全12回。 関連記事: 魔王「わたし、もうやめた」 1 2 3 4 5 6 7 魔王「世界征服、やめた」 1 2 3 4 5
魔王「んんっ……」
猛烈なノドの乾きを覚えて目がさめる。
窓に視線を向けると、空はまだ暗かった。
時刻は明け方と言ったところか。
身体を起こし、枕元に置いてあった水差しから水をコップに注いで一気に飲み干した。
魔王「んくっ、んくっ」
さすがに、ぬるい。
けれどノドは潤った。
元スレ
魔王「世界征服、やめた」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1338846241/
魔王「んー……」
首を回す。
どうやら頭痛は消えたようだ。
ベッドから降り立って、軽くストレッチをしてみる。
大丈夫。
どこも異常はない。
魔王「風邪は治ったか」
よしよし。なんのかんの言ってもやはり魔王のようだ。
身体の作りはそう軟じゃない。
魔王「さ、て」
どうしたものだろうか。
わたしは一体どれほど眠っていたのか。
記憶を遡るのも億劫なほど、便器とベッドに世話になった気がする。
それとアラクネにも。
魔王「完全に起きちゃったしなあ……」
どうしよう。
まさに自由の時間と呼べるのじゃないか?
こんな時になにをしたら良いかわからない、ってのは我ながら哀しいと思う。
それもこれも魔王的な教育を受けてきたからであって、余暇を楽しむとかそう言った……ああ、もう。
本を読むだとかその程度しか思い浮かばない。
魔王「むう……む? すんすん」
ん? んん?
なにか、匂う。
魔王「すんすん」
わたしだ……。
匂い。いや、臭いの発生源はわたし自身。
あまり喜ばしくない臭いが身体から立ち込めている。
汗と、あと、あれ。
口から出しちゃった感じの残り香が。ががが。
魔王「ああ……」
そうだ。
まずは湯浴みをしよう。
身体を隅々まで綺麗にして、髪も洗って。
ゆっくりと湯に浸かって身体を清潔にしよう。
それでもって、湯に浸かりながら今日一日をどうしようか決めようじゃないか。
うん。それが良い。
魔王「けってい」
さ、そうと決まれば浴場だ。
湯は常にはられている。
着替えを持って浴場へと足を運ぼう。
……。
…………。
………………
魔王「~~♪」
鼻歌交じりに、身体を洗う。
ブラシで背中を洗うのはとても心地が良い。
長い髪を洗うのは毎回面倒だと思うけれど、乾かした後に香る匂いは気に入ってるからまあよし。
サキュバスから貰った“ぼでーそーぷ”も匂いが素晴らしい。
魔王「ふはー」
湯に浸かると疲れが吹き飛ぶ感じだ。
さて、さて、さて。
魔王「今日はどうしようかなあ……」
む。
なんだか、湯に浸かったら少し眠たくなってきた。
いけない。
でも、ああ。なんだか、気持ち良いなあ。
魔王「うぐう……」
*魔王、入浴時に仮眠の為、場面が変わります。
Extra
┃
┠─ 1:狼と龍
┃
┠─ 2:首無しの得物
┃
┗─ 3:妖精の谷の幼子
NEXT >>20
20 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/06/05 21:08:05.43 b69PiwRIO 12/5091
─ 魔界 東方領 ─
周囲は完全に沈黙していた。
その場所で息づく者はただ一人。
果て無き屍の上で血にまみれ酔っている。
大地は竜族の血で穢れ、数多の命が散っていた。
???「あ゛ー……」
一人。声にならない声をあげる。
虚無。なにも感じない。
戦闘が一度終わってしまえば、いつもこうだった。
???「うう……」
記憶がない。
死屍累々と積まれたものを見れば予想はつく。
またやってしまったのだろうと彼女は判断する。
興奮が醒め、意識が戻るとまた東へと舵をとった。
彼女が探しているものは“剣”だった。
頑丈なだけが取り得の得物。
長大な大剣。
それがどのタイミングでなくなったのかも記憶になかった。
気付けば手からその得物がなくなり、戦闘が全て素手で行われるようなった。
