※前スレ:PART.1
○
男「待って、幼」
幼「・・・・・・」
男「着いたよ」
幼「ここが・・・?」
男「うん」
幼「え、でも、ここって・・・」
男「中に入れば、わかるから」
元スレ
男「ぼくには、幼馴染がいる」
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/14562/1351683411/
ガチャッ
男父「いらっしゃい・・・って、なんだ。オマエか」
男「ただいま、オヤジ」
男父「店の方から入ってくるなんて珍しいな」
男「まあね」
男父「どうした、パパのコーヒーが飲みたくなったか?」
男「よく言うよ」
男「・・・どうしたの? 入ってきなよ」
男父「なんだ、友達を連れてきたのか?」
男父「言っとくが、友人だからとサービスしたりせんぞ?」
男父「ちゃあんとオマエの小遣いから引いておくからな!」
キィ・・・
男「まったく、しっかりしてるよ」
幼「・・・・・・あの」
男父「おや、きみは・・・」
幼「わ、わたし・・・・・・」
男父「ふふっ。幼ちゃん、だろう?」ニコッ
幼「! は、はい! そ、そうです・・・っ」
男「・・・・・・」
男「オヤジ、よくわかったね?」
男父「すぐにわかったともさ。ぜんぜん変わっとらんからの」
男(変わってない?)
男「どこに目を付けてるんだよ。幼はこんなに・・・」
男父「見た目の話をしてるんじゃない。オマエこそ、どこに目を付けてる?」
幼「お久しぶりです・・・おじさま」
男父「ああ。大きくなったね」
幼「はい」
男父「それに、綺麗にもなった」
幼「そんな・・・」フルフル
男父「こっちへは、いつ戻ってきたんだい?」
幼「四日前です」
男父「そうか。男とは?」
幼「同じ、クラスになりました」
男父「ほお! そりゃ、男は喜んだろう?」
幼「えっ・・・・・・」
男「おっ、オヤジ!!」
男父「狭い店でなんて声出しやがる」
男「頼むから、余計なこと言わないでよ」
男父「このワシの親心がわからんとは嘆かわしい」
男「そりゃ、けっこうなことだよ」
男父「親の心、子知らずとはよく言ったもんだ・・・幼ちゃんは、こんなロクデナシにならんようにな」
幼「あの・・・は、はい・・・」
男「幼、無理に話を合わせなくていいよ?」
幼「そんなことない・・・」
男父「たしか、男からは東京へ行ったんだと聞いていたが・・・」
幼「はい。白百合に通っていました」
男父「戻ってきたのは、お父さんの仕事の都合でかい?」
幼「・・・・・・そう、ですね」
男父「お父さんは、元気にしてるかい?」
幼「はい・・・とても」
男「オヤジ・・・っ」
男父「ん?」
男「・・・・・・」
幼「・・・・・・」
男父「・・・幼ちゃん」
幼「はい」
男父「よかったら、ウチのやつにも、顔を見せてやってくれんか?」
幼「もちろんです、是非そうさせてください」
男父「せっかく幼ちゃんがこうして顔を見せてくれたんだ」
男父「本当なら、こっちが出迎えてやらにゃいかんのになぁ」
幼「そんな・・・とんでもないです」
幼「おばさま、どこか具合を悪くされてるんですか?」
男父「ああ、いやいや。そういうわけじゃないんだ」
男父「・・・男、オマエが案内してやれ」
男「うん、わかってる」
男「幼、こっち。裏から出て、ぼくの家に上がるから」
幼「うん」
男「そこ、段差になってるからね。気を付けて」
幼「うん」
男「・・・・・・」
幼「・・・驚いたわ」
男「え?」
幼「お店のこと」
男「ああ、うん・・・」
幼「いつから?」
男「オヤジとオフクロが、舞台役者をやってたって言ったことあったっけ?」
幼「男から、聞いたことあるわ」
男「まあ、年季もあるしね。そこそこ有名な役者だったらしいんだけどさ」
男「・・・幼が引っ越したあと、そんなに経たないくらいかな」
男「二人して、体を痛めてさ。それまでも、しょっちゅう無茶してたみたいで、頃合だったんだろうね」
男「『役者は引退して、明日から自営業をはじめる』って」
幼「それで・・・喫茶店?」
男「オヤジのことだろ? ぼくは八百屋でもやるもんだと思ってたんだ」
男「でも、オフクロがどうしてもやりたいんだって」
男「『ソレイユ』。意味は・・・」
幼「・・・『太陽』」
男「! そう、太陽・・・」
男「店の名前から、内装・・・使う食器まで全部オフクロが用意してさ」
男「・・・もう一つの夢だったんだって」
幼「・・・・・・」
男「っていってもだよ? オヤジもオフクロも素人だったから、ぼくは不安だらけだった」
男「二人とも必死に勉強して、なんだかんだで、開店するまでに半年かかった」
男「ぼくは、脇で見ているだけだったけど・・・オヤジもオフクロも、ずっと笑顔だった」
男「オフクロは夢のために。オヤジは、大好きなオフクロの夢のために」
男「店が形になった時はもちろんだけど、店にいる時の二人は幸せそうだった」
幼「おばさま・・・」
男「ぼくも、さ・・・」
男「さっき幼に言ったように、それまでは家に殆ど居ることのなかったオヤジたちが、ずっと家に居るようになってさ」
男「嬉しかったんだ・・・すごく」
幼「男・・・」
男「二人の前じゃ絶対に口にはしなかったけどね」
男「恥ずかしいし、なんだか負けた気になるし」
男「・・・あ、ここ」
男「・・・・・・」
男「オフクロ、入るよ」
スゥーーー
幼「和室・・・?」
男「オフクロ、幼が来たよ。・・・こっちへ戻ってきたんだ」
男「オフクロに挨拶しにきてくれたんだよ・・・」
幼「・・・おとこ・・・?」
男「・・・・・・」
幼「おばさまは・・・?」
幼「これ・・・・・・」
男「せっかく、ソレイユ出来たのにな・・・」
男「癌だって・・・」
幼「癌・・・?」
男「目一杯、頑張ったんだけどさ」
男「・・・・・・だめだった」
男「でも、最後まで笑顔だった。すっごい、いい笑顔だったんだよ」
幼「うそ・・・そんな・・・」
男「顔を、見せてあげて。それで・・・」
幼「・・・・・・」
男「よかったら、線香、上げてやってくれないかな」
幼「・・・うん。わたしからも、お願い」
幼「おばさまに・・・挨拶、させて」
男「・・・・・・」
幼「・・・・・・」
男「・・・ごめん」
幼「・・・え?」クル
男「後輩に抱きつかれて、ごめん。うそをついて、ごめん」
幼「・・・・・・」
男「今日一日、話しかけられなくて、ごめん。一人にして、ごめん」
幼「・・・・・・」
男「幼のこと何にも知らないのに、偉そうなこと言って、ごめん」
男「幼のこと、わかったふりして、ごめん」
幼「・・・男」
男「たくさん、ごめんね。・・・許してほしい」
幼「っ・・・そんな、ちがう! あれは、わたしが・・・っ」
――『話せるうちに話さないと。いつかそれができなくなってしまった時に、きっとたくさん後悔する』
幼「~~ッ!!」ポロッ
幼「わたしこそ・・・、ごめんなさいっ・・・!」
幼「こんな、知らなくて・・・ぇっ」
幼「男のこと、なんにも知らないのに、あんなこと言って・・・!」
幼「ごめん・・・っ、ごめんね・・・!」ポロポロ
幼「おばさま・・・うっ、ぇ・・・あぁぁっ・・・」
男「幼・・・」
幼「ゆるして、ひっく・・・許して、くれますか・・・?」
男「・・・言ったでしょ?」
男「気にしてないって」
幼「でも・・・っ」
男「オフクロも、気にしてないってさ」
幼「おばさま・・・・・・」チラ
男「だから、大丈夫」
男「こんなこと、なんでもないよ。だって、ぼくたち・・・」
男「幼馴染でしょ?」
幼「っ・・・、うん。・・・うん・・・っ」バッ
男「お、幼・・・?」
幼「ぁ、ぅぁぁ・・・っ」
男(・・・・・・)
ぼくの胸に顔をうずめた幼が、堰を切ったように嗚咽を零す。
その姿は、ぼくの知る普段の幼の、凛とした佇まいからは想像も出来ないものだった。
どこにも行き場をなくした、雨に打たれ続ける子犬のようだった。
頭を撫でてやれたら。
肩を抱いてやれれば。
背中に手を回せれば。
どんなによかったろうか。
何も出来ない臆病者。
臆病者のぼくは、ただじっと、仏壇に置かれた、オフクロの位牌を見つめていた。
手はだらりと下げたまま、頭だけをぼくに預けて。
幼は、しばらく泣きつづけた。
男「・・・・・・」
男父「おう、戻ったか」
男父「幼ちゃん、どうだった・・・って!」
幼「・・・・・・」
ゴツン!
