2011年02月

2011年02月05日

今日は何の日か、、というと。。

今日、2月5日。。。個人的だけど、ワタシのおじいさんの命日^^;

ワタシが小学4年生の時。

危篤という、電話がきて。。
出かける支度をしている間に、亡くなったという知らせが届いた。

駅へ向かう道すがら、、父が泣くのを初めて見た。

おじいさんは、鍛冶屋さんで。。近所の人から頼まれる仕事で生計を立てていたみたい。
ただ、、夫婦そろって変わりモノだったらしく(笑)
あまり、親しいお付き合いをしている人はいなかったみたい。

夏休みは、毎年 姉といっしょにおじいさんの所へ行くのが楽しみだった。

孫のワタシには とてもやさしくて‥山へ連れて行ってくれたり畑でジャガイモやトウモロコシを収穫するのを教えてくれた。

秋田から茨城へ流れて来たという事で、、、酔うと「ドンパン節」を歌う人だった。

ホントに、、今となってはあまり記憶がはっきりしないけど。。
イメージ的には 『マハトマ・ガンディーさん』と 似てたような気がする^^;

その、おじいさんが亡くなったのが 1972年の2月5日。

日本中が 札幌でのオリンピックにくぎ付けになっていた時である。

日の丸飛行隊とか名付けられ、ジャンプで日本人が金・銀・銅を独占したり。。
尻もちをつきながらも、その時のスマイルで観客を魅了し 銅メダルに輝いたジャネット・リンさんなど。。。
ワタシの中では、札幌オリンピックとおじいさんのお葬式がセットで記憶されている。

茨城の中でも 極寒の地(笑)。。
おじいさんがお墓に納められた日、すごい雪になって。。
ワタシはなんだかおじいさんがかわいそうになって、、、
ひとりでお墓に行き、墓標に積もった雪を手で払い…その横に小さな雪だるまを作って戻った。

自分で言うのもなんだけど。。。

吹雪の中を お墓へひとりで行くなんて‥ちょっと変わった子供だったな(笑)

この39年の間に、、おじいさんのお墓には
おばあさんも おばちゃんも、うちのお父さんもお母さんまで納まっている。

狭くなったな。。と、文句を言ってるかもしれないね。

あ、、ちなみに。。
札幌オリンピックって 本当は1940年にアジア初の夏季オリンピックとして開催されるはずだったんだって。。
でも、日中戦争が激化したため 開催権を返上したって。

そう考えるとやっぱり オリンピックは平和の祭典なんだな。



ayu01294 at 21:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年02月02日

そんなぁ~~~~っ!って思った瞬間

今日、思わず「そりゃ、反則だっぺ~~!!」って叫んでしまった出来事。

病院の駐車場の 空きスペースを探してキョロ (∇ ̄ )(  ̄∇) キョロしながら 車をすすめていたとき。
(ノ´▽`)ノオオオオッ♪ あいてるとこ、みつけた~~
って、ハザードつけてバックで入れようとちょいと進めて‥いざ、下がろうとしたとき。。
いかにも イバラキ的な軽トラが ブ~ンって 「ワタシの場所」に入っていった。

(゜∇゜ ;)エッ!?

そこ、、ワタシの車がおさまる場所なんですけど。。。
ハザードつけて バックランプついてたら‥普通 わかるでしょ?

えええ~~~~~~~

しばらく、動けなかったワタシと車。。。

しょうがなく、、また、しばし、、ぐるぐると「空き」を求めてさまよいました。


まあ、相手が 若い子とか、あつかましいおばちゃん(!?)だったら 「今、ワタシ、そこ入れるのにバックするトコだったんですけど!!」と、文句のひとつも言うんだけど。

軽トラから降りてきたのは、かなり高齢のおじいちゃんだったんだもん。
もみじマークついてるし。。。
こりゃ、あきらかに こっちが白旗だ。

なんかなあ。。。こういうときは、言えないよな、、、

以前、スーパーで隣にとまった車のドアがあたったときも
「ちょっと!!」 って 降りてはみたものの。。

中から まだ首のすわらないくらいの赤ちゃんをだっこした おばあちゃんが降りて来て‥
そのときも、ワタシは白旗だった。。。

文句を言えるというのは、ある程度対等の相手というのが前提なのだ。
(・_・。)(._.。)(・_・。)(._.。) ウンウン

それを、思い知った 今日の出来事。