大叔父が臨時勤務以外で

光機関で勤務となった可能性について

考えてみた。。。





※かなり硬いややこしい話となります



光機関は急激に大きな組織となるに当たって要員をかき集めた

その人員には

各部隊からの短期間の臨時勤務(貸出要員)



各部隊から集成された「定員枠」に充足された人員

があったと思われる





この定員枠のことを

現代の陸上自衛隊では

よく「座布団」と表現し

「どこどこからもらった座布団」とか

「座布団をかき集める」などと使われる

これは編成業務の一環である





各部隊から集成された定員枠の中には

60連隊の定員の枠もあり

その枠に充てる人員は

人事的には60連隊を経由せずに

直接、光機関に配属されることとなる





例えば元々は60連隊の座布団(人員枠)を

光機関が集成した場合

その枠に充てられる人員は

60連隊からの転属でも臨時勤務でもなく

光機関の本属となる





この「定員枠」の”座布団”については

以前に私が自衛隊関連の施設に

アルバイトに行った時にも実際あったことで

自衛隊と旧軍の編成業務が同じだとは言わないが

共通する事があってもおかしくないと思う





旧軍の場合、一般部隊は

「編制」がしっかりと決まっていて

部隊毎の差と言えば実際の充足率や

戦闘損耗により差が出る程度





しかし機関は必ずしもそうではない

制度的に定められた

恒久的な「編制」を持っていない場合が多く

特務機関については特にそう言えるだろう





その時々の任務や情勢により

必要な人員を集めて

柔軟に組織されることがしばしばある

光機関についても

インパール作戦を含むインド侵攻作戦等の

状況に応じて急激に大きな組織となり

各部隊から要員を

かき集めたことは事実である





現に光機関はインパール作戦間は

「南方遊撃隊司令部」と名称変更し

インパール作戦が敗退すると

南方遊撃隊司令部は消滅する

10数人から始まった藤原機関から2年ほどで

500名ほどの組織(光機関)へとなって

一瞬にして1/3の人員へと縮小される

有事であり、人事上の管理においても

かなり混乱したことが考えられる

そこに大叔父が配置されていたと考えると。。。




続く…




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