男「っ!! なんで殴るんだよ!?」
男父「幼ちゃん泣かせたろう。目が真っ赤じゃないか」
男「いや、オヤジこれは・・・」
幼「おじさま、違うんです。これは・・・」
男父「幼ちゃん。こんなヤツ庇うことはないぞ?」
男父「どんな理由があったかしらんが、女に手を上げるやつは、最低の男だ」
男父「クズだ。キンタマ取っちまったほうがいい」
男「きんたまって・・・」
幼「・・・///」
男父「そう教えたろう?」
男父「盗みも暴力も悪だ」
男父「だが、この世の一番の悪は、無責任であること」
男父「腰振って種付けするだけなら、犬や猿と一緒だ」
男父「惚れた女が出来たなら、人生を賭けて守れ」
男「それが出来ないのなら、出家しろ・・・でしょ」
男「覚えてるよ、ちゃんと」
幼「違うんです、おじさま。これは、わたしが・・・」
幼「おばさまのことを思い出して、勝手に・・・」
男父「・・・・・・そうなのか?」
男「早とちり」
男父「・・・・・・」
男「あー、喉渇いたなぁー」
男父「よし、アイスコー・・・」
男「クリームソーダ。ちゃんとアイスも乗っけてね」
男父「・・・・・・」
男「幼も飲むでしょ?」
幼「でも、わたし・・・」
男「一緒に飲もう、ね?」
幼「・・・うん」
男「オヤジ」
男父「わかってるわい」
・・・・・・
幼「ごちそうさまでした」
男「おいしかった?」
幼「とっても・・・。おいしかったです、おじさま」
男父「この愛嬌が、オマエにもあればなぁ」
男「ぼくは愛嬌がないんじゃなくて、人を選ぶだけ」
男父「・・・そんなこと言っとったら、幼ちゃん限定じゃないか。のう?」
幼「はい?」キョトン
男「子供のことに殊更に口出しするのは、歳を取った証拠なんだってね」
男父「減らず口だけは一人前になりおって・・・」
男父「生意気言う前に、親孝行の一つでもしてみせろ」
男「たとえば?」
男父「孫の顔を見せるとかな」
男「・・・ぼくはまだ高校生だけど?」
男父「年齢的には問題なかろうが?」
男「だいいち、相手が・・・っ!?」ハッ
男父「相手なら・・・」
幼「・・・・・・」
男「もういい! まったく、オヤジは・・・!」
男「って、もうこんな時間か」
男父「おお、そうだな。 幼ちゃん、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」
男父「あまり遅くなるようだと、お母さんも心配するだろう」
幼「・・・あ、はい・・・」
幼「・・・・・・そうですね」
幼「・・・・・・」
男父「・・・・・・」
男父「のう、幼ちゃん。このお店、どう思う?」
幼「えっ・・・」
男父「メニューはもちろん、食器の置き場所やテーブルの位置も変えてないんだ」
男父「男母の考えたままにしてある」ニコ
幼「とても、いいと思います。雰囲気があって・・・」
幼「こういったことに造詣がないので、ありきたりな表現になってしまってごめんなさい」
男父「変に飾った言葉よりも、シンプルでも心の篭った言葉の方が嬉しいものだよ」ニコ
男父「・・・ありがとう。男母もきっと、喜んでいるよ」
幼「だったら、わたしも嬉しいです」
男父「たまに、あいつの口から幼ちゃんの名前が出ることがあってなぁ」
幼「おばさまから・・・?」
男父「あいつはあいつで、幼ちゃんのことを気にしていたのだろう」
男父「もしかしたら、娘のように思っていたのかもしれない・・・幼ちゃんには、不本意かもしれんが・・・」
幼「そんなっ、そんなこと・・・!」ブンブン
男父「よかったら、ここで働いてみないかい?」
幼「・・・え・・・?」
男「オヤジ!?」
男父「まあ、働くというよりは、ちょっとした、お手伝いのような形になるんだが・・・」
男父「店主のワシが言うのもなんだが、この店、開店してこれから固定客を付けていこうってときに、アイツが倒れてしまったろう?」
男父「駅前や隣街には、大手コーヒーチェーン店なんかもどんどん出店してくるしなぁ」
男父「そんなだから、いま見ての通り、基本的に閑古鳥の泣くお店なんだが・・・」
男父「だからまあ、ウェイトレス・・・というよりも、このジジイの話し相手ってかんじになってしまうんだが」ハハ
男父「それでもよかったら、どうだろう?」
幼「わたしが・・・?」
男父「もちろん、きちんとしたお仕事のように、シフトなんかないからね」
男父「幼ちゃんが来たい時に来て、居たいだけ居てくれていい」
男父「その分、その・・・お給料は、ちょっとアレなカンジになっちゃうかもしれんが・・・」
幼「おじさま・・・」
男父「足りないようなら、男の小遣いを回してもいいしの」
男「オイ」
男父「・・・・・・どうかの?」
幼「・・・わたし・・・」
男「・・・・・・」
幼「・・・・・・したい、です」
幼「また、ここに来たい・・・」
男父「決まりじゃな」ニコッ
男父「となれば、早速・・・」ゴソゴソ
男「なに探してるんだよ・・・?」
男父「あった。ほら、幼ちゃん」チャリ
幼「これって・・・」
男父「お店の鍵じゃよ。男はすぐ失くすからからな、幼ちゃんが持ってた方が安心だ」
幼「・・・いいんですか? こんな・・・」
男父「いつでもおいで・・・待ってるよ」
幼「っ・・・・・・」ギュッ
幼「大切に、します」
男父「男、自転車で家まで送ってやれ」
男「言われなくても、そうするつもりだよ」
男「・・・幼」
幼「・・・・・・」
男「帰ろう。それで、また来てよ」
男「待ってるから。オヤジと一緒に」
男父「いや、オマエは別におらんでもいいぞ」
男「・・・・・・」
幼「ふふっ」クス
男「あ・・・」
男(幼の笑ってる顔、久しぶりに見たな・・・)
・・・・・・
男「お待たせ」
幼「・・・変わった自転車ね」
男「トライマグナムシャイニングスピンソニック号」ボソッ
幼「はい?」
男「なんでもない・・・」
男「座って。クッション敷いて、お尻痛くないようにしたから」
幼「ありがとう」
男「行こうか」
幼「・・・あ、まって、急に・・・っ」ギュ
男「ごめん。へいき?」
幼「うん・・・えっと・・・」
男「あ、うん。・・・そのまま、掴んでていいよ」
幼「・・・ん」
男「・・・・・・」
幼「・・・・・・」
男(また無言、か・・・)
男(でも、なんだろう?)
