮して敵対行動する軍人を「便衣兵」と呼ぶ





当時、ライスペーパーを作るには

ジャワ(マニラ)産の麻が最適とされたが

ジャワ産の麻が手に入りにくいことから

多くの魚網に麻が使われていたため

古い魚網を集めたと言う話もあった





支那総軍ではタバコは軍配組合が取り扱っており

軍配組合だけでは手に負えず

その下に煙草支給組合を作り

一切を統制していた

遂には、ライスペーパー工場を作り

その立ち上げには

王子製紙の技術指導を受けた

以後は、中国系煙草製造会社と提携して

ライスペーパーを支給して

タバコの委託製造を行った

工場場長は主計中尉が就任した

業績は目覚しく資金調達に多大な貢献をした





インパール作戦中のビルマでは

もちろんタバコも不足しており

枯葉や茶葉をそこら辺の紙に巻いて口にしていた

時折、ジャワ産のライスペーパーが届くと

兵隊は目の色が変わったと言う

主計さんがその白いライスペーパーで

吸っていると妬まれたそうである


★次回は次のお話に移りますよ~




続く…




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