風に吹かれて

人生、夕方近くになって、ロードバイクに目覚めました。 体重、血圧、成人病の因子が減り、健康な生活を取り戻したことはもちろん、風を切り、よい景色に触れ、仲間と酒を交わすことで、ものごとをのんびり、ゆっくり見る余裕が生まれてきたようです。

ホイールの振れ取り

1c8bee92.jpg3e45f9f4.jpg白MASIの「後輪が振れているよ」とboseさんから指摘されたのが、去年の初日の出ランで、それから乗ったのが4回、11月には右の靴底が外れるし、1月には前輪のタイヤが破れるなどトラブルが続き、Nagi師匠に昨日の夜練の前に頼んで、振れ取りをして頂く・・・ホィールの振れは、長期の使用による自然劣化と強い振動が原因によるものがあるらしく、寿バイクなので輪行などもしてないので、どうやら柔らかいスポークを使っているのが原因みたいだ。

769bde76.jpg60babe1d.jpgホイールの振れには縦振れと横振れがあり、ダイヤルでは横振れを、真ん中の目盛りは縦振れを確認する際に使用し、ニップル回しでスポークのテンションを調整し、「ホィールが1本の棒のように見える」ようにすればよいのだが、「株は高い時に売り、安い時に買えばよい」のと同じく原則は簡単だが、実際は難しくまさに職人技で、手で回転を止めるのなど見惚れてしまう。

48add31c.jpga51c6c7b.jpg今朝は雨で自転車はお休み・・・本日の鼻歌:Spinning Wheel(Blood Sweat & Tears)

本日の走行距離:0・・・「旦那、いる?」「【ほい、いる】よ。」

登志神社

d5763b34.jpgd278cdb9.jpg西区今津の登志神社は、登志の湊の産土神として、登志大明神と四所大明神が中世以来祀られており、豊受姫大神は平安時代初期に伊勢外宮から勧請したらしい…当社の鎮座地は糸島の根っ子に当たり、付近には白木神社また五十猛神社としてスサノオの子の五十猛命が多く祀られている他、新羅からの渡来人にまつわる伝承や史蹟が多く、当所は渡来人の祖神を祀っていたものという指摘もあるようだ。

161177bc.jpg6015ca63.jpg当社に伝わる「今津人形芝居」は良く知れ渡っており、県の無形民俗文化財に指定されており、現在は毎年10月に今津小学校などで公演をしているそうだ…成人の日には、「今津の十一日松囃子」が催され、山笠や山車が町内を走るという。

5b406a91.jpgf670ca1a.jpg今朝は南米G練で糸島半島を時計周り、伊牟田で早咲きの桜を愛でる…本日の鼻歌:マラケシュの人形芝居(石井聖子)

本日の走行距離:70辧帖嶌D鼎話羸い痢敕垰圓旅繊曚世辰燭鵑世諭」「博多の袖の湊から、日宋貿易の新しい港になったみたい。」

山頭火歌碑(近松寺)

c4309bbc.jpg0096b089.jpg唐津氏の近松寺(きんしょうじ)にも、種田山頭火の歌碑がある・・・昭和7年1月19日の唐津行乞は「気分も所得もよかった、しみじみ仏陀の慈蔭を思ふ。」と日記に記している。また近松寺に行き、「巣林子(近松門左衛門)に由緒あることはいふまでもない、・・・・・こぢんまりした気持のよいお庭だった。」と記し「山へ 空へ 摩訶般若 波羅密多(まかはんにゃ はらみた) 心経」という句を作っており、この句碑は近松寺の境内に建っているが、この時の山頭火は「菩薩」そのものであり、穏やかな一日だったことが伺える。

64558674.jpg4b69f659.jpg1月20日〜21日には唐津市「梅屋」に泊まるが、翌日の記述には「毎日彼等から幾度か不快を与へられる、恐らくは私も同時に彼等に不快を与へるのだろう−それは何故か−彼等の生活に矛盾があるように、私の生活に矛盾があるからだ、私としては、当面の私としては、供養を受ける資格なくして供養を受ける、−これが第1の矛盾だ!−酒は涙か溜息か、−たしかに溜息だよ。」と酒に溺れる自分の「鬼畜」ぶりを記している。