男(ぜんぜん、苦しくない)
男「幼、おしりだいじょうぶ?」
幼「なにを気にしてるの?」
幼「・・・それとも、わたしのお尻って、そんなに大きいかしら?」
男「そういう意味で訊いたんじゃ・・・」
男(ちょっと苦しくなった!)
幼「・・・ねえ」
男「・・・うん?」
幼「よかったの?」
男「なにが?」
幼「鍵、わたしが・・・男、あの時何も言わなかったから・・・」
男「ぼくもだよ」
幼「え・・・?」
男「ぼくも、幼に持っていてほしいんだ」
男「そうすれば、いつでも会えるような気がするから」
幼「・・・・・・」コツン
男(幼の頭がぼくの背中に・・・)
男「・・・・・・」
幼「・・・・・・」
男(これって、けっこう良い雰囲気なんじゃないか? よし・・・!)
男「あー、・・・そうだ!」
男(勢いで訊いてしまえ!)
男「幼さ、誕生日っていつ!?」
幼「誕生日? ・・・来週だけど」
男「来週ッ!? あ、わっ・・・!?」
グラグラ
幼「きゃ・・・っ! もう、しっかり運転して」
男「ごめん。でも、来週なんて・・・」
男「・・・・・・」
男(勇気を出して・・・臆病者から、一歩・・・)
男「その、幼、どうかな・・・?」
幼「なに?」
男「誕生日パーティーとか・・・」
幼「・・・わたしの?」
男「パーティーっていっても、祝うの、ぼくとオヤジだけだけど・・・」
幼「ううん、嬉しいわ。でも・・・・・・」
男「・・・予定、あるの?」
幼「勘違いしないでね。 その・・・家族の・・・」
男「ああ、そっか・・・そうだね」
男「なら、仕方ないね。はは・・・」
男(玉砕、か)
幼「だから、その・・・」
男「ん?」
幼「その、次の日、だったら・・・・・・その、いい、わよ?」
男「! そっ・・・!」
男「そっか。じゃあ、やろう! うん!」
幼「ふふ、楽しみにしてる」
男「プレゼント、期待しててよ!」
幼「あまり、背伸びしないでね」
男「よおし、そうと決まれば・・・っ」ギッ、ギッ!
幼「きゃっ、ちょっと、スピードだしすぎ・・・っ」
幼「男、昔に戻ったみたい・・・っ、無茶して・・・!」
男「あっ! 見て、幼!」
男「星が、あんなに・・・!」
幼「・・・・・・・・・すごい」
幼「きれい・・・・・・・・・」
男「・・・・・・」
男「・・・明日はきっと、晴れるね」
満天の夜空。
ぼくの腰に手を回し、足を揺らしながら、星を見上げる幼馴染。
ぼくは実感していた。
いつの日か失った、あの活力が全身を巡っていることに。
そしてこんどは、素直に受け入れることが出来た。
ぼくは幼に、恋をしているんだ。
あの、子供の時分に感じたままの、それ以上の気持ち。
ぼくが、昔のぼくに戻りつつあると言うのなら。
それが良いことなのだとしたら、それは、キミのおかげだ。幼。
だから、僕はいま、こう思ってやれる。
どんなに星の輝きを重ねようとも、ぼくの目は奪えない。
ぼくの目にはもう、彼女の横顔しか、映らないのだから。
○
男「友!」
友「おう・・・男か」
友「少し相談したいことがあって・・・、友?」
友「・・・なんだよ」
男「具合悪そうだけど」
友「ちょっとな・・・よく眠れてないだけだ。心配すんな」
友「最近、枕変えたからな」
男「・・・・・・」
男「ねえ、友。それって前に言ってた、プライベートな問題のせいじゃないの?」
友「・・・覚えてたのか」
友「ああ。そうだよ、そう・・・」
友「でも、男が気にすることないぞ。おまえには関係ないだろ」
男「それを言われちゃうと、何も言えないじゃないか」
友「・・・相談って言ったよな。ちょうどいい」
友「俺も男に、訊きたいことがあったんだ」
男「ぼくに? なんだろう?」
友「ここじゃなんだし、場所を移そうぜ」
・・・・・・
友「んで、相談ってのは?」
男「うん。その・・・」
男「友はさ、後輩の誕生日のプレゼントとか、いつもどうしてるの?」
友「はぁ? プレゼント?」
友「なんでまた、そんなことを・・・」
男「じつは、幼・・・ぼくの幼馴染の誕生日がね、来週なんだ」
男「それで、なにをあげたら喜ぶんだろうって」
友「・・・・・・」
男「・・・友?」
友「そんなもん、適当に選んでおけばいいだろ」
男「適当にって・・・それじゃ、参考にならないよ」
友「当たり前だろ」
友「アイツはアイツ、幼さんは幼さんだ」
友「性別が女だってこと以外は、同じことなんて何一つないんだぞ?」
男「それはわかってる・・・」
友「だったら、自分でどうにかしろよ」
男「でも、だってぼくは・・・女の子に何かをあげた経験だってないんだよ」
友「幼さんにだってか?」
男「ちゃんとしたものは、一度も・・・」
友「今までの誕生日はどうしてたんだ?」
男「・・・知らなかったんだ、誕生日。ずっと」
友「・・・・・・」
友「本当に、幼馴染なのか? それ・・・」
男「だからとにかくアドバイスが欲しいんだよ!」
男「ぼくの知り合いで、異性の幼馴染がいるのなんて、友くらいだから・・・」
友「男、友達多いほうじゃないもんな」
男「・・・それは、今は放って置いてくれる?」
友「・・・アドバイスも何も・・・」
友「あげてねぇよ」
男「え・・・」
友「ここ数年、アイツの誕生日に何か渡した記憶なんてないよ」
男「どうして・・・」
友「どうしてだって? 自然なことだろ?」
友「俺とアイツは、許婚でもなけりゃ恋人でもないんだ」
友「幼馴染っていったって、もともとは親同士の仲が良かっただけの繋がりだ」
友「今はもう、アイツと二人きりで出かけることなんて殆どないし・・・」
友「・・・考えてもみろよ。お互い、いつまでも子供じゃないんだぞ?」
友「俺には俺の付き合いがあるし、アイツだってそうだろ」
友「二次性徴を迎えれば、パーソナルスペースに対する価値観だって一変する」
友「そうなりゃ、女と一緒に居て恥ずかしいって感じるのは、おかしくない成り行きなんだ」
友「・・・そうなる前に、離れ離れになった男には、分からないかもしれないけどな」
友「毎朝起こされるのも、一緒の卓を囲んで飯を食うのも、一緒に風呂に入るのも、一緒に寝るのも・・・」
友「それが許されるのは子供だからだ」
友「・・・俺はもう、子供じゃない」
友「たとえ昔は身内のように接していても、今はそうはいかない。大人になったんだ」
友「変に肩肘張らなくていいし、そこらの女連中とするよりかは話も弾む」
友「そりゃあ、他人よりはお互いのことわかるよ。昔馴染みだからな」
友「でも、なんでも分かるわけじゃない。知らないことだってたくさんある」
友「ただの男と女の・・・そう、ちょっとした知り合いだよ」
友「ちょっとした知り合い程度にプレゼントなんて貰って、嬉しいことあるか?」
友「俺はそうは思わない」
男「・・・・・・」
男「そう思うようになったから、なにも?」
友「・・・ああ、べつにプレゼントを贈りたいっていうおまえを非難してるわけじゃないんだ」
友「俺だってアイツに、迷惑だから止めてと言われたわけじゃない」
友「そうしたいなら、そうすりゃいいさ」
友「ただ、俺はおまえの助けにはなれそうにもないよ」
男「・・・そっか」
友「悪いな」
男「ううん、いいんだ。事情も知らないで、一方的に訊いたのはぼくなんだから」
友「・・・贈るのはいいけど、ちゃんと受け取ってくれそうなのか?」
男「背伸びはするなって言われたけどね」
友「・・・そういう幼馴染も、あるんだな」
男「自分たちが、変わってるっていうのは・・・。うん、きっとそう」
男「でも、ぼくはそれがおかしいとは思わないな」
友「・・・少し、羨ましいな」
友「相手に何を贈ろうか、一生懸命考えることのできる、男はさ」
友「まあ、なんだ。幼馴染云々は抜きにして、女の子へのプレゼントって考えると・・・」
友「化粧品とかどうだ?」
男(化粧・・・幼、お化粧とかするのか?)