手が汚れてしまう。
前身が返り血で染まっている身分でなにを言うかと思うが、彼女なりの考えがあってのことだった。
???「剣……剣……きっと、あっちで落としたんだ……」
得物越しに叩き潰れる、肉の感触が好きだった。
素手では味わえない、骨の砕ける感触が心地良かった。
戦闘でしか満たされない彼女にとって、攻撃方法が素手に限定されることは好ましい状況と言えない。
いったい、いつからこうなってしまったのだろう。
遠い記憶を遡れば、兄と楽しく遊んでいた時代もあったはずだった。
強く、大きく、尊敬できる兄。
もう何年も何年も会っていない。
会える訳がない。
──会えばきっと、殺してしまう。
きっと楽しい。
お兄ちゃんと戦えば、どんなに心が躍ることだろう。
殺せるだろうか。
殺してくれるだろうか。
だめだ、だめだ、だめだ。
同胞で殺しあうなんて、だめだよ。
彼女の中で渦巻く葛藤。
抑えきれぬ衝動。
色濃く出てしまった、狂戦士としての血。
それが彼女の不幸だった。
???「お兄ちゃん、元気かなー……」
うろうろと東へと歩みを進める。
不思議だった。
そこいらから竜族の気配を感じる。
まだまだ頭数はいるのに、襲ってこない。
歩いても歩いても、竜族は牙を向いてこなかった。
???「……」
そうこうしている内に辿り着く。
魔界の深遠。
魔界東方領。領主ヨルムンガンドが住まう“龍の塒”へと。
─龍の塒─
そこは随分と不思議な空間だった。
荒野を越え、渓谷を越え、さらに歩き開ける場所。
谷の奥深くにぽっかりと出来た大きな空間。
暗く、深く、奥は見えない。
行き止まりであるはずの谷の終焉。
そこには巨大な闇が広がるばかりだった。
???「……」
谷の入り口で立ち尽くす狂戦士。
“門番”の対応を待っていた。
──来たか。
???「……」
闇の合間から、瞳が現れる。
巨大な空間に現れる巨大な瞳。
それは“龍王”であるヨルムンガンドの瞳であった。
ヨルムン「久しいな……」
???「……」
ヨルムンガンドの身体は魔界に存在しなかった。
巨大すぎるその身体は自身すら全長がわからぬほどの大きさである。
その全てを顕現したのであれば、魔界がヨルムンガンドの身体によって飲み込まれてしまう可能性すらあった。
“龍王”は自らが作り出した空間へ身体を押し込み、こうして瞳と声だけをこの谷間から覗かせている。
巨大すぎる瞳ですら、外界から見えるギリギリのサイズへと変換して投影している。
“龍王”ヨルムンガンドはそれほどの大きさだった。
ヨルムン「狂戦士……ベルセルクよ。如何な用でここへ来た」
ベル「向こう、行きたくって……」
──ベルセルク。
幼き日は“ベル”と呼ばれた少女の名前だった。
人狼族の娘と会うのはこれで二度目だった。
一度目。もうどれだけ前のことかはわからないが、彼女は今ほど狂ってはいなかった。
狂える戦士の宿命を持つ狼。
彼女はその戦闘衝動を抑えることが出来ないと自覚していた。
そんな彼女が選んだ行動は、生まれ育った大地を離れること。
共に生きてきた兄や一族から離れて生きることを選択した。
──生きる。否。
彼女は死ぬ為にこそ、その地を踏みに行ったのかもしれない。
ヨルムン「(まさか“成る”とは……)」
確かに以前会った時も彼女の強さは郡を抜いていた。
けれどもそれは種族の持つ力。その輪に納まる程度の力量。
“地獄界”で永らえるほどの力を持ってはいなかった。
しかしどうだろう。
今、また対峙している者は別種と言えるほど力をつけている。
種族の限界を破り“成って”しまった。
王に届きうる牙を彼女は手にしている。
ヨルムン「……」
ベル「どいて、欲しいな……」
自らの意思で向こう側へと渡った彼女がどうして魔界へと戻ってきたのか。
理由はわからない。
恐らくは混濁した意識の中で、自然と魔界へと足が向いてしまったのだろう。
魔界から地獄界への扉は一箇所だが、向こうからこちらへ出るための道は幾つか存在している。
ヨルムン「(一体、どれほどの悪魔を屠ったのか……)」
ベル「……」
