2008年09月

2008年09月27日

おくりびと

みなさん、ご心配をおかけしましたが、
体調もだいぶ良くなりました。ありがとうございます。

今日は仕事の合間に、久々に実写の邦画を見てきました。
少し前から気になっていた「おくりびと」です。

珍しく、母と映画を観に行きました。
この映画を観たいなとは思っていたのですが、
母を誘ったのには理由がありました。

ここで書くのも初めてですが、
最近、私の母の父、私のおじいちゃんに、肺癌が見つかりました。
去年に癌で亡くなったのは、父方のおじいちゃんです。
今度は、母方の長崎に住むおじいちゃんの方に癌が見つかりました。

私の家も、おばあちゃんの介護などで、
バタバタしていたので、長崎のおばちゃんは、
数ヶ月その事実を隠していたようです。

長崎のおじいちゃんは、82歳ですが7月までは現役のお医者さんでした。
数年前までは、夜勤もしていましたし、とっても元気でした。
突然、7月に倒れて、一ヶ月の入院後、
今では自宅療養になっていますが、完全寝たきりになってしまったそうです。
今は、おむつですし、毎日お医者さんが点滴に来ているそうです。
ずっと元気で働いていたので、母も相当ショックだったと思います。
母の実のお母さんは、母が小学校低学年の頃病気でなくなっているので、
今では1人だけの、血のつながったお父さんなのですもの。

彩の家族も、交代で長崎までお見舞いに行く事になっています。
母は、その一件からすっかり元気がなくなって、
あまりご飯も食べてくれなくなってしまいました。
「いつかは来る日」と分かっていても、実際に目の前に近づくと、
それは本当に不安で怖いものですものね。

この映画は、あらすじしか知りませんでしたが、
人の死というものをゆっくり感じる、という意味では、
家族で観るのはいいかもしれない。と思って母を誘いました。
親子って不思議なものです。
「ねえ、ママ、今日時間あったら映画観に行かない?」と誘うと、
「おくりびと?いく。」と二つ返事。
なんと、まだ何を観に行く?とも聞いていないのに、
それを誘われると分かったらしく、自分も観たかったそうなのです。

映画は、人の死について向き合いながらも、
暖かさも、笑いも、シュールさも含んだ面白い作品でした。
そして、全編通してのメッセージは「死とは1つの通過点であり門である」
というものでした。
火葬場の職員さんは、自分の愛しい人が亡くなった時に、
発火のボタンを押しながらいいました。
「また、会おうの」(方言です)
死とは、永遠の別れではなくて、肉体的な別れであり、
魂の道の通過点。
私の、前世に対する感じ方ともとても似ていました。

主人公の納棺士は、その仕事の過酷さに最初は戸惑いながらも、
故人を綺麗にして、一番美しい形で送り届ける、その役目に
だんだんと責任と、仕事へのやりがいを感じて行きます。

いろんな人間の死のエピソードを交えた、素敵な作品でした。
中でも、私の好きなシーンは、
亡くなった旦那さんのおでこに、最後にわざと大きなキスマークを
付ける奥さん、そしてほっぺたにキスマークを付けるお孫さんのシーン。
たくさんのキスマークを顔中に付けたら、みんなで笑って、
お見送りをしていました。すごく暖かいシーンでした。

死とは、悲しいものだけど、
しっかりと、お見送りする勇気も貰えるような作品でした。

母は、映画の感想はあまり語らなかったけど、
家族でこの映画を観れてよかったって思いました。




私は、もし愛する人よりも先に死んだら、
最後に、生涯で一番愛のこもったキスをして欲しいって思いました。
もちろん、悲しくも逆になったら、そうさせて欲しいって思いました。

私の周りの大切な人たちへ

8650e5c5.jpg私の周りの大切な人たちへ
そしてこれを見てくれた全ての人たちへ


今日も居てくれてありがとう
今日も笑ってね
今日も泣いてもいいよ
なんでもいいよ

今日も居てくれてありがとう
今朝の空だよ

2008年09月17日

無償の愛

言葉でかくと短いけど、
これほどに深いものって無いのではないかと思う。
無償で、相手を思える事。本当の意味で。
そんな風に思える人に人生で出会えるのなら、
それはすごいすごい幸せな事だと思う。