45d993b0.jpg9196602f.jpg今朝は伊都路〜福ふくの里(河津桜と菜の花)〜唐津〜糸島半島横断・・・本日の鼻歌:般若心経グレゴリオ聖歌(初音ミク)

本日の走行距離:100辧ΑΑΑ崚眥邸敞佑砲磧曄大きな祭りがあるね。」「おくんちだね。」

河津桜

315c106d.jpg542f87a8.jpg昨日のNHKニュースで、愛宕神社参道(裏参道の登りの海側)の河津桜が咲いているというので、出掛けてみる・・・カワヅザクラは日本にあるサクラの一種で、オオシマザクラとカンヒザクラの自然交雑種であると推定されており、1月下旬から2月にかけて開花する早咲き桜で、花は桃色ないし淡紅色で、ソメイヨシノよりも桃色が濃く、花期が1ヶ月と長い。

77c3c79c.jpg66f156d1.jpg1955年に飯田勝美が静岡県賀茂郡河津町田中で原木を偶然発見したことが由来で、当初は発見者の飯田氏の屋号から「小峰桜」と地元で言われてきたが、1974年に「カワヅザクラ(河津桜)」と命名され、河津町の木に指定され、現在も原木はこの地に存在し、2007年現在で樹齢50〜60年である・・・名前の由来となった河津町では1981年より河津桜まつりが開催され、河津駅近辺の河口から河津川にそって「河津桜並木」が約3km続いており、東京にいたときに出かけた覚えがある。

262213df.jpg1dc3c5cf.jpg今朝は路面が乾いてから、久し振りに曲渕〜愛宕山…本日の鼻歌:河津桜音頭(七瀬けい子)

本日の走行距離:42km…「入場券、【買わず、待ち】続けるよ。」「改札の方が確実だからね。」 

博多年行司 田中六兵衛屋敷跡 頁鄲診酳館0007い)

28a01801.jpgebcd6a8b.jpg享保17(1732)年に筑前で近世最大の飢饉がおこりました。(享保の大飢饉)黒田藩の実収43万2千石に対しこの年はわずか5千400石しか収穫がなく、博多の人口の3割強が餓死しました・・・一説には、この飢饉の犠牲者供養のために大浜流灌頂(かんじょう)が始まったと言われています。(博多区大博町:旧竪町浜)

e166f3ec.jpgf79a8b56.jpg昨晩は長尾で仕事、今朝は小戸〜大博町を一走り・・・本日の鼻歌:昭和の大飢饉予告編(三上寛)

本日の走行距離:42辧帖屐擺雍癲曚鮗茲蠶戮靴討任盪抉腓靴覆ちゃね。」「空前の飢饉だもん。」

七(質)は立石(博多博物館0006ろ)

cf2015bf.jpge5a16a4f.jpg200年前の博多かぞえ歌:一(市)は川端、二(荷)は茶忠、三(座)立生、四(詩)は亀井、五(碁)は松永、六(禄)は美作、 『七(質)は立石』、八(鉢)は皿山、九(句)は瓢風、十(塔)は崇福寺・・・立石家(旧・浜口町浜=博多区大博町)は両替商で、藩米の大坂回漕をする等、有力な博多町人でした。寛政年間博多に大火事や天災が続いた際、当主、立石亦六(またろく)は千石船で近畿一円の西国霊場の土を運び、鎮護の為に四王子山腹一帯に三十三観音の基壇とし、磨崖仏を横町の石匠、国松市三郎に依頼して建立、博多のために祈りました。

dabafe4c.jpgae32f067.jpg今朝も小戸〜大博町〜室見河畔を一走り・・・本日の鼻歌:無責任数え唄(植木等)

本日の走行距離:32辧帖屐敲兇ぁ曚發鵝見分けられる?」「肉筆は特に難しいみたいね。」

立石又左衛門屋敷跡(博多博物館0006い)