ぼーっと、まるで酔っ払っているかのように彼女はふらふらとしていた。
全身に纏わりつく竜族の血で酔っている。
我が子らの攻撃を止めねば、今頃はさらなる竜の屍が谷を埋めていたに違いない。
危険極まりない。
彼女はただただ死を撒き散らす存在になっている。
ヨルムン「良いだろう……」
ベル「や、ったー」
幸いと言うべきか、彼女は興奮状態ではない。
“龍王”と呼ばれるヨルムンガンドに牙を向く気はないようだった。
強き者には猪突猛進するはずの狂戦士がヨルムンガンドに反応しない理由。
それは彼の身体がどの世界にも属してないことを、本能で察知したからに他ならない。
引き裂こうにも身体がない。
食い破ろうにも身体がない。
実体無き強者。
それが“龍王”ヨルムンガンドであった。
ヨルムン「願わくば、二度とこの地に足を踏み入れて欲しくはないものだ……」
ベル「……」
ヨルムンガンドが“座して”いた地を離れる。
ゾゾゾ、と音なき音が渓谷に響き鳴る。
谷の終焉を覆っていた異空間が消え、そこにある本来の姿が顔を見せる。
魔界から地獄界に通じる巨大な“穴”だった。
この穴に蓋を出来る者など、どの世界を探してもヨルムンガンド以外にいない。
彼は遥か昔からこの扉を管理する門番であった。
ベル「……」
ふらふらと穴に近寄る。
なんの躊躇いもなしに、彼女は地獄界へと身体を落としていった。
己が剣を見つけるために、見当違いも甚だしい地獄界へと舞い降りる。
彼女の剣はアンデッド族の“デュラハン”に盗まれ、今は魔王城に保管されていた。
しかしこの勘違いは僥倖と言えた。
万が一、彼女が魔王城に剣があることを知れば魔王と相対することは目に見えている。
魔界最強である魔王と対峙し、血が騒がぬはずがない。
種族の限界を破り“成った”彼女の力と、魔王の力。
激突すれば、魔界が揺れることは間違いなかった。
けれども両雄が激突することはもうない。
狂戦士ベルセルクは再び地獄界へと足を踏み入れたのだから。
──ゾゾゾ、ゾゾゾ。
再び谷の終焉にヨルムンガンドが座し“龍の塒”には静寂が戻った。
プリン。
それは昔、一度だけ食べたことがある甘くてぷるぷるした最強に美味しい人間界のお菓子。
それがバケツサイズで目の前に現れた。
素敵だ。素敵すぎる。
わたしは嬉しくって、それにかぶり付きたいんだけど身体が動かなくって
もどかしくって。
ううん。ううん。
熱い。身体が熱い、動かない……。
ううん。
──ま。
ふわふわする。
最近、こんな感じを味わってばかりのような気さえする。
──さま?
ああ、なんでプリンに辿り着けないんだろう。
プリン。プリン。ああ、プリン食べたい。
魔王「──ぷりんっ!!」
あ。
目が覚める。
アラクネ「もう」
気が付くとわたしは全裸で床に敷かれたタオルの上にいた。
身体が妙に熱い。
ああ、そうか。なるほど。
わたしは……はあ。参った。
呆れ顔を作るアラクネと、脱衣所の隅でわたしを心配そうにみつめるスライム娘たち。
わたしは全裸で、脱衣所にいる。
風呂に入ってて気持ちよくって……。
魔王「……世話をかけた」
アラクネ「まったくですよ」
湯船に浸かりながら眠ってしまい、挙句の果てにのぼせたようだ。
どんどん魔王としての威厳がなくなっていってる気がするのは、きっと気のせいじゃないだろう。
アラクネ「マグマの中でも活動出来る魔王さまがのぼせたなんて、報告を聞いたときは耳を疑ってしまいましたよ」
魔王「言い訳の弁もない……」
ああ、そうとも。
魔王ともなれば、その気になればマグマの中でだって活動できる。
けれども風呂と火山の火口とでは勝手が違うだろう。
リラックス状態で入る湯船。
脱力しきっていれば魔王だって湯当りの一つもするさ。
……と言ってもだ。部下の前で醜態を晒したのは事実。
くそう。
アラクネには借しを作りっぱなしだな。
アラクネ「さあさ、気が付かれたのならお召し物をどうぞ」
魔王「ん」
パリっと綺麗に畳まれた下着と魔王着。
それに袖を通そうとした時だった。
──魔王様はここかっ!!