ふとした事で、今日は、無償という言葉を感じた。
我が家には、今猫がが二匹います。
一匹は、もうおばあちゃん猫。私が拾った猫です。
この子は、私にすごいなついていて、いつでも近くに寄ってきます。
もう一匹は、弟が拾った猫。
まだ若い女の子です。
両方、子猫の時は私がお世話をしました。
餌付けも、トイレを教えたのも私です。
なので、両方本当に可愛いんです。

で、後者の猫は「てんてん」というのですが、
そのてんちゃん、お口の中がすごく腫れてしまい、
先日動物病院に連れて行きました。
病院へは、猫用のゲージ(かごのような)に入れて連れて行くのですが、
なかなか、そのゲージに入らず、てんちゃんもパニックになって、
なんとか、かごに詰め込んで、連れて行ったという状態になりました。
お口から、ちょっと異常な色の唾液が出ていたので、
こちらも焦って早く連れていかないと!と思ったのもありますが、
てんちゃんには、すごく嫌な体験だったんでしょうね。
病院では、借りて来た猫状態で大人しかったのですが、
帰ってから、私の事を100%避けるようになったんです。
もう、、目が合うだけで逃げる逃げる〜。
最初は、私もすぐ元に戻るだろうと思っていたんですが、
10日ほど経っても、彼女のご機嫌は治らず。。
もしかしたら、もうこのまま、近寄って来てくれないかも知れないな〜
と思うと、すごくすごく悲しくなったんです。
優しい言葉をかけても、前と同じように大好きなのに、
逃げてしまうんですよね。

だけど、、、私がてんちゃんを嫌いになる事はなくて、
心の愛情度数があるのならば、特に変化がない事に気付きました。
そして、大げさかもしれないけど「これが無償ってやつなのかな」って
思ったのです。ただ、そこに居てくれたらいいよ。
そんな風に思える、相手に要求するよりも、
その存在の愛しさの方が大きい感覚。
これが、そうなのかな^ー^って気付いたんです。
そう思うと、なんだか気持ちがす〜っとしました。

てんちゃんにとって、私がもう怖い存在として
インプットされてしまっても、
私は変わらず、てんちゃんの事が大好きな彩だよ。
そう思って、これからも一緒のお家ですごそうと思います。


2008年09月10日

セラピーで起こる事。

彩のインナーチャイルド、前世療法セラピーの、
・名古屋(10/2,3)
・東京(12/5,6)出張が決まっています。
個人セッションでの2時間枠のセラピーです。詳しくは、
オフィシャルウェブサイトをご覧下さい。
http://utanoame.net


先ほど、日記に頂いたコメントのお返事をしていて、
私もまたあらためて感じた事があるので、書かせて下さい^ー^
インナーチャイルドセラピー、前世療法、共に
最近よく、メールにていろんなご質問を頂いています。
ありがとうございます。
私も最初クライアントとして、訪れた時には質問だらけだったので、
ぜひ、質問やわからない事があれば、ご相談下さいね。
mail→ healing@utanoame.net

よく、セラピーこんな言葉を頂きます。
  「治してもらえますか?治りますか?」
私は、素直にお答えします。
  「私は心の旅のガイド役をさせて頂いています。」

セラピーでは、今のあなたの生活の中で感情面や肉体面で、
困ったなと感じたり、辛いなと感じている事の1つにスポットを当て、
その1つのスポットの感情の奥の奥を見て行きます。
感情を掘り下げるという作業を一緒にして行きます。
会話の中で行ない、クライアントさんの今「テーマ」となっている
事柄を見つけていきます。

困った事や辛い事が特にない場合でも、
ゆっくりテーマを見つけて行きます。何か、最近の一番気になる事。
というのがだんだんあぶり出されて行くような作業です。
この時点で、涙が溢れて来るクライアントさんもいらっしゃいます。
心の奥の言葉が浮上してきたからです、既にずっと隠れていた
感情が出て来ている場合が多いからです。
または、この時点で「なんでこのテーマなんだろう?」
と思われる方もいらっしゃいます。自分で選んで、しかもこれだ!って
何故か思ったのに、現状とは少し離れたテーマになる場合もあります。
これは、まだ心の中の氷の中に入っていて自分でも感じれていない
言葉たちが、セラピーを先行してテーマとして表面へ現れている場合です。