友「ミュージックアルバムなんか無難じゃないか?」
男(音楽・・・幼、どんな音楽聴くんだ?)
友「アパレルもアリじゃないか? これからの季節を考えたら、セーターとかマフラーとか」
男(洋服・・・幼、どんな服が好きなんだ?)
友「アクセサリーは・・・ちょっと重たいかもな」
友「まあでも、男は『そういうつもり』なんだろ?」
男「そういうって?」
友「・・・さあね」
友「男が自分で考えて自分で選んだものなら、なんでも喜びそうな気もするけどな」
男「それは、参考にしていい経験談?」
友「・・・どうだったかな・・・」
男「・・・もう少し、悩んでみることにするよ」
友「ああ」
男「それで? 友の、訊きたいことって?」
友「大したことじゃないんだけど・・・」
友「幼さんのこと、教えてくれないか?」
男「え゛・・・・・・」
友「おいおい。なんて顔してんだ」
男「そ、それって、どういう・・・」
友「ちょっと、勘違いするなって。ミーハーな興味だ」
友「東京の、有名なお嬢様学校に通ってたんだってな?」
男「うん。白百合っていう、エスカレーター式の・・・」
友「思い出したんだよ」
友「そういえば、いつだったかおまえが話してたのをさ」
友「気になるじゃないか」
友「俺だって、男と一緒だよ。自分たち以外の幼馴染はどうなんだって」
友「まあ、そういうの抜きにしても? 単純に美人だろ? そこら辺じゃ先ずお目にかかれないレベルだ」
友「あれで興味を持たないほうが――」
男「・・・・・・」
友「なんてな。冗談だよ、冗談。おまえの大事な幼さんに、色目使ったりしないって」
男「いや、ぼくと幼は・・・」
友「付き合ってないのか?」
男「ないよ、ないない!」
友「普段の彼女って、どんなかんじなんだ?」
男「どんな? うーん・・・大人しいよ、すごく」
男「落ち着いてるっていうか、凛としてるっていうか・・・」
男「でも、怒るとすごく怖い」
友「すごく、か」
男「うん」
友「男といる時は?」
男「変わらないよ?」
友「二人でいる時は、もう少し華を見せるとかないのか」
男「華・・・見せてくれたことあったかなぁ・・・」
友「やっぱり、そんなもんか」ハァ
男「友、自分でさんざ幼馴染なんてとか言っておきながら、ぼくたちにはそういうの求めるの?」
友「可能性の話だ。あるかもしれないから訊いたんだろ」
男「ないよ、ないない」
友「んじゃ、こっちへ戻ってきた理由は?」
男「家庭の都合。お父さんの仕事関係じゃないかな・・・たぶん」
友「誕生日は?」
男「四日後」
友「血液型は?」
男「知らない」
友「趣味は?」
男「知らない」
友「家族構成は?」
男「お父さんとお母さんの三人。だと思う・・・」
友「好きな食べ物は?」
男「知らない」
友「好きな動物は?」
男「知らない」
友「幼さんのお母さんって、どんな人なんだ?」
男「会ったことないよ」
友「将来の夢は?」
男「知らない」
友「・・・・・・なんというか」
友「ほとんど他人じゃないか」
男「ぼくもそう思う。知らないことばかりで・・・」
男「でも、今はいいんだ。これでいいって思える」
男「これから知っていけばいい」
男「時間は、たくさんあるんだから」
友「・・・そうか?」
男「友?」
友「たとえ時間がどれだけあっても、ずっと二人でいられる保証なんてないんだぜ?」
男「それは、そうだけど・・・」
友「だから、気を付けろよ?」
友「一緒にいたいのなら、なるべく彼女から目を離さないようにしろよ」
友「人生ってさ・・・なにが起きるか分からないんだからな」
男「・・・うん」
男「分かったよ・・・気を付ける」
友「・・・じゃ、俺はもう行くな」
男「友、もういいの? ぼく、なにも・・・」
友「ああ、いいんだ」
友「・・・十分、わかったよ」
友「なあ、一つ訊いてもいいか?」
男「なに?」
友「男、いま幸せか?」
男「・・・・・・わからない」
男「だけど、これからは・・・自分は幸せなんだって、胸を張って言えるようになりたい」
友「そうか・・・」
友「・・・頑張れよ。プレゼント、喜んでくれるといいな」
男「ありがとう」
男(プレゼント、か)
男(幼には無理するなって言われたけど・・・)
男(やっぱり、今まで渡せなかった分も含めて、おもいっきり奮発したいな)
男(けど・・・)
男(・・・幼、困っちゃうかな?)