入り口でこちらを伺っていたスライム娘たちを押し退け脱衣所に侵入してくる不届き者。
おいおい。穏やかじゃないなあ。
アラクネ「大臣!? ここは脱衣所ですよ! 魔王様はまだお召し物を──」
ガーゴイル「そんなことを言ってる場合ではないっ!」
血相を変えて(と言っても石像だから相なんてないけれど)飛び込んできたガーゴイル。
何時になく口調が荒く、本当に焦っているようだった。
わたしは下着を穿くのをやめて、
魔王「アラクネ、よい。ガーゴイル大臣、なにかあったか?」
アラクネ「なにが良いでんすか! ああもう、せめて下着だけでも……」
アラクネはわたしの裸体をガーゴイルに見せたくないのか、必死に身体を隠そうとタオルを巻いてきた。
別に裸を見られたからといってどうと言うものでもないのに。
ガーゴイル「人払いを」
魔王「ここは謁見の間じゃない、脱衣所だ。魔王であるわたしが許す、言え」
もう、面倒くさい。
急いでるんでしょう? さっさと用件を言って欲しいんだよね。
ガーゴイル「……」
魔王「なにがあった?」
ガーゴイル「巨人族が──」
──巨人族が、魔界からの独立を宣言いたしました。
脱衣所の時が止まる。
わたしの裸体を隠す為に持たれたアラクネのタオルが落ちた。
魔王「独立……?」
ガーゴイル「先ほど、巨人族どもの棟梁……“ヘカトンケイル”の部下の者がそう宣言して参りました」
独立? 嘘でしょ?
これから平和にやっていこうねって、魔王であるわたしが決めたばっかりなのに。
独立。独立だって?
冗談じゃない。
そんな勝手が許されるはずないじゃないか。
魔王「……」
ガーゴイル「魔王様、すぐに謁見の間へ。対策を立てませんことには……」
魔王「わかった」
ガーゴイル「“ヘカトンケイル”は長兄様の非ではございませぬゆえ」
魔王「わかっている」
巨人族。
魔界でも個体数が少ない稀有な者たち。
どの“四王”領にも属せず、魔王領にも属さない。
魔王に忠誠を誓っている訳でもなく、ただただ彼等は棟梁である“ヘカトンケイル”に従い動いていた。
それでも前代魔王……父の下に付いていたのは、きっと父の人格だのなんだのが原因なのだろう。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
いつかはちゃんと話しを付けなきゃなぁ、とはわたしだって思っていたさ。
ただ今の今までなにも言ってこなかったし。
兄様や姉様のがうるさいから、そっちをゆっくりと片付けてからかなぁとか。
“四王”とも色々話さなきゃとも思ってたし。
まさか独立とか訳のわからないこと言い出してくるだなんてコレっぽっちも……。
魔王「……」
うう。
うう! うう! 面倒くさい……!