テーマが決まったら、実際に催眠に入り
インナーチャイルドセラピーは、主に幼少期の体験、
前世療法は、前世の人生の体験をして行きます。
これも、上手くいくとか、行かないとかはありません。
体験の仕方、感じ方も、10人十色です。
一度たりとも、同じようなセラピーになった事はないので、
正解〜なんてないという事です。
体験が鮮明であればあるほど、いいという事ではないのです。
映像が見えなくても、鋭い感情体験をされる方もいますし、
全て感覚で体験される方もいます。

人の心に、トラウマや傷が出来て、それが
魂の輪廻転生を越えて、または幼少期から今までの間ずっと、
分離した心(傷ついて離れてしまった心)や、心の中の深い闇として、
残っているとしても、
なかなか普段の生活の中では、自分ひとりで見つめれない場合も多いです。
それは、見つめるのは大変辛い事を思いだしたり、
もう過去の事なのに、フラッシュバックの度に、
その大波の中に飲まれてしまったりするからです。

「昔の事ってわかっているのに、なんで???」
みんなそう思います。私もそうでした。
何度いい聞かせても、心が分かってくれないような。
心と心が少し離れているような感覚。それが分離感です。
最初のテーマ決めの時も、度々こうおっしゃる方もいます。
「でも、あの体験はもう過去の事なので関係ないと思います。」とか
「自分も母になったので、あの頃の母の気持ちはわかるんです。」とか
それは、、、ほとんどの場合、わかったつもり、わかった事。
と頭で整理しておいて、その整理箱の中は、
ドロドロ、ぐちゃぐちゃ、、、という場合が多いようです。
頭で理解する事と、心で感じきっている事とは、違います。
セラピーでは、その心の部分に大きくアクセスして行きます。

だけど、、、、『ほんとうはどう思っていたの?』
そこが、セラピーのすごく大切な部分です。
その当時の本当の感情を、その当時の子どもや、前世のあなたが、
100パーセンに近い体験をする事で、
過去と今が、一本の筋で繋がります。
ほんとの気持ち、同士で繋がります。
だから、過去と今が繋がるのです。

心の中にある、悲しかった辛かった、闇の感情。
離ればなれになった分離の感情。
真っ黒や、真っ白(*1)の中に置き去りになっていたそれらの心に、
スポットライトをあてて、もう一度拾いに行く。
しかも、大切に、両手で、親身になってあなた自身が。
そして、その感情をどうしていきましょうか?
そして、その感情さんは、どうなりたいって思っているのかな?
そこから、ゆっくり心と心でコミュニケーションをとります。

これが、セラピーの中で起こって行く事の一部です。
暗闇にスポットを当てれるのは、あなただけだし、
それを両手で大切にすくいあげれるのも、あなただけ。
だから、セラピストはその道のりを終始見守り、
クライアントさんが迷った時、どう進めばいいか困った時、
アドバイスを差し上げたり、心と心の会話が円滑に進むように、
サポートをしていきます。

過去は、変えれません。
出来事は、そのままです。
だけど、置いてきぼりの心は、迎えにいけます。
そして、また1つになれると思うのです。

セラピーは、終わったら「おしまい」ではなくて、
やっとスタートだと思います。
1つになった心で、どう生きて行くのか。
セラピーの途中、あんなに自分の心を愛しく、大切に思えたように、
これからも自分の心に接していけるのか。
「もう1人にしないでね」ほとんどの分離されていた感情は、
最後に、こんな言葉を残してくれるのです。

「うん、もう1人にしないよ、ずっと一緒だよ」
心と心が、しっかり繋がった所から、
あなたの新しい一歩が始まります。
だから、いつもセラピールームから帰られるクライアントさんには、
心の中で「いってらっしゃい」と言うのです。


*1 真っ黒や真っ白とは?
心の中の深い闇の中にさまよう心は真っ黒の闇の中に心が潜伏し、
全てを受け入れきれなくなって自分を消失してしまうような体験の
場合は、真っ白の中に心が消えてしまう場合が有ります。

2008年09月06日

自由

あらためて、「自由」って字を頭に浮かべてみた。
「自」は自らって言う意味だよね。
ん〜、じゃあ「由」は?どういう意味だろう。
と思って、自由について調べてみた。

分かっているような事で、でも納得の答えがあった。

『自由』って、福沢諭吉がバティを訳するに際して、仏教用語より
「自由」という言葉を選んだそうなのです。
仏教用語での自由は、「自に由る」(おのずからに、よる)の意味から無我や自己責任の概念で使われる。転じて勝手気侭の意味とされる。