男(いや、でもやっぱり・・・)
後輩「せんぱい・・・」
男「わっ!?」ビクッ
後輩「あ・・・ごめんなさい、驚かせちゃって・・・」
男「いいんだ、今のは・・・考え事をしてたから」
男「気付かなかった、どうしたんだ?」
後輩「・・・・・・」
男「なんだ。今日は、いつもみたいにガーッ!って来ないんだな」
後輩「あの、あたし・・・」
男「や、違うぞ? 抱きついてくれって言ってるわけじゃなくって・・・!」
後輩「・・・先輩、さっき友ちゃんと話してましたよね・・・?」
男「え・・・うん。なんだ、見てたの?」
後輩「はい・・・」
男「だったら、遠慮しないで声をかけてくれたらよかったのに」
後輩「・・・・・・・・・」
男「後輩?」
男「・・・もしかしてさ、まだ友と仲直りしてないのか?」
後輩「仲直り・・・・・・そうですね」
男「そんなに深刻なの? ぼくで、何かできることあるか?」
後輩「いいんです。これは、あたしと友ちゃんの・・・ううん」
後輩「・・・友ちゃんの問題だから」
男「そうは言うけどな・・・」
後輩「それに、仲直りするような仲、あるのかな・・・」
男「幼馴染だろ?」
後輩「先輩、さっきの友ちゃんの話聞いてました?」
後輩「なんでもないんです、幼馴染なんて。友ちゃんにとっては」
後輩「あたしは友ちゃんにとって、どうでもいい存在なんですよ」
男「たしかに、そんな風なことも言ってたけど・・・」
男「でも! 幼馴染である前に、後輩は一人の女の子だろ?」
男「屁理屈かもしれないけど・・・」
男「後輩が幼馴染だからどうでもいいなんて・・・そんな風に友が考えてるって決め付けるのは、良くない」
男「友と、ちゃんと話したのか?」
後輩「・・・・・・」フルフル
男「あとになって後悔するくらいなら、ちゃんと話した方がいい」
男「どっちが悪いとかじゃなくて、擦れ違ってるだけかもしれないだろ?」
男「ただ知らないってだけで・・・」
男「ぼくも、つい最近同じことあったから、分かるよ」
後輩「・・・・・・後悔なら、もうしてますよ」ボソ
後輩「なんで、もっと早くに気付けなかったんだろうって」
男「後輩?」
後輩「・・・好きなんですか?」
男「は?」
後輩「あの人・・・幼さん、でしたっけ」
後輩「先輩、そうなんでしょう?」
男「・・・・・・うん」
男「ぼくは、幼のことが好きだ」
後輩「いつから?」
男「ずっと。ずっと、好きだった」
男「忘れようとしたこともあったし、忘れることができたと思ってたけど・・・」
後輩「うそつき・・・」
後輩「先輩、いないって。幼馴染なんて、仲の良い女の子なんて、いないって・・・」
男「・・・ごめん」
後輩「・・・ううん。いいの、いいんです」
後輩「あたしもウソ、ついてたから」
男「ウソ? 後輩が?」
後輩「はい。でも・・・もう、終わりです」
後輩「だって、どうやったって・・・」ポロッ
男「! ちょっと、どうしたんだよ。何があったんだ・・・?」
後輩「・・・・・・・・・」
後輩「・・・じつは――」
幼「――ちょっと」
男・後輩「!?」
幼「わたしの下駄箱の前でなにをしているの?」
後輩「あたし・・・」
後輩「っ、ごめんなさい!」タッ
男「待ってよ、後輩!」
幼「・・・・・・」
男「・・・・・・」
幼「追いかけなくていいの?」
男「それが、ぼくにも、なにがなんだか・・・」
幼「・・・帰るわね」
男「うん・・・」
幼「帰るのよ」
男「う、うん・・・?」
幼「・・・・・・」
男「・・・・・・」
幼「・・・・・・帰らないの?」チラッ
男「いや、帰るけど」
幼「・・・・・・」ジー
男「一緒に帰る?」
幼「! ・・・」コホン
幼「・・・そうね」コクン
男「今日も、お店来るんでしょ?」
幼「いけない?」
男「そんなことないよ、ただその・・・」
男「あれから毎日だから、飽きないかなぁって」
幼「飽きるわけないでしょ」
幼「とても面白くて・・・退屈しないわ」
男「そう? なら、いいんだけど」
男(ウチって、そんなに面白いお店なんだろうか?)
男「・・・あの」
幼「なに?」
男「さっき、後輩と話してたのはさ」
幼「だれもそんなこと訊いてない」
男「一応、説明しておきたいなーと・・・」
幼「べつに、変に勘繰ったりしてないわよ」
幼「それとも、なに? わたしがヤキモチを焼いてるとでも?」
男「だったらイイなとは思ったけど・・・」ボソ
幼「・・・・・・」
男「・・・・・・」
幼「それで?」
男「え?」
幼「なんの話をしていたの?」
男「でも、幼・・・」
幼「わたしは聞くだけ」
幼「訊いてないけど・・・男が話すのは自由だわ」
男「聞きたいの?」
幼「べつに」
男「・・・じゃあ、言うの止めておくよ」
幼「ちょっと。一度言いかけたんでしょ?」
男「忘れたね!」ダッ
幼「こら、待ちなさい!」
男「幼、ウチまで競争しよう!」
幼「子供みたいなこと言い出さないの!」
男「とか言って、幼だって走ってるじゃないか」
幼「これは、だって男が走るから・・・」
幼「もう、本当にあなたって高校三年生なの?」ハァ
男「まあね! ほら、幼・・・」スッ
幼「え・・・」
男「転んじゃったら、怪我するだろ?」
幼「だったら、走らなければ・・・」ボソ
男「ん?」
幼「・・・・・・もう」ギュッ
男「っ・・・」ドキッ
幼「ふふ・・・ちゃんと、引っ張ってね?」
男(後輩のことも、気になることはあるけど・・・)
男「まかせて!」
男(もうすぐ幼の誕生日)
男(幼の思い出に残るように、盛大にお祝いしよう)
男(ぼくに出来ることの、精一杯で)
今なら。
これまで祝えなかった分も取り戻せるような、素敵な思い出にしてやれるはず。
いや、そうしなくてはならないんだ。
幼のためにも。
ぼくのためにも。
だからきっと、最高の一日になる。
そう、思っていた。
○
『続きまして、気象情報です』
男父「男、ちょっといいか?」
男「どうしたの、オヤジ?」
『本日の関東エリアの天気ですが、台風の接近に伴いまして、強い風や雨の影響が出始めております』
男父「ワシが、以前に舞台役者を勤めておったのは知ってるな?」
『昨夜未明に浜松市付近に上陸しました、大型で強い勢力の台風六号の、現在の位置・今後の進路に付いて確認していきます』
男「もちろん。それが、どうかした?」
『現在台風は、静岡県内をゆっくりと縦断中。今日のお昼頃には、北関東・関東エリアへ達する見込みです』
男父「じつは、その時のワシの古い役者仲間が亡くなってな。つい先日のことだ」
『現在の風の状況ですが、関東では西の方から沿岸部を中心に、だんだんと外出が危険な風となってきております』
『これはこの後、ほぼ全域に広がっていく見込みです』
男父「ほんの二週間ほど前までは、元気に電話のやり取りだってしたものだが・・・」
男父「人間、逝く時はあっという間だな・・・何が起こるか分からん」
男「・・・うん」
『現在、強い雨の方は静岡県内が中心となっていますが、一部北関東の方にも強い雨雲が流れ込んでいます』
『台風の中心が近付くに従って、だんだんとこの雨・風の強いエリアは、関東全域に広がっていくような状況となりそうです』
男父「今日の午後七時からお通夜だというから、ワシはこれから準備して行かないとならん」
男「そう・・・わかったよ」
男「帰りは、遅くなりそう?」
『この後、雨・風とも強まる関東甲信越エリア。交通機関への影響が心配されます』
男父「向こうは富山だからなぁ。ひょっとすると、今日中には帰ってこれんかもしれん」
『また、夜までこの雨の強い状態は続きそうです。今後の情報に、十分に注意をしてください』
男父「ニュースでもこう言っとるしな・・・」
男父「いくら帰ってきたくとも、足が無ければどうにもならん」
男「・・・そうだね。無理しないで、泊まるところ見つけたほうがいいよ」
男父「そうじゃな・・・」
男「・・・オヤジ」
男父「ん?」
男「なんだったら・・・その・・・」
男「明日も、無理しないでいいんだよ?」
男父「・・・なにをイッチョ前に気を遣っておるんだ」ハァ
男「だってさ・・・」
男父「それはそれ、こっちはこっちだ」
男父「悲しいことは悲しいこと。そこで割り切ってしまうんだ」
男父「妙な義理堅さで、色々な部分まで引き摺ってやる必要はない」
男父「亡くなった人間だって、そんなこと望んではおるまい」
男「・・・・・・」
男父「ワシはな、感心してるんだ」
男父「おまえにしては珍しい、殊勝で粋な計らいじゃないか」
男「一言多いよ・・・」
男父「ワシだって、幼ちゃんのことを祝ってやりたい」
男父「それとも・・・」
男父「二人っきりになれると期待したのか?」
男「そ、そんなわけ・・・っ」
男父「心配せんでも、ちゃんと気を利かせて、二人の時間は作ってやるわい!」ハハ
男「結構だよ! 余計なお世話!」
男父「ああ、そうそう」
男「なんだよ?」
男父「その幼ちゃんにな、この事を伝えるのを忘れていたんだ」
男父「昨日の内に言っておかなければと思ってはいたんだが・・・」
男父「悪いんだが、男から伝えてくれんか?」
男父「今日はお店は、一日閉店にすると」
男「なるほど、そういうこと」
男「分かった。伝えておくよ」
男父「頼んだぞ」
男父「こんどの台風は相当な規模みたいだからな、今日は家で大人しくしてるんだぞ」
男「わかってるよ。もう、子供じゃないんだから」
男父「くれぐれも、窓を開け放したりするんじゃないぞ?」
男「しつこいなぁ・・・」
男父「それから雨戸は、店のも家のもしっかりと閉めておくように」
男「はいはい。・・・それじゃぼく、学校に行くから」
男父「おう、気を付けてな」
男「オヤジもね」
男(・・・台風か)
男(幼、今日は家族と過ごすって言ってたけど・・・)
男(事故とか、大丈夫かな?)