もう! もうもうもう、止めてよ。そんな面倒くさいことは。
なに考えてるの。
脱衣所でしゃがみこんで転がりたくなる衝動をどうにかこうにか抑えた。
動揺で声が震えないよう搾り出すように、
魔王「ガーゴイル。謁見の間で待っていろ。すぐに行く」
魔王であるわたしは、そう大臣に告げた。
巨人族の長。
“ヘカトンケイル”の使いがやって来たのはわたしが風呂で伸びている頃合だった。
使者は単眼の巨人“キュクロプス”。
突然の来訪者に対応したのは説明するまでもなく、大臣のガーゴイル。
巨人が魔王城を訪れることなどまず、ない。
それだけで異常事態だ。
だからこそ、大臣であるガーゴイルが対応した。
魔王「……」
脱衣所から大急ぎで着がえて玉座に座り、事の顛末を耳にする。
ああ、もう。
ガーゴイル「ヘカトンケイルは本気のようです」
魔王「やはり、気に入らないのか」
ガーゴイル「そのようで」
参った。
まさか魔界からの独立を……だなんて。
なにを考えて──いや、わたしが気に入らないのだろう。
わたしが、と言うよりもわたしの下した命令が。
魔王「むう……」
ガーゴイル「ヘカトンケイルの実力は、有体に申し上げれば前大魔王様と同格でございます」
魔王「……」
そう。
問題はそこなのだ。
ヘカトンケイルは前大魔王と喧嘩友達。
そう言った位置付けの人物らしく、性格も面倒くさいと聞いている。
兄様のように力尽くで……どうにかなる相手ではない。
魔王「戦ってはいけない、と」
ガーゴイル「“魔王剣”を使えばあるいは……しかし、勝てたところで魔王様の消耗が激しすぎます。対策を立てる必要が」
戦って勝てたところで、他に問題が出てくる。
ヘカトンケイルの独立宣言はすぐに魔界中に広がるだろう。
するとどうだ。
“四王”はどう思う。どう動く。
やつらの中にはわたしを芳しく思ってない者もいる。
“死王”やら“魔人王”あたりなら、ヘカトンケイルと戦い消耗したわたしを狙ってくる可能性すらある。
かと言ってヘカトンケイルを放っておけば他の王たちも独立を宣言するやもしれない。
正直、参った。
魔王「どうしよう……」
ガーゴイル「魔王様。お気持ちは察しますが、しっかりして頂かないことには」
魔王「……」
ガーゴイル「我々の長は貴女様なのですから」
うう……。
これが、のんびりと過ごしたツケ。代償とでも言うのだろうか。
そんな馬鹿な。
ちょっと引き篭もっていただけじゃないか。
ちゃんと兄様には釘を刺したし、強めにアピールしたせいか姉様からの手紙もパタリと来なくなった。
わたしはきっちりと魔王らしい仕事をこなした。
だから間違いはない。
間違いはないはずなのに……。
魔王「(なんでこんな目に……)」
ガーゴイル「対策を考えましょう」
魔王「あ、ああ……」
対策を考えると言ったってどうしたら良いんだろう。
なあんにも案なんて出ないのだけど。
ガーゴイル「いくつか案はございますが」
魔王「……あるの?」
ガーゴイル「ええ。どれも得策とは言えませんが」
魔王「よい。言ってみろ。案の長所と短所も一緒に」
ガーゴイル「はい。ではまず強攻策の方から──」
なるほど。
ガーゴイルが一つ目に提案した事柄は文字通りの強攻策だった。
力尽く。
まず、わたしの敵になりそうな“敵”を叩く。
直接的な表現をガーゴイルはしていなかったけれど、多分“死王”と“魔人王”のことを言ってるんだと思う。
──を、叩く。叩いてしまう。
それから巨人族。ヘカントンケイルとの戦いに望むと言うもの。
だけどさ、これってさ、あれだよね。
もう戦争じゃん。それ。
魔王「……」
ガーゴイル「恐らくこれを実地し成功した後、魔界は魔王様の完全なる統治下となるでしょう」
魔王「だろうね……」
ガーゴイル「しかし、幾つかの種族から恒久的に恨みを買うことにもなります」
魔王「そりゃあね……」
ガーゴイル「ですので。お勧めは出来かねます、最終手段とでも思って頂ければ」
魔王「わかった」
二つ目の案。
それは足元を固めると言うものだった。
親王派である“獣王”と“龍王”に話しをつけて、我が軍の力を強固なものとする。
なんだったら魔王城近辺を強く固めてしまっても良いかもしれない。
