【歩兵60連隊の機関誌「輝」より】

昭和33年10月の60経理の会の席上

慰霊碑建設の素案が披露された

その後は何度と大きな合同慰霊祭を行い

東京オリンピックや新幹線開通等の

高度経済成長中の世の中で

慰霊碑建設への思いは更に高まった





機の熟するを計り、松村連隊長、北部連隊長や

世話人達により具体案が検討される

知恩院や護国神社からの

協力の申し出もあったが

結局、無宗派の霊山観音に決定した

関係者の献身的な努力により

建設敷地の無償提供を受け

悲願の第一歩を踏み出した





昭和41年末には建設現場の視察

大覚寺の偉いお坊さんに

慰霊碑の碑文を書いてもらえるように依頼をして

慰霊碑の石も発注された

昭和42年2月には地鎮祭が行われ

4月1日には主・副碑ともに設置が完了した





4月29日には念願の除幕慰霊大法要が行われ

法要後の霊山観音の境内では

警察音楽隊の演奏と

60連隊には有名な某下着メーカーの

社長さんが居たため

その会社のバトンガールが演技で花を添え

大変盛大な慰霊祭だったそうだ




続く…




※ブログランキングに参加してみました
大勢の方に読んでいただくことで、情報をいただけるよう
ご協力をお願いしますm(_ _)m
ポチッとな☆↓↓

人気ブログランキング