男(嫌なことって、重なるって言うし)
男(・・・・・・)
男「・・・心配しすぎだな」ハァ
●
『台風六号の接近により、お昼頃から夕方過ぎをピークとして、雨や風が強く、危険な状態が続きます』
『道路の冠水や河川の増水、土砂災害などに、警戒してください』
幼「・・・・・・」
『また、帰り道ほど交通機関に影響が出る可能性もあります』
『お仕事や、外での用事は、早めに済ませておくと安心です』
幼「台風・・・」
『現在、台風六号は――』
幼母「幼? まだ家に居たの?」
幼「うん・・・」
幼母「時間は大丈夫なの?」
幼「すぐに行くから」
幼母「そう」
幼「・・・ねえ、お母さん?」
幼母「なに?」
幼「今日は、お仕事早く終わりそう?」
幼母「どうしたの?」
幼「だって、台風だって・・・」
幼「きっと電車・・・遅れたり、止まったりするだろうから」
幼母「何時に帰れるかなんて、そんなの分からないわよ」
幼母「どうして、今日に限ってそんなこと?」
幼「今日は・・・その、食事を・・・」
幼母「食事?」
幼「わたしと、お母さんと・・・あと・・・」
幼「・・・・・・お父さんも、一緒に」
幼母「・・・幼」
幼母「あの人のことは、もう忘れなさい」
幼「そんな、だって・・・」
幼母「関係ないのよ、もう。そうでしょう?」
幼母「いい? 他人なの、わたしたちとは」
幼「でも・・・っ」
幼「・・・でも、今日は・・・!」
ピルルルッ
幼母「! はい、もしもし」
・・・。
幼母「はい、いまから・・・」
・・・。
幼母「え、今日ですか? でも、何時に終わるか・・・」
・・・。
幼母「これから台風だって言うし・・・」
・・・。
幼母「! そ、そうなんですか? 本当に・・・?」
・・・。
幼母「・・・いいえ、わかりました。必ず行きます」
・・・。
幼母「・・・はい、待ってます」
ピッ
幼「お母さん、今の電話・・・」
幼母「ご、ごめんね。幼」
幼母「急な仕事が入っちゃって・・・」
幼母「帰るの、夜遅くなると思う」
幼「・・・・・・・・・」
幼「そう・・・」
幼母「が、外食がしたかったのよね?」
幼母「これ! 五千円置いておくから、好きなところで食べてきていいわよ?」
幼「・・・・・・」
幼母「もしかして、足りない?」
幼「・・・」フルフル
幼母「それじゃあ、お母さんもう行かないとだから」
幼母「いつも通り、戸締りだけはしっかりしておいてね」
幼「・・・」コクン
幼母「行ってくるわね」
幼「・・・お母さん」
幼母「なに?」
幼「本当に、お仕事なのよね?」
幼母「え・・・?」
幼「・・・男の人と、会ったり・・・ちがうよね?」
幼母「ち、ちがうわよ・・・?」
幼母「・・・どうしたの幼。今日は少し変よ?」
幼「だって、今日は・・・っ」
幼母「今日? ・・・なにかあったかしら」
幼「っ!!」
幼「・・・・・・やっぱり、なんでもない」
幼「ごめんなさい、変なこと言って」
幼「『お仕事、頑張ってね』」
幼母「え、ええ・・・」ガチャッ
バタン
幼「・・・・・・」
幼「・・・・・・・・・うそつき」ボソ
幼「っっ!!」
バンッ!!
幼「・・・お母さんの、うそつき・・・!」
○
キーン、コーン、カーン、コーン・・・
男(・・・・・・)
教師「スマン、男。少しいいか?」
男「はい」
教師「幼馴染のことなんだが・・・」
男「・・・・・・」
教師「今日は、まだ学校へ来ていないようだが、何か聞いていないか」
男「・・・すいません」
教師「そうか・・・」
教師「学校の方ではな、とくに欠席の連絡等は受け取っていないそうなんだ」
教師「二人は昔からの知り合いなんだろう? それで、もしかしたらと思ったんだが・・・」
男「それは・・・」
男「ぼくたち、お互いの連絡先を知らないので・・・」
教師「そうなのか?」
男「固定電話にしたって、昔と今じゃ住んでいるところも違いますから」
教師「しかし、携帯電話だってあるだろうに」
男(本当だ。先生に言われるまでもない)
男(こんなことなら・・・)
教師「・・・まあ、そういうのはプライベートなことだからな」
教師「にしても・・・」
教師「こういう場合は、急な病気に罹ったと考えるのが自然なんだろうが・・・」
男「病気、ですか?」
男「ぼくたち、昨日は夕方過ぎまで一緒に居ましたけど、具合が悪そうには見えませんでした」
教師「だから急な、と言っているだろう」
男「こっちから、確認の連絡はしてみたんですか?」
教師「そこが少し気になるところでな・・・」
男「どうかしたんですか?」
教師「だれも出ないんだよ、電話に」
男「それは・・・きっと、具合が悪くて寝込んでるからじゃ・・・」
教師「しかし、母親が出ないというのはなぁ」
教師「薬を買いに行ってるか、病院へ連れていってるのか・・・」
男「? 幼のお母さんなら、仕事で家にはいないと思いますけど?」
教師「仕事? 幼馴染の母は、専業主婦のはずだが・・・?」
男「え?」
教師「転入手続きの際の書類には、そう記載してあったはずだ」
男「そんな・・・」
男「でもぼくは、幼の口から聞いたんです」
男「ハッキリと・・・共働きだって」
教師「それは本当か?」
男「間違いないです」
教師「妙だな・・・」
教師「仮に家庭環境が変わったとなると・・・一度面談の必要があるな」
教師「・・・まあいい。また折を見て、何度か家のほうへ連絡を入れてみることにするよ」
男「あの、先生?」
教師「なんだ?」
男「もし、連絡が取れたら教えて貰ってもいいですか?」
男「その・・・もし具合が悪くて休んでいるんなら、あとでお見舞いに行きたいので」
教師「そういうことか。構わないぞ」
教師「連絡がついたら、男にも報せよう」
男「よろしくお願いします」
男(幼・・・)
教師「その代わりと言ってはなんだが・・・」
男(どうしちゃったんだ?)
教師「もしも、あとで幼馴染が登校してくるようなことがあったら、一度職員室に顔を出すように言ってくれるか?」
男(病気?)
男「わかりました」
男(それとも、まさか・・・)
教師「よろしくな」
男(・・・本当に、何かあったのか?)