然るに、わたしが直接ヘカトンケイルを──。
魔王「ちょっと待て」
ガーゴイル「はい?」
魔王「結局、わたしはヘカトンケイルと戦わなければならないのかな」
ガーゴイル「巨人族を止めたいのであれば……」
魔王「……」
ガーゴイルの予想だと、ヘカトンケイルはわたしの言うことに耳を傾けたりはしない。
平和的な解決は不可能。
だとすれば、やつを見逃し好き勝手にやらせるか。
戦って勝つかの二択。
好き勝手にやったからと言って、人間界をいきなり滅茶苦茶にするようなやつではない。
けれど、それを許せばその行為……独立に走る他の魔物が続出する可能性があるとガーゴイルは言っている。
ガーゴイル「問題はヘカトンケイルの強さでございます」
魔王「そんなに強いのか」
ガーゴイル「……」
ガーゴイルが黙ってしまう。相当な強さなのだろう。
“魔王剣”がなければ、きっと今のわたしでは勝負にならないほどに。
魔王「どちらにせよ、衝突は避けられないと……」
ガーゴイル「はい」
どうやら、どう転んでも戦いは避けられないらしい。
しかも相手は魔王級の強敵。
あまりのんびりと考える時間はなさそうだし、早々に色々と決めてしまわなければならないようだ。
魔王「さて……」
どうしたものかね。
面倒だ。面倒でならない……。
平和で、だらだら過ごすだけの毎日が欲しいだけだったのに。
人間界へ降り立ち、甘い物でお腹一杯になりたいと思っただけなのに。
わたしの周りには面倒ごとしかないのだろうか。
いくら考えても妙案など浮かぶはずもなく。
魔王「大臣」
ガーゴイル「はっ」
魔王「この件に関しては慎重に考えて決めなければならない」
ガーゴイル「はい」
魔王「時間がないのも、まあわかっているつもりだ」
ガーゴイル「……」
魔王「近いうちにどうするか決める」
ガーゴイル「あまり悠長にしている時間はございませんよ」
魔王「わかっている。わたしも珍しく、心底困っているからね」
決めた。
この問題が片付いたら、一度人間界へ足を伸ばそう。
自分へのご褒美として……。
それ位を考えないと、わたしのことだから放り投げて逃げ出してしまうかもしれない。
頑張りたくない。
頑張りたくないけれど……。
魔王「(ヘカトンケイルかあ……)」
強敵と言える相手と対峙しなければならない。
自身が負ける。死ぬ危険がとても高いと言うのに。
わたしは自身の気持ちが高揚していることに気付き、少しだけ恥ずかしくなった。
──そして。
ほんの少しだけ時間が流れた。
具体的に言えば、一晩だけ。
ガーゴイルすらいない謁見の間。その玉座に座り、わたしは考えた。
どうすれば良いのか。
どのように行動すれば、一番の成果を得ることが出来るのか。
“ヘカトンケイル”との激突を避けることは不可能。
これだけは変わらない。
で、あればだ。
魔王「周囲をどうするか……」
“死王”と“魔人王”を駆逐するのは簡単だ。
わたしが自ら赴き、居城ごと消滅させてしまえばそれで終わる。
魔王「……ヘカトンと闘う前に、疲れるのはなあ」
正直、無駄な魔力消費は抑えたい。
それにちょっと暴力的すぎて、わたしの好みでもない。
魔王「……」
いくら考えても妙案など出てこない。
結局のところ“龍王”と“獣王”側に依頼して“死王”と“魔人王”を牽制するしかない。
魔王「はあ」
大きく溜息を一つ吐く。
実にわたしらしくない。
こんな夜更けに一人、玉座へ腰を下ろしてるのもそうだけれど。
気に入らない。気に入らないよ。
魔王「……」
ガーゴイルの出した案を採用する以外、策は思い浮かばなかった。
一瞬、魔王城地下に居る堕天使……“アスモデウス”に力添えを頼もうかと思ったけれど。
魔王「はあ。時間の無駄だ」
軽くあしらわれるのが目に見えている。
やつとはそう多く言葉を交わした訳ではないが、なんとなしに人物像は把握出来ているつもりだ。
魔王「“龍王”と“獣王”が協力をしてくれなかったら……」
その時はどうしよう。
ああ、もう良いや。
どうにでもなれ、だ。
魔王「……」
一人だけの謁見の間。
色々と考えを巡らせてはみたものの、わたしの頭は“ヘカトンケイル”のことで一杯だった。
