私はYAHOOオークションにある本を出品しています。「生きるという権利」という本です。著者は安田好弘氏ですが、内容は驚くべきものです。


坂本弁護士一家3人は神奈川県横浜市の自宅で殺害されました。実行犯は逮捕されましたが、真相はいまだ不明のままです。


私は実行犯らが逮捕された後、これで事件は解決したものだと思っていました。しかし、坂本弁護士の妻都子(さとこ)さんの父親が、当時マスコミの取材に対し真相究明を訴えていました。すでに犯人は逮捕され事件は解決しているのになぜ真相究明を訴えるのか私には理解できませんでした。その後「生きるという権利」を読んで都子さんの父親が言っていた意味が少しずつ分かってきました。


事件当日、村井氏を含む実行犯らが横浜の坂本弁護士の自宅に行くと、なぜか玄関の鍵が開けてあったというのです。父親の著書によると「都子さんは、鍵を掛け忘れて寝るような子ではなかった」と強く主張しています。また当時教団とトラブルを抱えて緊迫していた状況から、鍵が施錠されていないのは考えにくく、誰かがあらかじめ鍵を開けておいたのではないか?と疑われるのです。


「生きるという権利」によると、神奈川県警は事件が明らかになる数年前に坂本弁護士の死体を山中で極秘に捜索していました。これだけならまだ捜査の一環と考えられるのですが、次に県警がとった行動は驚くべきものでした。


ある人物の供述に基づき、捜索していた山中で坂本弁護士の死体を発見しました。通常ならここで死体を死体袋などの中に入れて回収するはずです。ところが県警は、死体を回収することはせず、なんと発見した坂本弁護士の死体を元にあった場所に再び埋め直したというのです。つまり坂本弁護士らが行方不明になった後、捜査を故意に怠っただけでなく、3人を死体遺棄までしていたのです。なぜそんな事をしたのか?


坂本弁護士が神奈川県警の敵だったのは明らかなようです。坂本弁護士が所属する法律事務所は共産党系で、東京都町田市の共産党幹部宅への盗聴事件で、当時県警と激しく対立していました(坂本弁護士自身が共産党員だったかどうかは不明)。神奈川県警の盗聴の被害を受けていた共産党幹部はその後、参議院議員になっています。




教団幹部だった村井秀夫氏は坂本弁護士が殺害される1週間以上前に、殺害に使用する毒物を入手しており、殺害後3人の死体を遺棄する場所まで指示しています。1995年、東京・南青山の教団本部前で衆人環視の元、村井秀夫氏が殺害されました。テレビ局や新聞社など大勢の報道陣の目の前で殺されました。


しかしなぜ村井氏が殺害されたのか?殺害されなければならなかったのか?真相は現在でも分かっていません。この時、村井氏は逮捕が目前に迫っており、その矢先の惨劇でした。事件当時、口封じのため殺されたのではないか?と報道されましたが、「では、何の口封じなのか?」について語られることはありませんでした。

この事件の判決では「動機に不可解な点がある」とされており、裁判所も事件について真相が解明されていないと認識しているのが分かります。つまり判決文の中で、「(殺人の)動機がよく分からない」とはっきり言っているのです。


実行犯に村井氏の殺害を指示した暴力団員は逮捕されましたが、無罪になりました(判決は確定)。これはあらかじめ、「大丈夫」「お前は無罪にするから」という裏取引きが検察(警察)と成立していたからではないか?坂本弁護士の自宅の玄関の鍵をあらかじめ開けておいたのは神奈川県警であり、教団側の担当者が村井氏だったのではないか?村井氏が逮捕されれば事件が白日の下になることを恐れた神奈川県警が、癒着していた暴力団に依頼して村井氏を殺害させたのではないか?

そう考えると多くのつじつまが合うのです。坂本弁護士ら3人の死体を発見しながら再び遺棄するなど、不自然な行動から判断しても十二分に考えられる事です。


さらに実行犯が「犯行後、部屋の鍵をかけずに出た」と供述したのに対し、都子さんの父親が事件後最初に自宅を訪ねた際、「鍵は掛かっていたと思う」と証言していることから、実行犯が現場をあとにした後、誰かが鍵を閉めにきたということになります。

また一部報道でも、「単独犯とは考えられない」との指摘がされており、今でも事件の全容が解明されていないと認識されているのが分かります。


村井氏を殺害した実行犯ですが、あるジャーナリストの記事によるとすでに刑務所を出所しているというのです。実行犯本人に聞けば、村井氏を殺害した理由が分かるかも知れません。


坂本弁護士の自宅の下の部屋の住人は事件について証言していましたが、2006年8月現在行方不明になっているそうです。

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村井氏殺害の動画はこちら
【閲覧注意】


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