●
役員A「すいません、総務長。ちょっといいですか?」
幼父「どうした?」
役員A「今日の午後の定例会議と合わせての、企画コンペの件なんですけど・・・」
幼父「なんだ、問題か?」
幼父「会議場の予定ならば、もう抑えたんだろう?」
役員A「それが、玉子製紙と四菱製紙の担当者が、先方の都合で予定より一時間ほど遅れそうだということなんです」
幼父「・・・そうか」
幼父「先に電話を入れてきたのはどちらだ?」
役員A「四菱です」
幼父「では、四菱製紙に折り返し電話して伝えろ」
幼父「申し訳無いが、今回は見送り・・・近いうちに改めてセッティングさせてくれと」
役員A「玉子製紙へは?」
幼父「今回の企画から外しておけ」
役員A「わかりました」
役員B「総務長、受付から内線、二番です」
幼父「昼イチまでには資料の最終確認を済ませて、私のところへ持ってくるように」
役員A「はい、すぐに手配します」
チャッ
幼父「幼父だ」
・・・。
幼父「なんだと?」
・・・。
幼父「・・・すぐに行く」
ザァァァァ・・・
幼「・・・・・・」
幼父「こんなところで何をしている?」
幼「! お父さん・・・っ」
幼父「学校はどうした」
幼「・・・ごめんなさい、急に来てしまって」
幼「何度か電話をしたんだけど、返事がなかったから・・・」
幼父「何をしに来た?」
幼「・・・・・・」
幼父「このこと、幼母は知ってるのか?」
幼「・・・・・・」フルフル
幼父「黙ってきたのか」
幼父「こんな風に私と会ったことを知ったら、また煩いぞ、アレは」
幼「・・・・・・」
幼父「幼母がどうにかしたか」
幼「ううん、元気だよ」
幼父「元気かどうかなど、どうでもいい。 なら、何の用だ?」
幼「今日、何の日か覚えてる・・・?」
幼父「何の日?」
社員「総務長、お話し中、申し訳ありません」ボソ
社員「三菱製紙から、総務長宛の電話が入ってます」ボソボソ
幼父「待たせろ」
幼「お父さん・・・」
幼父「私は自分の娘に、学校を無断欠席するような教育をした覚えはない」
幼父「もう一度訊く。なぜここにいる? 学校はどうした?」
幼「・・・・・・」
幼父「その黙り癖は、アレとソックリだな」
幼父「・・・お前がどうしてもと言うから、付いていかせてやった」
幼父「あのまま白百合に通っていればよかったのだ」
幼父「幼母もおまえも、理解できん」
幼父「なぜ、私の言うことが聞けない?」
幼父「今更、あんなところに何がある?」
幼「・・・・・・お父さん」
幼父「お前とも幼母とも、話すことはもうない」
幼父「私とは、関係ないのことだ」
幼「そんな・・・」
幼父「自分で今の場所を、今の環境を選んだのだろう?」
幼父「どうしても私を父と呼びたければ、東京に戻って来い」
幼「・・・! 待って、お父さん、食事・・・っ」
幼「三人で・・・!」
幼父「食事でもなんでも、勝手にしろ」
幼父「私の、いないところでな」
幼「おと、さ・・・」
幼父「仕事中だ」
幼父「いつまでも、そんなところに立っているな」
幼「・・・・・・」
幼父「帰れ」クルッ
幼父「二度と来るな」スタスタ
幼「っ・・・」
ウィーーン
幼「・・・・・・お父さん」
幼「今日・・・・・・」
幼「わたしの、誕生日なんだよ?」
幼「ねえ・・・」
幼「・・・・・・おとうさん・・・・・・」
ザアァァァ・・・
○
ガチャッ
男「・・・ただいま」
男「・・・・・・」ハァ
男「結局・・・」
男「来なかったな、幼。連絡も・・・」
男「それに・・・」
男(友も、後輩も休み・・・。二人とも、病欠だってことだけど・・・)
男「こんなことって、あるの?」
男(考えすぎだって、でも・・・)
男「・・・・・・」
ビュオオォォ・・・
男「外、風が酷くなってきたな」
男「・・・そうだ。雨戸下ろさないと」
男「・・・・・・」
男「・・・家で、寝てるんだよね?」
男「きっと薬が効いてて・・・それで、よく眠ってるだけだよね?」
男「そうさ、大丈夫」
男「だって幼だよ? 幼は・・・完璧なんだ」
男「大丈夫。大丈夫に・・・決まってる」
男「・・・・・・」
男「っ!!」ガタッ
男「確認だけ! 家に居ないか・・・きっと居るけど、でも!」
男「幼の家に行こう!」
プルルル、プルルル
男「な、こんな時に・・・っ!」
チャッ
男「もしもし!」
男父『おう。ワシだ、ワシ』
男父『帰ってたか、良かった。実はな・・・』
男「ごめん、オヤジ! 今からちょっと、外に出かけないといけないからさ・・・!」
男父『この台風の中、どこに行こうっていうんだ』
男「説教を聞く気はないよ。急いでるから、切るよ?」
男父『待て待て! 用もないのに電話をかけるわけないだろう』
男父『出かけると言ったか、丁度いい。ついでに、ワシの忘れ物を持ってきてくれんか?』
男「忘れ物?」
男父『新幹線の切符じゃ』
男「オイ、なんだってそんなもの忘れるんだよ!?」
男父『そんなこと言ったって、忘れちまったものはしょうがあるまい?』
男「開き直るんじゃない!」
男「・・・どこに置いたの」
男父『テーブルの上に置いてあったと思うんだが・・・――ん?』
男父『あそこに居るのは・・・』
男「テーブル・・・ああ、これか。オヤジ、あったよ」
男父『・・・・・・?』
男「オヤジ? 聞いてるの?」
男父『・・・ああ、すまん。どうじゃ、あったか?』
男「うん。すぐに行くから・・・いまどこにいるの?」
男父『駅前のジョ○サンだ』
男「わかった」
男父『悪いが、任せたぞ』
ピッ
男父「ふむ・・・」
男父「しかし、さっき駅から出てきたのは、幼ちゃんにも見えたが・・・」チラ
男父「・・・・・・まさか、の」
●
ザアアァァァァ・・・!!
幼「・・・・・・」
プルルルル、プルルル
チャッ
『只今おかけになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、繋がりません』
幼「・・・・・・」
ピッ
幼「・・・おかあさん・・・」
幼「っ・・・!!」ベシャッ
ザアアァァァ・・・!!
幼(わたし・・・何してるの?)
幼(学校、行かないで)
幼(無断欠席して・・・こんなところで、雨に打たれて・・・)
幼「ぁ・・・」
幼(傘・・・おとうさんの会社に、置いてきちゃったんだ)
幼(おとうさん、気付いて・・・持ってきて、くれるかな・・・)
幼「・・・・・・」
幼「・・・・・・そんなわけ、ないか」
ザアアァァァ・・・!!
幼(・・・どこに行けばいいの?)
幼(・・・どうすればいいの?)
幼(もう、どこにも・・・)
チャリ・・・
幼「あ・・・」
『いつでもおいで・・・待ってるよ』
幼「おじさま・・・」
『そうすれば、いつでも会えるような気がするから』
幼「男・・・」
幼「ソレイユ・・・」
幼「・・・・・・」
幼「学校、もう終わってるはず・・・」スクッ
幼「・・・っ!」タッ
バシャバシャバシャ!
ザアアァァァ・・・!!