両目の奥が熱い。
瞳に宿る熱の正体を考えることもなく、わたしは玉座で夜を明かした。
……。
…………。
………………
ガーゴイル「魔王様」
魔王「……」
ガーゴイル「魔王様」
魔王「……ん」
なんだよ、人の部屋に勝手に入って──。
ガーゴイル「魔王様、昨晩はお一人で?」
魔王「……」
そうか。
昨日は一人で玉座で。
魔王「……の、ようだな」
大きくあくびをしてガーゴイルの問いに答える。
普段であれば、はしたないと怒られそうなものだが今日に限ってガーゴイルは口煩くしてこなかった。
ガーゴイル「なにか案は浮かびましたか?」
魔王「いや。結局はお前が出した案しかないようだ」
ガーゴイル「左様で」
魔王「“龍王”と“獣王”が協力してこなかったらどうしよう?」
ガーゴイル「……」
やはり懸念はそこだった。
魔王「雑兵がいくら攻めてこようと、魔王城が落ちることはないだろう。従者たちも弱くはない」
ガーゴイル「はい。ですが万が一、“死王”や“魔人王”が自ら乗り込んできたとなると……」
魔王「アラクネやスキュラの手に余る」
そう。
問題はそこなのだ。
“龍族”と“獣族”が協力してくれたとしても“ヨルムンガンド”と“ベヒモス”自身が出張ってくれないと万全ではない。
“ヨルムンガンド”はその巨体さから、本体に出向いて貰うのは難しいけれど……。
“ベヒモス”は来てくれるだろうか。
ううん……。
正味な話し、来てくれないとわたしは思っている。
だって、なんにも交流をしていないんだもの。
親王派と言われるだけあって、敵対はしないと思うけれど自身が駆けつけるほどの親密さもない。
これも、ぐうたらしていたツケなのだろうか。
一度や、二度位は顔を出すなり出させるなりして交流を深めればよかった。
いや。なんにしても後の祭りか……。
魔王「……」
ガーゴイル「如何なされました?」
ちょっと閃いた。
魔王「ガーゴイル」
ガーゴイル「はい?」
魔王「ガーゴイルは魔王城で居残りね」
ガーゴイル「……はい?」
魔王「巨人の元へは、わたし一人で出向くから」
ガーゴイル「……はい?」
魔王「なんだ。これで解決じゃないか」
一人で納得する。
いたいた。
居るじゃないか。
一番身近に。
“四王”に対して切れるカードが。
頼れる切り札が。
ガーゴイル「な、なにを仰って……」
魔王「巨人共はわたしが一人で相手をしてやる。だから、ガーゴイル。お前も一人で“四王”を相手しろ」
と、言うことだよ。
ガーゴイル「……なっ」
ガーゴイルのことだ。
兄様の城へ出張った時のように、わたしに付いて来るつもりだったのだろう。
なにせ相手は前代魔王と同格の巨人。
大臣として、その戦いに付き従わない訳にはいかない。
しかし、だ。
そんな楽は許さない。
こんな大変な面倒ごとなんだから。
一緒に味わおうじゃないか。
魔王「ねえ、大臣?」
ガーゴイル「……」
有無を言わさぬわたしの決定。
岩石で出来た顔をしかめて、ガーゴイルは「はあ」と大きく溜息を吐いた。
──どうする。
暗がりの中。
一人の男が声を発した。
影は二つ。
まるで秘め事のように声を潜め、男共は会話を交わしている。
アルカ「……」
片方の影は“魔人王”の称号を持つ、魔人族の長。
吸血鬼“アルカード”だった。
その吸血鬼に語りかけるは人狼の長。
王狼と呼ばれ、アルカードの片腕と称される者であった。
王狼「“ヘカトンケイル”の独立宣言はすでに魔界中へと響いている」
アルカ「……」
アルカードは答えない。
王狼に問われるまでもなく、打つべく最善の手を常に考えているからだった。
王狼「これは好機だ。あの小娘以外にヘカトンケイルと渡り合える者などそう居はすまい」
王狼の言ってることは全て正論だった。
魔王とヘカトンケイルの激突。
これは避けられない。
で、あれば。どちらが勝利するにせよ、生き残った方は多大なダメージを受けることになる。
これを期とし、魔王城を占拠。
その後、魔界の王として君臨する道筋は簡単に見えていた。
アルカ「……」
王狼「一体なにが気がかりだと言うのだ」
一向に口を開かない旧友に対し、王狼が苛立ち混じりで言葉を吐いた。