1dceb4e0.jpg1422ea56.jpg博多年行司 立石又左衛門久明(きゅうめい)屋敷跡 旧・浜口町浜(博多区大博町)・・・久明は、粕屋高木家から立石家に養子に迎えられ、博多年行司を務めた博多町人。文化12(1815)年、表粕屋郡大庄屋長卯平(ちょううへい)は若杉山から新大間池、駕輿丁(かよいちょう)池、須恵川を経て筥崎宮社領まで流域二万人を潤す「大間堤仕掛溝(だいまつつみしかけみぞ)」プロジェクトに着手。難工事で資金不足の卯平に、久明は数万両を提供、工事完成(文政7(1824)年)に尽力。この用水は200年後の今日も灌漑・上水道に使われている。

649f38c0.jpgf066a36e.jpg昨日午後は室見河畔、今朝は小戸〜大博町まで一走り・・・本日の鼻歌:大間の鮪(東岳)

本日の走行距離:43辧帖峪迭盜造蚤燭が【救命】されたって。」「多くの田んぼが潤ったからね。」

高杉晋作◆頁鄲診酳館0005ろ)

753dcf9d.jpg4e58841a.jpg高杉さん、博多柳町へまたどうぞ! 博多柳町大門跡(博多区下呉服町)・・・晋作は、遅れて来た同志らと梅ヶ枝屋で合流。楼の裏から石堂川に降り、大濱海岸(現・那の津通り)を西へ対州藩邸まで1200メートルをジョギング! 藩邸で、待ち受けていた勤皇派御典医高取養 巴(ようは)らと、ひみつのミーティング。数日の後、奇兵隊の指揮を執るため(功山寺挙兵)、馬関へ。

e9171f5c.jpge7ee15b1.jpg今朝は小戸〜下呉服町〜室見河畔を一走り・・・本日の鼻歌:高杉晋作(山本譲二)

本日の走行距離:30辧帖崢蚕探魂茲里△襪里蓮」「高雄の【高山寺】だよ。」

宝島

b5c8207e.jpge80d1e4d.jpg能古島の南西の今津湾に浮かぶ無人島の宝島(ほうじま)は、日本三大宝島のひとつ(1つは鹿児島県のトカラ列島の「たからじま」だろうが、もう1つは不明)だそうだ…戦前には真珠が取れたとも言われ、15年位前にもあこや貝を採ったという話しがあるようだ。

dcfdb9e0.jpgdb507c38.jpg現在は福岡市漁協(浜崎今津支所)が所有し、住所は今津1番地で、松が松喰虫で枯れてしまい、現在は植樹して人手を加え復活中なのだそうだ…大潮の日の干潮時には歩いて渡れると言われているが、島でゆっくりしていて脱出できなくなった人もいるという。

a4da3d0f.jpgb35937e3.jpg今朝は朝補習の後、南米G練で糸島半島を半周してから、今津を散策…本日の鼻歌:宝島(コブクロ)

本日の走行距離:72辧帖屐數〇ま】で喪中だね。」「禁酒禁煙。」

城島酒蔵開き

1e28ca6d.jpg7ae914f8.jpg久留米市の城島町は筑後川の豊かな水の恵みを受ける肥沃な筑紫平野の真ん中に位置する…その良い水と米作りに適した土地柄から「酒どころ城島」と呼ばれるほどお酒造りが盛んな町で、兵庫の灘、京都の伏見、広島の西条と並ぶ酒どころとして有名なようだ。

8d86e13f.jpg753465bc.jpg筑後川の豊かな水、美しい大粒の筑後米、芳香を放つ日田杉、愛情こまやかな三潴(みずま)杜氏の技量、水運の便利さなどの利点に恵まれ、古くから酒づくりがさかんで、現在も9つの蔵元が個性あふれるお酒を醸し続けている・・・チケット12+6枚で冷酒を堪能した後、コイのあらいにウナギの白焼(絶品)とセイロ蒸を堪能。

116cd020.jpg5d562603.jpg今朝は愛宕通りの高速下のみ…本日の鼻歌: 筑後酒造り唄(米洗い唄)

本日の走行距離:18辧帖屐攵鏤、まさか蔵開き】してないよね。」「2月中旬だけだよ。」
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