うん、、、、なるほどなあ。。
小さい頃、学校の先生が言った。
「アメリカの学校は、日本よりもずっと自由です。
 お菓子を持って来ても良いし、なんでも授業の内容も生徒で決めます。
 羨ましいかな?」
というような質問があって、ほぼ全員の生徒がもちろん
「めちゃうらやましい!!!」と声を揃えた。
そしたら、先生が言った。
「そう、自由って羨ましいですよね?だけど、そこには責任があるんです。
 他人に迷惑をかけない事や、クラスが上手く行くように話合い、
 お互いを思い合える心があるからこそ、自由が認められるんです。
 自由には、厳しさもあるんですよ。」
と言っていたのが印象的だった。
こどもながらに、自由とは楽なだけじゃないんだ〜と思った。


そう。自由とは、自ずからに由る。
だから私たちは、本来は自由なんだよ。
「自由が欲しい〜!」てよく聞くけど、
自らに由る。ならば、それもきっとその手の中にもともとあるんだよ。
規制しているのも自分、解放するのも、自分なんだろうな。

日本の漢字って奥深くて好き。
彩という漢字も私は大好き。

今日私はとっても自由にすごせたと思うよ。
だからすごく幸せ。
ゆっくりだけど、自分を知っていこうと思うよ。
そのままでいいよって、言ってくれる環境が、
今すごく嬉しいのです。

泣いてる、笑ってる、怒っている、悲しんでいる、
どれも、自らに由る。そのままでいい。



2008年09月03日

セラピーの事

最近、インナーチャイルドセラピーや前世療法についての、
ご相談や、心についてのご相談メールが増えてきました。
セラピーという言葉も、だいぶ広がってきたようにも思います。

オカルト的に捉えられる事が多かった、スピリチュアルという言葉も、
日常の中にあふれている事であり、
昔から人々の生活の根底にあるものだったりする。
つまり「生きる事って?自分らしくある事って?」と考えた時や
感じた時に、よく出て来る言葉になってきたかな〜と思います。

自分で、いくらテレビを見ても、本を読んでも、
「変わりたい」って思ってみても、なかなか自分の中にある
殻や、がんじがらめになった心には気付けなかったり、
または、思うようにいかなかったりもしますよね。

私も、自分で転換期というのを幾つも体験しました。
セラピーを受けて、そのセラピストさんにサポートしてもらい、
乗り越えてきた事もたくさんあります。
それは、セラピストさんがすごいのではなくて、
そのサポートを選んだあなた自身や、そしてその先、そのセラピーを
受けた事がきっかけで、自分の心とちゃんと向き合うように、
成長できたあなた自身の歩みだと思います。

私たちセラピストは、いつでも、
こうして出会ったクライアントさんに、
来てくれてありがとうございます。って思うのです。
自分と向き合うのは勇気もいるし、怖い時もある。
だけど、こうして、その場所に来て下さった事実が嬉しいし、
ただただ、自分の役目を全うしようと、思っています。

現在、大阪市内では随時セラピーを行なっており、
全国からの、電話セラピーでによるセッションも可能です。

○10/2.3には名古屋で出張個人セラピーを行ないます○
年内では、最後の名古屋出張になると思いますので、
ご希望の方はご連絡下さい。
セラピーについての、ご相談も、お待ちしています。
healing@utanoame.net

1セッション2時間となっております。現在の空き日程です。
10/2(木)3(金)共に 14:30〜/17:30〜/20:30〜です。
興味をもたれた方は、HP内の[Healing&Therapy]に体験談や詳しいご案内が
あります。お申し込みフォームもございますのでご覧下さい。

尚、東京の出張セッションも、年内に計画中です。
予定が決まりましたら、また日記にも発表いたしますね。

彩オフィシャルウェブサイト
http://utanoame.net

今日を生きる

今日、伝えたい事を伝えて
今日、行きたい場所に言って、
今日、食べたい物を食べて、
今日、触れたいものに触れて、
今日、泣きたいなら泣いて、

私の生は、今しかないのだもの。