アルカ「なあ、どちらが勝つと思う」
静かに。
アルカードが口を開いた。
──どちらが勝つか。
魔王とヘカトンケイル。
アルカードは双方が激突し、どちらが勝つかを王狼へと尋ねた。
王狼「……難しいな」
それに対し、王狼は素直に答える。
まるで想像出来ない。
魔王には“魔王剣”がある。
しかし、ヘカトンケイルの実力は魔界中に轟いてもいる。
甲乙つけ難い。と言うのが本心であった。
だからこそ、どう決着が着こうと双方が無傷なはずがない。
そこに付け入るチャンスがあるのだと、王狼はそう思っていた。
アルカ「……ことはそう単純じゃない」
王狼「……」
アルカードの口調は重々しく、何時に無く慎重だった。
アルカ「魔王の力は正直、未知数だ」
王狼「だが、ヘカトンケイルの力は折り紙つきだ」
アルカ「わかっている。わかっているが……それでも──」
言葉が止まった。
魔界での覇権を握る。
これは、アルカードと王狼が幼少時より夢物語として語っていた内容であった。
現在、二人は“魔人族”と言う種のトップに座している。
夢物語が夢で終わらぬ位置にまで手が届こうとしている。
けれど。
アルカ「……」
アルカードの本能が警笛を挙げていた。
動くときではないと、本能がそう告げているのだった。
王狼「……お前の危惧していることは理解しているつもりだ」
反乱失敗のリスク。
魔王が巨人との抗争に勝利し、反旗を翻した魔人族をも蹴散らした時。
一体、どのような罰を“種”として架せられるのか。
有体に想像するのであれば根絶やし。
ここで“魔人”と言う種が潰える可能性すら出てくる。
アルカ「王狼。今回の件では、魔人族は動かない」
王狼「……」
想像通り。
いや。王狼としては想像を裏切って欲しかったのだが、アルカードは期待を裏切るような答えを出す男ではなかった。
アルカ「時ではない。王狼、私は何時も口を酸っぱくして言っているな?」
王狼「……」
──魔王を倒すのは“人間”だと。
アルカ「だから、今は時ではない。静観こそが、正しい選択なのだ」
そう静かに告げ、話しに終止符を打った。
……。
…………。
………………
──カカカッ!
これは愉快。
とばかりに快声が響いた。
その空間では無数の、数多なる亡者が呻きを挙げている。
笑い声の主は“死王”である“リッチ”であった。
リッチ「フフッ、フフッ」
笑いが止まらない。
リッチがこんなにも感情を押し殺さずに笑ったのは、幾百年ぶりかと言うほどであった。
リッチ「良いねえ……良いねえ」
部屋には亡者の魂のみが存在し、右腕となる“ワイト”の姿も見当たらなかった。
たった一人、リッチは愉悦に浸っている。
リッチ「まさか“ヘカトンケイル”がねえ……クフフッ」
リッチは知っている。
ヘカトンケイルの実力を。
いくら“魔王剣”を使おうが、あの小娘ではまだ勝てない。
そして両者は激突する気でいる。
愉快でたまらなかった。
リッチ「ようやっと、あたしに運が回ってきたようだねえ……」
肉のない顔がほくそ笑む。
魔界中に散らばせた“グール”の情報によると“魔人族”に動きは見られない。
“龍族”も“獣族”も主だった行動は見受けられない。
つまり、此度の紛争で動く気で居る種族は自らを除き皆無であることが伺い知れた。
リッチ「フフッ、フフッ……“魔人王”は存外と肝が小さいようで助かったねえ」
思考を巡らせる。
増殖させ続けた“死霊兵”の総数。
それを束ね、単機の力を尖らせるために製作した“デュラハン”の仕上がり。
リッチ「あたし自ら赴く日が来ようとはねえ……」
笑いが止まらない。
ヘカトンケイルを討伐する為、魔王は実力者を連れ城を空けるだろう。
そこへ総攻撃を仕掛ける。
なんとも愉快だった。
いとも容易く魔界を手中に収めることが出来るのだから。
リッチ「デュラハンのレベルも十二分に上がってるしねえ……」
乾いた笑いが木霊する、死者住まう閨。
そこには勝利を確信する不死者が一匹。
魔界の王たる自分を想像し、ニタニタと紫煙を燻らし愉快に笑みを零していた。
※全12回。 関連記事: 魔王「わたし、もうやめた」 1 2 3 4 5 6 7 魔王「世界征服、やめた」 1 2 3 4 5