○
男「はい、切符。間違って落としたりしないでね」
男父「すまんかったな」
男「・・・それで、間に合うの?」
男父「電車が止まってなければな」
男「でも、この雨と風じゃあさ・・・」
男父「さっき駅の人に訊いてみたら、まだ止まってはないらしい」
男父「ただ、これ以上風が強くなるようなら、運転を見合わせる可能性があると言っておった」
男「なら、急がないと」
男父「ああ、そうしよう」
男父「・・・それにしても、ずいぶん酷い格好だな。濡れ鼠じゃないか」
男父「自転車で来たのか?」
男「そんなわけ・・・」
男「外でこんな風が吹いてたら、危なっかしくて漕いでられないよ」
男「・・・走ってたら折れたんだよ、傘が。途中でさ」
男「取りに戻ろうにも、中途半端な距離だったし」
男「オヤジ急いでるだろうし、もう濡れちゃったし・・・」
男父「・・・そうか、助かった」ニコ
男父「しかし、そのままでは風邪をひくだろう」
男父「ほれ、タオルだ。使え」
男「いいって」
男父「本当にいいのか?」
男父「可愛いウェイトレスさんが、こっちを見とるぞ?」
男「は?」
男父「ポタポタ水滴を垂らして・・・この床を掃除するのは、お前じゃないだろう?」
男「・・・・・・」
男「・・・」ワシャワシャ
男父「・・・ところで」
男父「家の雨戸は、しっかり下ろしてくれたか?」
男「そうしようとしたら、オヤジが電話をかけてきたんでしょ」
男父「それはそうだが・・・しかし、早くせんとこの風だ」
男父「飛んできたゴミや石で、窓ガラスが割れたりするかもしれんぞ」
男「わかってるってば・・・」
男父「それから、幼ちゃんには、ちゃんと伝えてくれたか?」
男「・・・いや、伝えられなかったよ」
男父「どうしてだ?」
男「幼、今日学校を休んだんだ。それで・・・」
男父「休んだ? 病気でか?」
男「わからない。学校の方でも、連絡が取れなくって」
男父「連絡が・・・? ちと心配だな、それは」
男「・・・・・・オヤジ」
男「ぼく、これから幼の家に行ってみる」
男父「これからか? それなら・・・」
男「もう、決めたんだ」
男「いくらオヤジがやめろと言ったって、行くからね」
男父「別に止めたりはせんわい・・・そういうことならな」
男父「しかし・・・」
男「どうしたの?」
男父「いや、な・・・」
男父「二十分ほど前に、幼ちゃんに見える女の子が駅から出てきたんだが・・・」
男「二十分前っていうと」
男父「ちょうど、おまえへ電話をかけ終えた頃だな」
男「・・・幼が?」
男父「なにぶん遠目だったし、ハッキリとはなぁ」
男「その子は、どっちへ行ったの?」
男父「ロータリーのところを、右へ歩いて行ったよ」
男父「まあ、何かの見間違いだろうと思っていたんだが・・・」
男父「ただその子、傘も持たずにいたもんだから、少し気になってな」
男父「もしかしたら・・・・・・」
男「ありえない」ポツリ
男「だって、あの幼がだよ?」
男「学校をサボるだけじゃなくて、こんな天気の中で、傘も差さないで・・・」
男「ぼくの知ってる幼は、そんなこと――」
『なにが分かるの?』
男「・・・・・・」
『わたしのこと、何にも知らないでしょ?』
男父「? どうした?」
パチン!
男「~~ッ」
男父「なんだ、いきなり自分の頬を叩いたりして・・・」
男「・・・!」ダッ
男父「おーい、行くならワシの傘を持っていけー! ・・・って、聞こえとらんな」
男父「・・・まったく」ハァ
男父「慌しいヤツだ。ここ数日は、とくに・・・」
男父「まるで昔の男を見ているようじゃないか」
男父「なあ、そう思わんか? ・・・男母よ」
●
ザアアァァァァ・・・!!
幼「・・・閉まってる」
幼「ソレイユ・・・どうして?」
グッ・・・
幼「鍵も・・・」
幼「・・・そんな」
幼「誰も、いないの・・・?」
幼「・・・・・・」
幼「ううん、そんなことない」ゴソゴソ
幼「きっと・・・」カチャリ
キィ・・・
幼「・・・・・・」
幼「暗い・・・」
幼「・・・・・・」
幼「おじさま・・・?」
幼「・・・・・・いないんですか?」
幼「・・・・・・」
幼「男?」
幼「いないの? ねえ?」
幼「・・・・・・」
幼「こんなの、うそ・・・」
幼「・・・電気は・・・」
ガシャンッ!!
幼「っ!?」ビクッ
ビュオオオオ・・・!!
幼「な、なに? 窓・・・割れたの?」
幼「こっち・・・? ――!」
幼「――お皿が・・・」
『食器の置き場所やテーブルの位置も変えてないんだ』
幼「・・・・・・」
『男母の考えたままにしてある』
幼「っ・・・!!」バッ
幼「こんな・・・だめ・・・!」
幼「な、直さないと・・・元通りにしないと・・・!」
幼「いたッ・・・!」
幼「・・・・・・」
幼「・・・ぐしゃぐしゃ・・・」
幼「こんなの、もう・・・ぜったい・・・」
幼「っ・・・、おばさま・・・」
幼「ごめん、なさ・・・っ」
ガシャンッ!!
幼「ひ・・・っく、う、あぁぁ・・・っ」ポロッ
ビュオオオオ・・・!!
幼「おとうさん・・・」
――帰れ。
幼「おかあさん・・・」
――今日? なにかあったかしら?
幼「~~っ」ポロポロ
幼「おじさま、いつでも待ってるって、言ったのに・・・っ」
幼「どうして・・・っ、ぅく・・・」
幼「・・・・・・男ぉ・・・・・・」
幼「会いたい・・・」
幼「声が、聞ききたいよ・・・」
幼「・・・・・・」
幼「ひとりだ・・・」
幼「・・・・・・わたし、一人なんだ」
幼「っっ・・・う、ぁぁぁぁ・・・っ」
幼「さむい、よ・・・っ。くらいよ・・・」
幼「ひとり、やだよぅ・・・」
幼「だれか・・・」
幼「・・・・・・たすけて」
幼「たすけてよぉ・・・・・・っ」
バタァンッ!!
男「幼っ!!」
幼「・・・おと、こ・・・」
男「!? 幼、なんで・・・っ」
幼「っく・・・ぐす、ひっく・・・」ポロポロ
男「ずぶ濡れじゃないか・・・!」
幼「ぅ・・・っく・・・」
男「指、怪我したの? これ・・・!」
幼「ごめ・・・なさっ・・・おばさまの・・・割れちゃ・・・っ」ポロポロ
男「いいんだ、こんなの何てことない!」
男「それより、怪我を診せて!」
幼「ぅ、ぅ・・・ぁっ」
男「手、こんなに冷たくして・・・幼、いったいなにが――」
ガバッ
幼「っ、・・・~~~ッ!!」
男「・・・・・・幼」
全身を押し付けるように、ぼくに抱きついた幼が、涙を零す。
オフクロの前で慟哭した時よりも、ずっと悲しそうに。
訊きたいことは、いくつもあった。
だけど、何も訊けなかった。
『容姿端麗で、成績優秀、品行方正。
運動神経にも優れていて、おまけに教養まで備えている』
それは、ぼくの知る、幼馴染。
そのはずだった。
ずっと。
・・・けど、どこにもいなかった。
そんな女の子なんて、どこにもいなかった。
きっと、初めから。
割れた窓から、冷たい風が吹きすさぶ。
ぼくは、冷たくなった幼馴染の体から、これ以上体温が奪われないようにと、彼女を強く抱きしめた。
何もかも、分からないことだらけだった。
でも、たった一つだけ。
彼女の・・・幼馴染の周りで、何かが起こっている。
それが、彼女を追い詰めている。
こうして、悲しませている。
なら、ぼくがすることは決まっている。
幼を、助ける。
いつの日か、約束した。
幼が困った時は、必ず助けになるからと。
もう、口だけだったあの頃とは違う。
ぼくは大きくなった。
大人になったんだ。
出来ることだって、ずっと増えた。
だからきっと、ぼくは彼女を救える。
保証も、根拠もない。
だけど、ぼくの手に伝わる、微かな温もり。
彼女を抱きしめる、この手の平の熱だけが、ぼくを信じさせた。
PART.3 に続く。