2007年08月07日

花火をしました。

花火1花火2花火をしました。


夏の夜。


代々木八幡に「TIKI+GOAL CAFE」っていう
カフェがあるんですが、
そこで出会った人達と一緒に花火をしました。


みんな年下なのですが、

とても素晴らしい人達なのです。


花火3


一緒にいて心地良いというか、


懐が深いポジティヴ感に溢れてるというか。



なんか、そんな人達と一緒に花火をする夜は、

かかったコストは安価だけど、

充分過ぎるほどに贅沢な時間だった。




20世紀は、「物」の時代。

21世紀は、「心」の時代。


とよく言われる。


「心」の時代の重要な産業として、
娯楽産業が挙げられる。

物が不足している国ではビジネスになりにくくて、
ある程度経済的に豊かな国でないと、
娯楽は産業としてなりたたない。

そういう意味で、
エンタテインメントが相当でかいビジネスになっている
日本という国は、やっぱり経済的に豊かなんだと思う。


でも、「心」の時代というのもそろそろ終わって、

次は、「関係」や「つながり」の時代になっていくんじゃないかと思う。


「心」って、
ちょっと個人的な雰囲気がある。

例えば、映画とか音楽とかゲームって、
1人でも楽しめるものじゃないですか。


でも、「花火」って1人だと楽しめないと思うんですよ。

花火をするときも、花火を見に行くときも、
ほとんどの場合は、誰かと一緒に楽しむのが普通である。


「花火」って、

ある意味、見て楽しむというエンタテインメント的要素を持ちつつも、

そうやって誰かと一緒に楽しむという行為を通じて、


人と人との関係やつながりを豊かにすることが出来るツール


なんじゃないかと思うんです。


そういう、

つながり促進ツール

的なものが、本当に今の世の中に溢れてきつつありますよね。

例えばmixiとかを初めとするSNSとかも
その最たる例だと思うんですよ。

それ自体が目的となってもそれほど意味を成さないんだけど、
そのツールを手段として使って生まれる「人とのつながり」が、
何とも言えない人生の幸せや喜びを生み出す。


そう、「心」って、

1人でいる時って自分の中にしか無いけど。


人とつながっているときって、

人と人の間を「心」が満たしていたりする。



「人」は、

にじみ出た「心」によって人と人の「間」を満たして初めて、


「人間」たらしめられるのかもしれない。


そんなことをふと思った。




働く理由 99の名言に学ぶシゴト論。


最近読んでる本ですこれ。

色んな人の名言がとても味わい深く染み込んできます。


例えばこれ。


「人が働くことをやめないのは、たぶん働くことが、人がこの世界を自分になじませ、自分をこの世界になじませる一番てっとりばやい手立てだからである。日々の起居のなかに働くリズムが呼吸のように入り込むことによって、私たちは世界や他者と、全面的にではないにしても、融和し、その手触りを知り、そしてそれによって自分の生というものに節目のあるイメージを与えることができるのである。」
小浜逸郎




「若い人たちはよく『生き甲斐がない』と言います。

しかしそれは当たり前です。

孤立した人には生き甲斐はない。

生き甲斐は人間関係です。」
石川達三




「愚か者は、幸福がどこか遠いところにあると思い込んでいる。

賢い者は、幸福を足元で育てている。」
ジェームズ・オッペンハイム


そう、花火を一緒にしたみんなは、

幸福を足元で育てているたぐいの雰囲気を持った人たちだった。


だから心地良かったのかもしれない。


また一緒に遊ぼう。



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この記事へのコメント
達三さんかっこよすぎ。心に響きました。
Posted by コージ at 2007年08月07日 22:22
レコ協のレポートで「CDは買わなくなったけど、ライブへ行く回数が増えた」というのを読んだ。
音楽を一人で楽しむCDから、アーティストや観客同士が音を楽しむことを共有する場のライブに消費志向が向かっているんだなと思ったよ。
まさにエンタメも「つながり」だね。
Posted by タケオ at 2007年08月08日 23:05
>コージさん
いいですよね達三さん。
人間関係、生き甲斐です。

>タケオ さん
フェスとかが相当増えてるのも、
その一環なのかもね。
新たな音楽の楽しみ方のスタイル。

まさに、音楽を媒体にして、
つながって楽しむ。
Posted by アヤテ at 2007年08月10日 01:32